こんにちは。


今日の鳥取は風がビュービューいってますよ~


さて今日は日ごろから私が思うことをただ書いてみます。


私はいつも父に質問を投げかけられ、思ったことを話すと


それは間違いで、答えは一つだと教わってきました。


そのため質問をされた時にその一つの答えを考えつくことができず


いつの間にか自分で考えて答えを導き出すことをしなくなっていったように思います。


そこで立派な日本人の完成です。


皆がこうだと言えば皆が言っているから「そうだ!そうだ!」と言い、


皆が持っているといえばその物を手にし、


そして、「皆が船から飛び降りたよ」


といわれれば飛び降りるでしょう。


それは答えが一つしかない、一人だけ違ったことをしてはいけないと、


家庭で学校で社会でいつの間にかインプットされてしまったからです。


そのインプットされたプログラムにそむくと苦痛が待っているのだと


いつの間にか、プログラミングされているのです。


父が話す一つの答えと言うのは、父が考える中で最も正しいと考える答えだったわけですが、


答えとは果たして一つだけなのでしょうか・・・


子供が生まれ、育てるうちに自分の中で何かが変わってくるのを最近感じます。


豊かな発想と邪気のない思考から出てくる答えの数々・・・


良く聞きますとそれぞれに納得のいく答えを出していってます。


それは日に日に無限大に膨らむのです。


しかし小学校に上がると少しずつ無限大の思考が最小限の答えを求めるようになっていくのにはビックリ・・・


その学校という小さな世界で、限られた価値観の中で、子供はどんどん狭い選択を余儀なくされていきます。


これは恐怖です。


世界は広く人種もたくさんあって、生き方も考え方も答えだって無限大にある中に


狭い視野でしか物事を捕らえられなくなっていく・・・


恐ろしいことです。


誰もが持っている無限大の思考・・・

あらゆることに答えを限定しない、何にも判断をくださずフラットでいること、無限大の思考こそが素晴らしい・・・


そんな心で見つめてみる


世界はこんなにも美しい・・・