はじめてのヨーロッパ


フランス5泊8日旅行を語り中です。



ものすごーーーーーーーーく


長くなってしまいました。



いや、連載も長いんですけど、


この記事 単独で


ものすごーーーーーーーーく


長くなってしまいました。



前回までのお話

 『①遥か遠くのアートの国へ』 はこちら

 『②モネの世界に触れる』 はこちら

 『③童話の村と 神秘の島』 はこちら  

 『④驚異の海上ピラミッド』 はこちら  

 『⑤空気椅子で ふとももブルブル』 はこちら  

 『⑥フランソワさん、もうその辺で…』 はこちら  

 『⑦ドラマチックな6人の奥方の館』 はこちら  

 『⑧凄惨すぎてドン引き』 はこちら  

 『⑨画家たちを魅了した村』 はこちら  
 『⑩無料でパリ観光』 はこちら  

 『⑪ルイルイルイルイうるさいっ!』 はこちら  

 『⑫北海道が遠かった』 はこちら  


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2009年09月22日 (6日目のつづき)



『エトワール凱旋門』 から地下道をくぐって


シャンゼリゼ通りに戻ってきました。





純喫茶はな

※カルティエのシャンゼリゼ店




結構ブランド好きの相方。


こちらでお財布を購入しました。





シャンゼリゼ通りを


横断してみます。




純喫茶はな

※シャンゼリゼのど真ん中



ルーヴル方面に


カメラを向けています。



なんか 御堂筋みたいやなぁ!


と 相方。



フランス人から殴られそうです。




渡った先には


ルイ・ヴィトンがありました。



ちらっと入りましたが


ごった返す日本人に疲れて


一瞬で出てきてしまいました。





シャンゼリゼ通りから少し脱線。




純喫茶はな

※モンテーニュ本店



ディオールにやってきました。


はなブタネコ も なんか買おうかな~


と思って回りましたが


これ!


ってのに遭遇せず、撤退。





大通りに戻って


シャンゼリゼ通りの終点、


コンコルド広場へ。




純喫茶はな

※巨大!!!




コンコルド広場のど真ん中にそびえたっているのは


古代エジプトのオベリスクです。



エジプトの神殿などにあるはずの記念碑なのですが


争いの戦利品として


オベリスクの多くが エジプト国外にあります。




この広場が出来た当時は


オベリスクのある場所に ルイ15世の騎馬像があり、


『ルイ15世広場』 と呼ばれたそうです。




フランス革命の際に取り壊されて


代わりにおかれたのがギロチン。



ルイ16世や


マリー・アントワネットが処刑された場所です。



その頃から この場所は


『ギロチン広場』 。


嘘です。


『革命広場』 と呼ばれたそうです。




現在では


『コンコルド(協調とか調和)広場』 と


名前が変わっています。



なんか速そう。





このオベリスク、


1833年に


エジプトの支配者 ムハンマド・アリーから


政治的な理由で送られたもので


元はルクソール神殿のもの。



っていうのがフランスの解釈で、


エジプト側は



ムハンマド・アリーがギャグで


持ってっていいよ~


って言ったのを 本気にしたナポレオンが


軍隊率いて本当に持ってっちゃったの!


って解釈。



って聞いたけど


どちらが本当?


どちらも微妙に違うの?





はなブタネコ 的には


是非 ルクソール神殿に返して欲しいな~


なんて。



ルクソール神殿のビジュアルバランス、


おっかしなことになってますからね。


あれは2対で1つですから。





オベリスクの向こうは


『チュイルリー公園』 です。



その前に。


左の建物に注目。




純喫茶はな

※左右対称の建物



多分


左が ホテル・クリヨン、


右が 海軍省。



その間の道を進むと


レストラン・マキシムがあるそうです。


つきあたりにはマドレーヌ寺院が。




では


『チュイルリー公園』 に進みます。



純喫茶はな

※ほのぼの




前にも出てきた人、


アンリ2世の妃:カトリーヌ・ド・メディシスが


アンリ2世没後に作った宮殿と庭。



作った


と言っても


1563年の着工から完成までに100年もかかってるし


本人は別のところに住んじゃってたみたいです。


何がしたいんでしょうね、彼女も。





もとは


瓦(チュイル)工房があった場所なので


チュイルリー宮殿と呼ばれていたそうです。




チュイルリー宮殿は1871年に焼失、


残った外壁部分も後に取り壊され


庭も カトリーヌの作ったものは面影もないそうです。


『チュイルリー』 の名だけが残ったんですね。





『チュイルリー宮殿』 の再建計画があるそうです。


完成したら また行ってみようかな。





純喫茶はな

※美しく並ぶ木々



木々の間を走る子供や


ベンチで昼寝しているカップル、


のんびり歩いてる老夫婦など


パリの老若男女の憩いの場らしい。





純喫茶はな

※ポールだ!



『チュイルリー宮殿』 のあったであろう場所の


ちょうど目の前に 『PAUL』 のスタンドがありました。



あれだけ 焼そば食べたのに


なぜか小腹の減った はなブタネコ 。



チキンの挟まったフランスパンのサンドイッチを


一つだけ買いました。



相方と半分こ。


写真撮るのも忘れて完食。







純喫茶はな

※ちっさ!!



