こんにちわ。
i-colorカウンセラーの小川れえこです。


かなり間が空いてしまいましたが、出産記録の続きです。今回で最終回。



後処置が終わり、家族は帰り、子どもは新生児室で預かってもらい、私は休憩モードへ。

分娩台での休憩はまず1時間弱寝て、
お昼ごはんをギリギリ残しておいてもらえたので13時頃に食べました。
もちろん完食。
このとき初めて病院のごはんを食べましたが、
思った以上に美味しい、入院中の食事は全く問題なさそうだ、と嬉しかったですね~


食べ終わったあと、助産師さんに出血が多めだったからもう少し休みましょうと言われて、

ふーん?結構多かったんだぁ…とあまり深く考えずに、上半身は起こした状態で、時々ケータイ見つつボーッとしてました。


14時過ぎにまた助産師さんが来て、分娩室内のトイレを済ませてから病室に移ることになりました。
で、立ち上がる前に血圧を計ったのですが、このときの助産師さんの顔が微妙に曇ったこと、数値を読み上げなかったことが引っかかりました。

でも、固い分娩台からベッドに移動できることのほうが嬉しくて、さっさとトイレを済ませようと分娩台を降りたところ、
なんとなくクラッときて……


2、3歩進んだところで歩けなくなり、むしろ立っていられなくなり、、、


今までの人生で経験したことのない動悸、息苦しさ、クラクラとするかんじに一気に襲われてびっくり。


進めなくなったところにたまたま片付けられてなかった丸椅子があったので床に座り込まずには済んだのですが、
もしなかったらへたり込んで立ち上がれなかったと思います。


助産師さんも慌てて支えてくれて、
もう1回休みましょう!と分娩台に戻ることに。
ただあまりにしんどかったので、固かろうがなんだろうがゼエゼエ言いながら必死に分娩台にしがみつきました。
で、今度はリクライニングをほぼ一番下まで下げて横になるかんじにして、20分ほど休憩。



その後も自分では上体を起こすことすら出来なくなるほどにしんどさは一向に良くならず続いてましたが、助産師さんにかなり手伝ってもらいながらトイレを済ませ、車椅子で病室へ移動。

病室も、なんならベッドも、分娩室に一番近くて2~30歩程度の距離なのですが、
そんな距離すら車椅子が心底ありがたいほどに弱ってました。

お昼ごはんを食べるあたりから上体を起こしてはいたのに、
立ち上がったら途端に体調が崩れたのには驚きました。


ベッドに移動したあとは、ケータイでラジオの野球中継を聞きたくてごそごそと荷物を漁ったりもしましたが、30分程度で寝落ち。
でもそれが良かったのか、夕飯のために起こされたときには自然に上体を起こすことができ、ごはんも完食。


なんだ、産んだばかりで弱ってただけかな、本当に壮絶だな出産って、、、なんてのは勘違いだったのですが、
自分に起こった事態をあまり重く受け止めずにいました。




退院するときにやっと分かったのですが、
母子手帳に書かれた出血量は975ml、
退院前日の血液検査でヘモグロビン値が7.8(ということは産後すぐはもう少し低かったんだろう…)
分娩台から移動しようとしたときの血圧は70ちょいぐらいしかなかったそうです。
妊娠出産前の私ではあり得ないひどい貧血度合いだったんですね…


ヘモグロビン値は退院前日に検査したので無理な話ですが、これらの数値を先に聞いてたら、入院中にもう少しちゃんと休んだし、自分のことも赤ちゃんのことも頼れるところは頼ったのに…と思いました。



ただ、産後の回復の重要性とか大変さとか、
思った以上に大事なことなのに私自身は軽く考えていた部分もあり、それは反省です。

入院中には、夜中に貧血すぎて赤ちゃん抱えたまま過呼吸になってどうにも動けなくなって、
ナースコールにも手が届かなくてパニックに陥って、
息苦しいのに赤ちゃんを落とさないように必死になって死ぬ想いをしたし、


退院後も貧血をかなり引きずって回復に1か月以上かかった上に、
ホルモンバランスの崩れももちろんあったけど育児のストレスだけでなく外部からのストレスも重なって、産後うつってこうやってなるのかな、と精神的にかなり落ちました。



産後すぐの何日かのことをもっと備えておけば違っていたのになと、
反省の想いをこめて記録に残しておこうと、ここまでを出産記録としました。
自分がいつか二人目を考えることがあるときに思い出したり、
友人知人が妊娠した際には私の経験を伝えたりして、
今後は少しでも幸せの多い出産になることができたらと思います。