こんにちは。

 

新しい年が始まりましたね。

 

昨年は、コロナで、大きな変化の年でした。

お仕事が減った、もしくは無くなってしまった方もいれば、

逆に、

忙しすぎて、心身ともに疲弊してしまった方も。

 

外で働く以外にも、

専業主婦の方々でさえ、

家族の生活が一変し、

ご自分の家での過ごし方が大きく変わった方もいらっしゃるでしょう。

 

まずは、お疲れさまでした。

 

新しい年が始まっても、

いきなり私達を取り巻く状況がかわるわけではありませんが、

よい年であるよう、祈るばかりです。

 

 

さて、そんな中で、今日は、

物事を見るときの、その前提の立ち位置の話をしてみたいと思います。

 

 

コロナ「禍」と言われていますが、

確かにコロナは「わざわい」ではあります。

 

感染したら、命を落としてしまうリスクがとても高い。

おまけにすぐに感染するし、

基本的に安全な薬もまだありません。

 

マスクをし、

できるだけ家から出ないように、

他人と接しないようにしなければなりません。

 

これまで、

仕事の中で常に直接人と接していた業種は

いきなり今までの仕事が立ち行かなくなりました。

 

 

ここまで、

コロナで起こった困った事を

いくつかあげてみましたが、

 

では逆に、

良くなったこと、もあげてみましょう。

 

仕事が減った、もしくは無くなった方ももちろんいらっしゃるわけですが、

逆に仕事が増えまくり、忙しくなった方もたくさんいらっしゃいますよね。

 

医療関係は抜きにしても、

 

巣ごもり需要で、宅配業者さん、IT関係、

テレビの買い替えやゲーム関連。

感染リスクが低い移動手段ということで

自転車も売れ行きが好調だそうです。

 

また、

でかけられない、人と会えない、と言われますが、

もともと出かけること、人と接することがそれほど好きでない人にとっては

気楽な生活になっている気がします。

 

こういった人達は「引きこもり体質」とか言われて

あまり世間からいい様にみられていない傾向があります。

「たまには外にでかけたら」とか、

「あいつひきこもりだ」とか言われたりすることもありますよね。

 

でも今はみんなが引きこもっているので、

それが普通になることで、世間から浮かなくなり、

冷たい目で見られることがなくなったりしたかもしれません。

 

医療機関、医療体制の弱い部分も

明るみに出てきています。

今はまだそんな余裕がなくても

今後変わっていく可能性があります。

 

 

要は、何が言いたいかというと、

 

コロナ「禍」という言葉に惑わされて、

このコロナによる「変化」を

悪いものばかりだと頭から決めつけて、

物事を見ていませんか。

 

ということです。

 

見方をかえれば、

今はただ、

大きな変化の時です

 

確かに命の危機であり、

社会が大きく変わることで

不利益を被る人も多くいます。

 

でも、そこにばかりに目を向けていると、

見えなくなるものがたくさんあります。

 

実業家のなかには

「今がチャンス!!」と

目を輝かせて、動き回っている人たちも

多くいるようです。

 

連日、テレビや新聞、ネット上での報道は

コロナの「禍」の側面ばかりに

注目した内容が多いように感じます。

 

そこも大事な情報なのですけれど・・・

 

でも、それらのニュースに触れる以前に

このコロナが

「大きな変化だ」

という立ち位置でいてほしいと思うのです。

 

「困った事態だ」

という前提で物事をみてしまうと、

 

「ただ変わっただけ」、

「良くなった、改善された、便利になった」

事には、気が付かなくなってしまいます。

 

ただの変化。

または、今が変化の時と思っていれば、

見えるものも大きく変わってくるかもしれませんよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

離婚した後、

私は3回職を変えている。

 

そして、お給料は、

今が一番低い・・・

 

「なにやってんだ」

と思うけれど・・・

 

きちんと振り返ってみれば

私は

しっかり、ちゃんと

望みを現実にしている・・・

 

良くも悪くも・・・

 

 

 

