昨日 

めっちゃくちゃ

長男を叱りつけてしまいました。



始めは ちゃんと理由があったのですが、

途中から 完全に

わたしは 溢れ出る感情のままに

冷静さを失って

怒鳴り付けてしまいました。




今日は 

普通に 朝 起こして

食べさせて

見送りましたが



ごめんね。長男。



一通りの家事を済ませて

あることが きっかけで

スイッチが切れ

大泣きしてしまいました。

泣いてるわたしは 子どものようでした。





長男を 感情のままに叱りつけたことと



わたしの泣いてる理由と



何故かよみがえってきた記憶が



どう結び付くか 分かりませんが



後から解る時があるかもしれないので



残しておこうと思います。




今日の記事は 本当に暗~いので
ご興味ある方だけ
どうか そっと お読み下さればと思います。🙏





二十歳の時に 両親が離婚して、

わたしは 20代半ばの失恋をきっかけに

重症のアトピー性皮膚炎になりましたが

なんとかかんとか

生きてるような

生きてはいないような

年月を乗り越えてきました。




ある時、

祖父母のお墓参りに行こうと思い立ち

ひとり高速バスに乗り

故郷だった四国に 帰りました。



父に連絡を取り

一緒に お墓参りに行こうと約束してましたが

時間が来ても 

父は 現れません。



だいぶん時間が過ぎたところで

携帯が鳴り

ガソリン代がないので 

わたしの居る場所(父の住んでる町から車で小一時間)まで

来られないと言います。

なので 

ガソリン代を振り込んでほしいと。



わたしは仕方なく

父の口座に

ガソリン代を振り込みました。



お墓参りは…

父を待つ間 時間がだいぶんあったので

バスに乗り

1人で行ったような気がしますが

ハッキリと覚えていません。



父が来て

連れていきたいところがあると

会わせたい人がいると

連れていかれたのは

どこかの事務所。



お世話になっている人だと

紹介されたのは

怖そうだけど 

優しそうにしているおじさん達。



なんだか分からないままに

何かの署名をさせられました。

借金ではないと言っていました。




しばらくして(何週間か何ヵ月か…)




そのおじさんから

わたしの携帯に電話が かかるようになりました。

怖いので 出ないようにしてたら

留守番電話に

わたしの父に連絡が取れないと

怖い声でメッセージが

何度も 何度も 入っています。



わたしは 母にも妹にも内緒で

警察に相談に行きました。



警察の方は驚いて

『本当にあなたの父親なら 娘にそんな思いはさせないでしょう。』

『両親は離婚して10年以上経ってるのだし、その電話の相手に ちゃんと説明してみては。』

とアドバイスをしてくれました。




その日の晩、

意を決して こちらから電話をかけ、

父とは もう10年以上一緒に住んでないし

わたしは 

母と妹で ギリギリの生活をしているのです。

と 伝えました。



すると、

あんなに怖い声だったおじさんが

『アンタ、○○町に一緒に住んでる娘違うのか?』

と驚いたように言い、


それから パタリと連絡が来なくなりました。





またまた しばらくして

父と連絡が取れて

そのおじさん達との問題は

解決したようでしたが




わたしは 

その後 父に 36万円を 貸しました。



その時

もう返ってくるとは思わず

今まで育ててくれた

幼い日々 可愛がってくれた父へ

感謝の思いなのだと自分に言い聞かせ

お金を送金しました。



わたしがキャッシュで借りられる

いっぱいいっぱいの金額でした。



毎月 保育士のお給料の中から

数万円は 家計に

数万円は 借金返済に…。




ようやく返し終わるという時に

今の夫に出逢い、

たまたま夫が将来のために

購入していたマンションが出来上がり

結婚と同時に 住み始め

二人の息子に恵まれて

夫の父(4年前に他界 )にも可愛がってもらい

贅沢は出来ないけど

しあわせに暮らしています。



アトピー性皮膚炎も すっかり完治。

今では 化粧品何使ってるかと

尋ねられるほどに ツルツル、ピカピカ✨




父に

コロナ渦中に 連絡したとき

カマかけて

『もうひとつの家族は大丈夫❓』

と 聞いてみたら

急すぎて

ごまかせず

『う、うん。』

と答えてくれたので

『あ~ やっぱりそうか。』と

ちょっぴり胸が痛みながらも

今は ひとりではないことに

安堵もしていると

以前に ブログにも書いたけれど…。




本当に時々。




あの時に 





父が 守ろうとしていたのは





わたしではなく





もうひとつの家族だったのではないかと




それだったら





あの36万円 返してよ❗️と。。。





そうひと言言えたら




わたしの傷は癒えるのだろうか。







お金は回りもので

亡くなった義父から

子ども達(孫たち。)に

苦労して貯めたのであろうと思われる金額を

頂くことが出来て

本当にありがたくて

ありがたくて…。






でも 

わたしの中には まだ傷が残っているようで…





お金の問題じゃなくて。





例えば

息子に『中学入学おめでとう』とか

ないのかな❓





まだまだ 自分の生活だけで

大変なのかな。






もし 父に何かあった時には


わたしには連絡するように伝えてるけど


その時に


初めて 異母姉弟か姉妹かに


会っちゃったりするのかな。





もう わたしの母も妹も

父は最初から居なかったかのようだ。




わたしも そうすれば良かった…とは

思わない。

父は それなりに 

しんどい 辛い 思いを しただろうから。





1年に数回、数分だけの 電話で

母と妹のことも聞いてくる父。




きっと




わたしが求めた形ではなかったが
 



わたしは 愛されているのだと




そう思って 今 生きている。





長男。

ごめんね。

多分 昨日のは 母の、わたしの、

古い古い 傷のせいだ。


あなたは 毎日 ちゃんと
頑張ってるよ。
お母さん、分かっているからね。
怒鳴り付けたりして ごめんね。

あなたが 将来 親になった時に

ちょっぴりだけでも

母の人生について

思いを寄せてくれたら 有り難いです。


母は あなたが生まれてくれて

やっと やっと

『未来』が 見えました。

生きる意味を見付けられました。

本当にありがとう。

あなたを愛しているよ。

これからも 母で居させてね。









追記。

昨日の 長男とわたしの やり取りの最中。
次男の嵐ちゃんは
さっさとハミガキ、時間割、寝る準備。
めっちゃお利口さんでありました。

さすが2番目!!  こういう空気は読めるのだ。