僕の親父は、高校を出ていない。
いつだったか、何かの話の流れで、公立の高校を中退した、と聞いた事があった。
僕と親父は、意見が合わない。
というか、話の論点が噛み合わず、
『いや、そういう事を言ってるんじゃなくて、』
『いいから聞け』
こんな調子だ。
しかも、そういう時は、親父はほぼ間違いなく酒を飲んでいる。
母は
『はい、はいって聞き流しときゃいいのよ』
と言うのだが、生粋のA型、親父譲りの負けず嫌いだから、自分の意見を引っ込める事は出来ない。
結局は口論、親子ゲンカ直前まで行くのだが、
『息子』
という立場上、悔し涙と共に僕が引き下がるのがパターンだ。
その時もそうだった。
何か学歴っぽい事の話になり、僕は思わず言った。
『そんなのお父さんに言われたくないわ。
高校も出てないくせに。』
一瞬、親父が怯んだ。
僕には、そう見えた。
ここぞとたたみ掛けて、でも結局はいつもと同じパターンだったと思うが、あまり覚えていない。
数週間後、母とウチの店(ウチの実家は料理屋です。定食屋から、現在の割烹料理屋になりました)の話をした時。
『ねえ、お父さんって、どの位、名古屋に修行に行ってたの?』
『う~ん‥‥あたしもよく知らないけど‥‥高校辞めてからだから‥‥』
『え、ちょっと待って、高校辞めてからって?』
『お父さんは、料理の修行に行く為に高校辞めたんだよ。
他の兄弟はおじいちゃんの跡を継がないって言うから。』
僕は瞬時に理解した。
数週間前のあの時の、親父の表情の意味を。
そして、いくら感情的だったとは言え、自分の軽率過ぎる発言に、恥ずかしくなった。
妹と、
『なあ。昔は思わなかったけど、ウチの料理って美味しいよなぁ。』
『うん。よそよりも、絶対美味しいよ!』
という会話をする。
僕らは、親父のこの料理で今日まで育てられた。
朝早く起きて市場へ向かい、ろくに昼食も摂らずに仕事をする親父を、毎日見ていた筈だった。
近過ぎて見えないものが、沢山あると思う。
改めて見た親父の背中は、それまで気付かなかったのが不思議なぐらい、大きかった。
僕は親父を追って走る。
近付くに従って一段と分かるその大きい背中を、いつか超える為に。
ただ、親子ゲンカは無くならないかな、きっと。(^_^;)