はじめてのヨーロッパ


フランス5泊8日旅行を語り中です。



4日目に


エライ時間かかってます。



前回までのお話

 『①遥か遠くのアートの国へ』 はこちら

 『②モネの世界に触れる』 はこちら

 『③童話の村と 神秘の島』 はこちら  

 『④驚異の海上ピラミッド』 はこちら  

 『⑤空気椅子で ふとももブルブル』 はこちら  

 『⑥フランソワさん、もうその辺で…』 はこちら  

 『⑦ドラマチックな6人の奥方の館』 はこちら  




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2009年09月20日 (4日目のつづき)




白鳥のような城 『シュノンソー城』 を出発して


バスで30分ほど。


『クロ・リュセ城』 に到着しました。




純喫茶はな

※城って感じじゃないですね。



かなり大きな洋館、という感じです。


『⑥フランソワさん、もうその辺で…』  


ここにも書きましたが


『クロ・リュセ城』 は


フランソワ1世が 幼少期を過ごした城であり、


レオナルド・ダ・ヴィンチが 最期をを迎えた城です。



イタリアのフィレンツェの 『ヴィンチ村』 出身のレオナルド。


『レオナルド・ダ・ヴィンチ』 とは


『ヴィンチ村のレオナルド』 という意味だそうです。




レオナルドは フランソワ1世に エラく気に入られて


フランスへ移り住むことになるんですね。


3枚の絵を持参して。



『モナ・リザ』

『聖アンナと聖母子』

『洗礼者ヨハネ』


この3枚です。


そういうわけで


パリのルーブル美術館に所蔵されているわけですね。



レオナルドはフランスに招かれ、


フランソワ1世の居城 『アンボワーズ城』 近くの


この 『クロ・リュセ城』 を与えられたそうです。



『アンボワーズ城』 と 『クロ・リュセ城』 、


地下道でつながっているとか。


本当に近くに住んでいたんですね。



ちなみに レオナルド、


『アンボワーズ城』 の礼拝堂に埋葬されているそうです。




 純喫茶はな

※国王のお気に入りって すんごいね



城の中には


レオナルドの発明品の模型などが展示してあります。



飛行機の原型のようなものや


ヘリコプターの図案、戦車もありました。



レオナルドは芸術家というより


科学者のイメージがあります。



自動車の原型なんかもありました。


すごいですね。






『クロ・リュセ城』 を出て


ご近所さんのフランソワ1世さんのお宅、『アンボワーズ城』 を拝見。



純喫茶はな

※残念ながら下車観光。しかも対岸。



『アンボワーズ城』 は


戦争のための城塞が、


後に居住用に改築された城だそうです。



なんやかんやで


かつての5分の1くらいの規模になってしまったようです。


なんか、あの、戦争とか、部分的な取り壊しとか


そーゆー様々な要因。





『アンボワーズ城』 は


とんでもない事件が起こった場所でもありました。



1560年に起きた、


現在では 『アンボワーズの陰謀』 と呼ばれる事件です。



この事件をきっかけに


フランスは 約40年の長きに渡り


『ユグノー戦争』 と呼ばれる宗教戦争に突入してしまうのです。





『アンボワーズの陰謀』 。


フランソワ2世の時代。



あ、フランソワ1世の孫ですね。


フランソワ1世の息子がアンリ2世で、


アンリ2世と その妃:カトリーヌ・ド・メディシスの息子が


フランソワ2世。


ほんと、同じ名前付けるの、やめてくんない?!





。。。なんでしたっけ。


あ、そうだ。




『アンボワーズの陰謀』 。


フランソワ2世の時代。


(やりなおし。)



もちろん


事件は いきなり発生したのではなく


背景がありました。



フランソワ1世・アンリ2世の治世で


カトリック(旧教徒)から分離した プロテスタント(新教徒)は


弾圧されていたそうです。



プロテスタント(新教徒)への弾圧は


フランソワ1世の治世から 徐々に始まり、


アンリ2世の治世では 火あぶりの刑にされていたそうです。


こっわーー。。。




そんな中、


アンリ2世の 妹と娘、それぞれの結婚が決まり


1559年6月、祝宴が開かれました。



余興?で行われた馬上槍試合で


不運にも アンリ2世は右目を負傷してしまい、


その傷が原因で


翌月に お隠れ遊ばされてしまうわけです。




アンリ2世の後を継ぐべき フランソワ2世は


弱冠16歳。あげく、病身。



そんなわけで


フランソワ2世は 『お飾り』 になってしまい、


実権は


フランソワ2世の 妃:メアリー・ステュアートの伯父である、


ギーズ公フランソワが握ることに。



Σ( ̄□ ̄;)!!


またフランソワだよ!!!


もういいよ、フランソワ!おなかいっぱい!!




。。。ええと。


一方その頃。。。。



がっつりカトリックのギーズ公を廃すべく


プロテスタント一派が画策していたところ


計画は未遂のまま露見。



ギーズ公により


1,500人あまりのプロテスタント(新教徒)が


お飾り国王:フランソワ2世の居城 『アンボワーズ城』 に連行。。。



ギーズ公は


『俺への反逆は国王への反逆!!』 的な事を主張し


フランソワ2世に 全員の処刑の命令をさせたそうです。





捕えられたプロテスタントは


次々に処刑されたそうです。



首謀者は 四つ裂きの刑。


身分の高い者は 斬首の刑。



その他の者は


城壁などから吊るされる刑 や、


重荷を積んだ馬車でひき殺す刑。

 


そのうち、吊るす場所も ひき殺す場所もなくなったので


城壁から突き落とす刑 や


袋に詰められてロワール川で溺死の刑


を行ったそうです。



城の敷地内は


四方八方 死体が転がっていて


死体と血の臭いが充満し


凄惨をきわめる風景だったでしょう。。。



即位して間もないフランソワ2世と妃:メアリー、


それから 母后:カトリーヌ・ド・メディシスも、


この大虐殺の一部始終を見ることを


ギーズ公に強要されたそうです。




ここから


『ユグノー戦争』 が始まってしまうわけですね。



『ユグノー』 とは


プロテスタント(新教徒)の事で、


カトリック(旧教徒)が彼らの事を そう名付けていたそうです。





ギーズ公には


彼なりの思想があったのでしょうけれど


現代人がここだけ切り取ると


。。。最悪です。






微妙な後味のまま


夕飯に向かいました。



凄惨な大量処刑の話の後に夕飯て。




『アンボワーズ城』 から30分ほどバスに揺られ


トゥールの街に戻ってきました。




純喫茶はな

※レストランの名前がわからん。。。




名前がわからない上に


噴水越しの撮影。。。





純喫茶はな

※なんかトマト、食べられるようになってきた。。



野菜を食べる量がすくなくて


しかたがなく トマトを食べていたら


普通に食べられるようになってきました。



人間、なけりゃないで


あるもの食べるようになるのね。





純喫茶はな

※牛肉の なんかしたやつ



米が。。。


米が無理です。



牛肉は柔らかかったです。


相方は 『和食が食べたい!』 と言っていました。




純喫茶はな

※うまーーーーーい!!



このデザート、


おいしかったです!


右のソースは ド無視しましたけど。






ものすごく楽しみにしていた古城巡り。


ものすごく満足でした。


≪つづく≫



続き 『⑨画家たちを魅了した村』 はこちら