『エトワール凱旋門』 を見てから


こちらの 『カルーゼル凱旋門』 を見た人たちの


ほとんどが言うであろう一言を、


はなブタネコ 達も もれなく言いました。




1805年の勝利を記念して


『カルーゼル凱旋門』 を建設しましたが


ナポレオンの 『ちっさくね?』 的な不満から


『エトワール凱旋門』 が作られたそうです。



でも、よかったですよね。


『カルーゼル凱旋門』 はとりあえず見たんだから。



『エトワール凱旋門』 は


結局 ナポレオン、見れてないから。


死んじゃったからね。





純喫茶はな

※ルーヴル到着



『ルーヴル美術館』 。


実は


スタートは城塞だったそうです。



城塞としての役目を終えた後


宮殿として使われ


現在は美術館となっています。


『ルーヴル』 とは 『砦』 という意味だそうです。




もとの城塞のときは正方形っぽい感じでした。


それを宮殿にしたのは


ええ、やっぱり フランソワ1世です。。。



御代は息子のアンリ2世へ移り


さらにその息子:アンリ3世に移ると、


国母:カトリーヌ・ド・メディシスが


権力にモノを言わせて


『チュイルリー宮殿』 を建設。



更にアンリ3世が暗殺されて


アンリ4世の御代に


『ルーヴル宮殿』 の増築工事が行われ


左右に翼が 『チュイルリー宮殿』 に向かって


延びて行きました。



そして


『ルーヴル宮殿』 と 『チュイルリー宮殿』 が


ドッキング!


ロボットの世界か?!





伝統的な建物の姿を


そのままに残すルーヴル宮のど真ん中に


ガラスのピラミッドって どうなん?



と 思っていましたが


実際に見てみると


なかなか良いです。



驚くことに


ガラスに曇りひとつないのです。





純喫茶はな

※でも あんまり近くで見ちゃだめ



チャリが!!!


置いておく?!こんなとこに!?


消火器も丸出し。



本気で日本では ありえないわ。





純喫茶はな

※やはり 少し離れたところで見たい



尖ってたり角ばってるオブジェとか


あんまり 心ひかれた事ないんですけど


これは きれいでしたね。



このピラミッド、1989年にできたでしょう?


もう、20年前なんですよね。



向こうの建物までクリアに見えるなんて。


しかも、内外の この温度差で曇ってないって


どういう技術や メンテナンスがされてんだ?!


不思議です。




ルーヴル美術館、


この日は火曜日なので定休日なのです。


入れない事が ものすごい残念ですが。。。



それよりも


この大型連休で日本人がいっぱいやってくるってのに


普段通り 休んじゃうってのが


不思議です。





ルーヴル美術館を後にして


また ちょっとオペラ座の方に行きました。



ぷらぷら歩いて


三越パリも行ってきました。


急に日本に戻った気分。



最高のサービスを受けて


日本って、すごいなって。再確認。




そこから地下鉄に乗って


『ポン・ヌフ駅』 へ。



もちろん


目的は 『ポン・ヌフ』 です。




純喫茶はな

※『ポン・ヌフ』 



『ポン・ヌフ』 、新しい橋って意味だそうです。


でも、400年前の橋。ふるっ




1604年


アンリ4世によって建設された、


パリ最古の橋だそうです。


日本では戦国時代ですね。



しかし


アンリって何人出てくんのさ!!



建設当時は


橋の上には店が並ぶ事が常識だったので


川を見渡せる この橋は


相当 度肝抜かれるデザインだったみたいです。





ポン・ヌフで

美しいセーヌ川を渡ります。



向こう岸との間に


中の島があります。



『シテ島』 。


パリ発祥の地とされている場所です。




『シテ島』 にも


興味深い、歴史的な建築物が


多く立ち並んでいます。



キリストの聖遺物 『茨の冠』 を納めるために


建造された教会 『サント・シャペル』 や、


マリー・アントワネットが


斬首されるまでの2ヶ月間を過ごした

元王宮の牢獄 『コンシェルジュリー』 。



それから


『ノートル・ダム大聖堂』 。



純喫茶はな

※ちゃんと正面撮れました



前の日は


走るバスの車窓から


慌てて撮りましたからね。



今日は落ち着いて撮影。



3つの入り口があります。


それぞれにテーマがあって


真ん中は 『キリストの最後の審判』


左入口は 『聖母マリア』


右入口は 『聖母マリアの母、聖女アンナ』


が描かれています。





美しい姿の 『ノートル・ダム大聖堂』 の前では


毎日のように


スリがいるそうです。


いったい どうなっているんでしょうか。





地下鉄に乗って


ホテルより 少し手前の駅で下車。



『MONOPRIX』 (モノプリ)という


いろんなところにあるスーパーに寄って


少しお土産を買ったりしました。




ホテルに着いて バッタリ。


ちゃんとした夕飯は食べませんでした。


歩きすぎて。。



インスタントラーメン、食べましたけど。

 ↑

結局 食べてる。




歩き倒した一日。


もっと時間が欲しかったし


もっと体力が欲しかった。



ホイミとか使えればいいのに。


あ、あとルーラとか。



疲れだすと


こんなことばっかり考えます。






≪つづく≫




続き 『⑭オ ルヴォワール!』 はこちら