皆さんに沢山メッセージを頂き、とっても嬉しかったです!
更新が出来ておらず、心配をお掛けして、ごめんなさい。
まだ返信しきれていませんが、必ず返信します、
いえ、させて下さい。
心に寄り添って下さる方ばかりで、支えられました。
本当にありがとうございます。

ブログを始めて、「無治療」と公表すると、
恐ろしいコメントとメッセージが沢山来ました。

「無治療なのは、命を捨てているのと同じだ!」

「子供が可哀想!」

「ここは生きる為に頑張っている人が書く場所だ。
アメブロをやめろ!」


毎日毎日届くものですから、流石にブログを開けるのも怖くなりました。

コメント欄を閉じて、書き続けてきた理由。
それは、メッセージをやり取りする中で、

「ありがとう。」

と、言って下さる方がいたからです。
だから、一人でもそういう方がいるのであれば、続けようと決めてここまできました。

しかし、生きれば生きる程次は、

「良性でしょ?なのに大げさに言ってるだけ。」

「本当は病気じゃないんじゃないの。嘘書いてる。」


と、言われる様になりました。

私の脳腫瘍は、グレード2か3だそうです。
手術の時に病理検査をして、良性か悪性かを見ると言われました。
しかし、私は手術を拒否した為に、検査はしていません。
するつもりもありません。
てんかん発作が出ていた頻度を見て、
「悪性の可能性は高い」
と、どの医師にも何度も何度も言われました。

だから、病院へ行く度に手術をしない事に対して怒られます。

「次倒れたら、えらい事になる。
こんな気持ち悪いもの、大きくなる前に取り除かないと死にますよ?」


そんな事を言われ続けて、3年半。
脳腫瘍は、全く大きくなっていません。
それでも、医師は「良かったね。」と言う事もなく、
毎回怖い言葉を呪いの様にかけてきます…。

無治療で生きていては、だめですか?

治療をして生きている方には、「おめでとう」と言える人が多いのに、無治療で生き続けていると、

「良性だったからだ。」

と、何か理由を探さなければいけないのはどうしてでしょうか?

無治療で楽に生きていると思われているのでしょうか?

私は、ただ毎日を一生懸命に生きています。
病気になってから、大嫌いだった自分を、少しでも大切に出来る様に、心穏やかに生きれる様に過ごしてきました。
いつも自分の選択に、責任を持って生きています。

てんかん発作が出て、湯船に沈んだ時、
また動物園で意識を失った時、
「死」を前にして、自分は何も出来ない、と感じました。
ただ受け入れるしかないと…

だから、今生きている私が出来る事を考えました。
一生懸命に生きている自分を認め、自分の身体を愛そうと決めました。

脳腫瘍であっても、悪性であっても、
私はどちらであろうが、自分である事には変わらないので気に留めていません。
私は癌が転移したり、癌で死ぬとは全く思っていません。
死ぬ時は「寿命」で私なりの人生をやり遂げた時に「死」がやってくるのだと考えています。

まだまだ上手くは生きれていません。
文章も下手くそです。(読んで下さり、ありがとうございます。)

それでも、

今日命があった事って有難い事だったな

ブログが書けた事、色んな人とメッセージのやり取りが出来てよかったな
と思っています。


病気が発覚する前には、考えられなかった事が沢山考えられる様になりました。
病気にならなかったら、そんな成長もなかったでしょう。
そんな自分は自分じゃなかったと思います。
病気も含めて私なのです。

私が気を付けている事は、

自分の子供に対して言えるか

という点です。
今回の件も子供達に見て貰い、意見を聞きました。

娘は、私の病気について、
「しらんけど。どうでもいいけど。」
と、何度も書きながら、
「良性やのにおおげさ。本当かすら怪しい。」
「電子書籍でも狙ってるのかなw(文章力ないけど)」
と書かれている所に傷ついた様で、心を痛めて泣いました。

「お母さんが言っている事は、本当だという事は私が一番よく知っている。
お母さんが生きていてくれて、私はとても嬉しい。
手術を受けなかった事も、病気が酷くなるかもという不安で怖かったと思う。
それでも受けなかったから、こうして今一緒にいられる。
病気だって大きくなってない。
お母さんにとって、それは正解だったんだよ。
だから、何を言われても気にしないで欲しい。」

はい、そうします!笑
ですので、不快に思った方は、そっとブログを閉じて下さいね。
色々考えさせて下さり、またSNSの怖さを子供達に教えて下さり、
ありがとうございます。