最初の仕事はパート。

副業も始めた。

 

なんで仕事を辞めたかというと、

パートじゃダメだと思ったから。

起業か、正社員か。

子供もいるし、稼がなきゃならない。

 

そして、

ほんとおかしな会社だった。

あやしい、ともいう。

人間関係もどんどんおかしくなっていった。

 

誰が聞いても

「そりゃ、辞めてもしょうがないね」

って言われるような、理由。

 

その時、副業は楽しかったから、

ほんとは起業する気満々だった。

 

でもみんな心配するから、

正社員かも、と言ってた。

 

・・・なのに、正社員に。

 

なぜそうしたかというと、

 

とにかく、怖かったから。

 

来月の決まった収入がないこと。

こどもの書類に「無職」と書くこと。

 

一日が長くて、

いっぱい色んな事考える。

 

怖くてたまらなくて、

ハローワークへ走った。

 

 

 

 

二つ目の会社は、ホントに

酷い人がいた。

心身ともにヤラレてしまい

辞職。

 

引きこもりになりました。

 

もう雇われるつもりはなかった。

人と関わるのが嫌で、

とにかく人が怖くて・・・

デイトレーダーになりたいと思った。

 

でも難しくて・・・

一生懸命勉強して実践するのに

なぜかぜんぜん成果が上がらない。

 

お金がどんどん減っていって、

またさらに減るのが怖くて、

思い切ってトレードができない。

後手後手になってぼろ負け・・・

 

頭ではわかっているのに、

怖くて怖くて動けない。

 

わたし、何かおかしいんじゃないかと

思った。

 

このときはじめて、

 

もしかすると、

わたしの努力が足りないわけじゃなくて、

なんかあるんじゃないか、

と思った。

 

そこからヒーリングというものに出会って、

今の私がある。

 

また、パートの仕事に就くことにした。

人と関わることができるようになった。

 

 

ヒーリングに出会った時のはなしは

また別の機会にゆずることにして、

 

今は、職を転々とした件。

 

 

今振り返ってみれば、

正に私の望み通り。

 

職場で大変なことが起こるのも、

酷い人がいるのも、

ぜんぶ、私の望んだとおり。

 

だって、

そうやって被害者になることで、

会社を辞める正当な理由になる。

まわりの人に、堂々と言える。

 

「仕事辞めたい。」  って。


私は自分で仕事をしたかった。

副業は楽しかったし、

株取引や先物取引の世界は

とてもおもしろかった。

全力でやってみたかった。

 

だけど、

仕事辞めて、それがやりたいなんて、

言えないでしょう?

 

その当時は

ホントに辛くて、悩んで、

病院にも通ったり

いろいろ考えた。

生きている意味がないと思った。

 

 

そうやって、

せっかく仕事を辞めたのに、

したいことができるようになったのに、

 

私はそのチャンスを

2度も棒に振っている。

 

冒険に出たくて出たくてたまらなくて、

目の前の現実を変えて、

そうせざるを得ない状況にまでして

手に入れたのに・・・

 

冒険に出た先は

砂漠で、水もなにもないかもしれない。

ジャングルで、凶暴な怪物がいるかもしれない。

 

怖くて怖くて、進めなかった。

 

 

 

・・・ただ、

それだけだった。

 

ただ、

望み通りの人生だった。

 

辛くてきつくて、

なんでこんな人生?!

と思っていたけれど、

自分で望んでた。

 

 

そして、

ただ、

怖かっただけ。

 

 

さあ、

私の人生。

これから、どう生きようか。

 

 

 


 

今の私はちゃんと

物事を自分で決めている。

 

長年のクセは変わらない。

まずはとにかく

気になったことは調べまくる。

 

どっちがお得、とか

口コミで評価が高いとか、

色々考えまくる。

 

それでも、

今は、

最後は自分で決めている。

その答えに、

自分で納得している。

心が、気持ちが

それでOKだ、と言っている。

 

 

 

だけど、

それは、ここ2年くらいのハナシ。

 

