マイペースな軌跡☆

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先天性心臓疾患の闘病日記

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2017年2月6日(日)緊急入院

 

約1か月程、空咳が続き診療所で咳止めを貰うも、治まらない。

大学病院、定期健診の際に告げると、薬の副作用かもということが判明。

1種類の薬が変わる。

 

後、少し治まったように思われたが、2月1日夕方頃から喉の痛み、咳、鼻水の風邪症状が見られたので、2月2日に診療所を来院。

風邪薬を貰い自宅安静。

2月5日(土)に仕事だったが起き上がれず、休ませてもらう。

 

咳が苦しい。

頭痛がひどい。

喉の痛みが激しい。

発熱もあり。

 

喉の痛みに耐えかねて寝る前にロキソニンを服用。

その後、トイレに行った際に体調急変。

どうしようもない悪寒に襲われ、熱が38度に。

22時頃の出来事だった。

 

お母さんに湯たんぽ、カイロを作ってもらうも悪寒が治まらず、節々の痛みを感じる。

耐えかねて、救急病院を検索。

近場の病院に連絡を入れるも当直医が分野が違うからと断られる。

その後も検索を続けた結果、日本赤十字病院で受け入れてもらえることに。

 

タクシーを飛ばし到着。

12時前だった記憶。

当直医に症状を伝えるも、若い感じの医師は淡々とPCに向かう。

インフルエンザの検査と、喉の梅毒検査をされる。

結果が出るまでの間にレントゲンを。

全ての結果が出るまで待合室で待機をと言われ、少し隔離された所で待つことに。

 

そこで待っていると、裏口らしき所からオペ着を着た医師が入ってきて、診察室に入っていくのをただボーっと目で追っていたw

するとすぐに診察室へと呼ばれ、今入って来た初老の医師からの説明が。

 

最初に診てもらった若先生は後ろに立ってたなw

 

「検査結果は陰性だったけど、これからインフルになる可能性もあるし、肺炎になる可能性もあります。心疾患があるのでこのまま入院か帰宅するか・・・」

 

入院の話に動揺してしまい、その後の説明をはっきり覚えてない(;´・ω・)

 

「とりあえず、点滴してもいいですか?」

の言葉でベッドへと。

 

点滴、採血、心電図と始まり。

採血結果で白血球の数値が異常に跳ね上がっていたらしく、

「このまま入院してください。若いから帰りたい気持ちも分かるけどね。入院か毎日の通院か」

選ばせてあげる的な事を告げられ少々悩むも、毎日の通院はしんどい・・・

頭がボーッとしてるので考える能力も落ちてるw

 

「入院でお願いします」

 

その後、お母さんが入院手続きをしてる間にCTに運ばれる。

CT終了直後、看護師さんから「肺炎だって」と告げられ

「え?!まさかのですか?」

「まさかのだねー。しんどいね」

 

うぅーと唸りながらも咳が止まらず、眠気も一切なく受け入れ病棟が見つかるまでの間、処置室で過ごす。

 

病棟に移ったのは4時頃でした。

「ここは救急病棟になるので、明日また病棟移りますね」

と説明を受け、ベッドに横たえるも睡魔は一切ないw

お母さんが入院準備を整えるのに一時帰宅。

結局、一睡もできないまま朝を迎える。

 

続く

 

 

1週間程の発熱が続き、診療所へ。

お尻に違和感を感じる。

座っているのも苦痛になり、泣き泣き病院へ。

 

専門病院を紹介され、これも泣く泣く来院。

 

病名:痔瘻

お父さんが残してくれた生い立ちノートを元に30代になった今、自身の病歴を示す。

 

6月16日誕生。

先天性心疾患の為、2ヶ月の入院。

 

病名は

ファロー四徴(ファローしちょう)

肺動脈閉鎖

心室中隔欠損

肺動脈低形成

 

手術歴(兵庫県立こども病院)

1991年6月19日 6歳 左肺動脈バイパス

1991年6月28日 6歳 右肺動脈バイパス

1996年3月14日 11歳 右心室⇔肺動脈本幹まで一弁付きパッチ

 

検査歴

1994年7月18日 9歳 カテーテル

1997年4月3日 12歳 カテーテル

    4月18日 12歳 カテーテル

 

当初投薬

パナルジン

アンギナール

ジゴシン