嫌いでたまらない義母」の続きです。
私の人生で、これほど長く、嫌いでたまらかった存在はいませんでした。
別居して日本で暮らしていた時も、
離れていても、義母のことが嫌いで、
別居の原因の一つであった、長女との不仲も、
すべて義母のせいだと恨んでいました。
でも、このままでいいのだろうか?
人をこれほど嫌いたくはない。
義母を嫌う原因を突き止めていきました。
なんでなんだろう?
経済的に今まで援助してくれて、
みんなから慕われる義母。
出戻りの嫁の私に、
お小遣いをくれる優しい義母。
過去を振り返って、
どこで義母が嫌いになったのかを、
思い出してみると、
長女の幼稚園のお迎えに私が行った時、
義母が迎えに行かなかったことで泣く長女。
長女が、私には話さないことを、義母には話す。
長女は私よりも義母が好き。
私から長女を奪う義母が憎い。
これって、シンプルに、
「ずっと義母に嫉妬をしていた」ことだったのではないかと、
気づきました、
その時に、ハッと思ったのが、
私の嫌いな女性像。
私は絶対こんな女性にはなりたくない。
それはどんな女性かというと、
嫉妬にかられて激しく感情的になる女性。
こんな女性になりたくなくて、
外面は冷静に保ってるけれど、
心の内側では激しく嫉妬して、感情が暴れていた。
これに気づいてあげられなくて、
内側の自分がずっと困っていたんだろうなって、
やっとわかってあげたら、
腑に落ちたのでした。
義母が嫌いでたまらなかったのは、
私の嫉妬が原因でした。
それに気づいて、迎えた、こちらでの「母の日」
この間の日曜日でしたが、
今まで一度も、母の日に、
私から義母には何もしていなかったけれど、
ふと、お菓子を作ってプレゼントしようと、
急遽、思いつき、マドレーヌとメレンゲクッキーを焼きました。
いつも義母の世話をしてくれてる義母の友達にも、
同じものを用意しました。
義母は喜んでくれました。
夫からは何度もお礼を言われました。
やっと義母への嫉妬から、解放された気分になりました。
自分が嫌いな人像って、
自分にそれがあるから嫌いなのかもしれません。
#復縁
私の人生で、これほど長く、嫌いでたまらかった存在はいませんでした。
別居して日本で暮らしていた時も、
離れていても、義母のことが嫌いで、
別居の原因の一つであった、長女との不仲も、
すべて義母のせいだと恨んでいました。
でも、このままでいいのだろうか?
人をこれほど嫌いたくはない。
義母を嫌う原因を突き止めていきました。
なんでなんだろう?
経済的に今まで援助してくれて、
みんなから慕われる義母。
出戻りの嫁の私に、
お小遣いをくれる優しい義母。
過去を振り返って、
どこで義母が嫌いになったのかを、
思い出してみると、
長女の幼稚園のお迎えに私が行った時、
義母が迎えに行かなかったことで泣く長女。
長女が、私には話さないことを、義母には話す。
長女は私よりも義母が好き。
私から長女を奪う義母が憎い。
これって、シンプルに、
「ずっと義母に嫉妬をしていた」ことだったのではないかと、
気づきました、
その時に、ハッと思ったのが、
私の嫌いな女性像。
私は絶対こんな女性にはなりたくない。
それはどんな女性かというと、
嫉妬にかられて激しく感情的になる女性。
こんな女性になりたくなくて、
外面は冷静に保ってるけれど、
心の内側では激しく嫉妬して、感情が暴れていた。
これに気づいてあげられなくて、
内側の自分がずっと困っていたんだろうなって、
やっとわかってあげたら、
腑に落ちたのでした。
義母が嫌いでたまらなかったのは、
私の嫉妬が原因でした。
それに気づいて、迎えた、こちらでの「母の日」
この間の日曜日でしたが、
今まで一度も、母の日に、
私から義母には何もしていなかったけれど、
ふと、お菓子を作ってプレゼントしようと、
急遽、思いつき、マドレーヌとメレンゲクッキーを焼きました。
いつも義母の世話をしてくれてる義母の友達にも、
同じものを用意しました。
義母は喜んでくれました。
夫からは何度もお礼を言われました。
やっと義母への嫉妬から、解放された気分になりました。
自分が嫌いな人像って、
自分にそれがあるから嫌いなのかもしれません。
#復縁