以前は全然違った。

 

 

色々自分で選んで決めて、

人生歩んできたと思うけれど、

その根拠って、

いったいなんだっただろうか。

 

詳しいことはまたの機会にゆずるとして、

とにかく

過去の私は本当にアホだった・・・

 

何を考えていたのか、

というか、

何を根拠に物事を決めていたのか。

 

振り返ってみると、

本当に痛い・・・

目を逸らしたくてたまらない。

自分がアホすぎて、

そのアホが自分なのだと

認めることが嫌でたまらない。

 

だけど、しょうがない。

それが過去の私。

「過去の」と言えるだけマシ。

今は違うのだから、

少しマシ。

 

と、自分に言い聞かせて、

当時の自分が

何を根拠にものごとを決めていたのか

思い返してみる。

 

ああしたい。こうしたい。

という積極的な理由でないことは

分かり切っている。

 

昔から

私は何かを強く欲した覚えがない。

 

「欲しい」と駄々をこねて泣いたのは、

姉が、「それがいい」と言ったから。

 

将来の夢は「○○」と言ったのは、

「○○はどう? 好きそうじゃない?」

と母が言ったから。

 

小学校の作文は

本当に大嫌いだった。

何を書けばいいのか、

本当に分からなかった。

だって、

作文、自分の意見を言う、というものに

「正解」はなかったから。

 

私は勉強はそこそこできた。

成績は悪くなかった。

だって、「正解」があるんだもん。

「答え」は決まっている。

解き方は教えてくれる。

覚えればいいだけだ。

 

でも、作文は苦手。

将来の夢とか、全然わからなかった。

だって、

「答え」を誰も教えてくれないから。

 

 

なんか、

ちょっと見えてきた。

文章にしてみるというのは

結構いい。

 

しかし、

何気に長くなりそうなので、

続きはまた。

新しく何かを始めたいと思った。

 

よし、やろう。

 

で、じゃあ、何をする?

 

 

結局いつも、ここで止まってしまう。

 

今のままじゃ嫌だと、

ここから抜け出したい、

もっと別の景色が見たいと、

何かを始めたいと思う。

 

私にとって

その「何か」ってなにかな?

 

今、興味を持っているもの

気になるもの

好きなこと

したいこと・・・

色々考えてみる。

感じてみる。

 

私はお金がないので、

お金のかからない、

できること。

 

私は体力もなくて、

いつもヘトヘト。

毎日仕事から帰ったら、

ちょっと寝ないと、

ご飯が作れない。

家事を片付けたら

もう、結構限界。

頭も体も動かない。

 

実際問題、

できることは

ものすごーく限られてくる。

 

だけど、

このままでいるわけにいかない。

もういい歳だし、

年々、身体も頭も

今よりもっと働かなくなっていく。

 

今のうちになんとかしないと。

 

気持ちばかりあせる。

 

そして、

また考え始める。

 

何をしようかな?

 

私には何ができるかな?

 

でも、

今の私にできることなんか

何もなくて。

じゃあ、

学び始めるところから、

となる。

 

そして、

 

「何を?」

「それ、いくらかかる?」

 

答えはどこにあるだろう?

それはやっぱり、

 

自分の中に。

 

答えはすべて

自分の中に。

 

 

ブログを始めようと思ったはいいけど、

結局、

何を書いたらいいのか

わからない。

 

なので、

本当に本当に、

ただ、自分の思ったことを。

 

誰に向けて書くのでもなく、

ただ、頭の中の思考を

そのまま出してみよう。

 

誰かに読んでもらう為の

ものでないならば、

本当に独りよがりだ。

なんの、誰の、役にも立たない。

 

無駄。

いや、むしろ、

マイナスかもしれない。

 

それでも、

とりあえず、

頭の中身を出してみる。

 

「無駄」 とか

「意味がない」 とか

「役立たず」 とか・・

 

それでも

というか、

むしろ

そういうことを

していくのも

時には、あるいは私にとっては

何かしらの意味がある・・

かなあ・・・