「反省したくなる私」と「壊したくなる私」は、同じだった

本当は満たされているはずなのに、  
急に自己嫌悪みたいな感覚が出てくる。

満足したはずなのに  
なんで反省したくなるんだろう?

さっきまで普通だったのに  
急に  
「やっちゃったな…」  
って思い始めるあの感じ。

あれって、  
意志が弱いから?

あれって、  
本当に私の気持ち?


先日、

「ちょっと食べすぎたかも」って  
思ったんです。

最近は実験的に楽しく食事を調整しているんですが、  
そのとき、ふと思ったんです。

「あれ?今の私、満たされてなかった?」

お腹も満たされてるし、  
気持ちも落ち着いてる。

なのに出てくる“反省”。

なんか、おかしくない?


今までの私は、

食べる  
↓  
満たされる  
↓  
「やっちゃった…」  
↓  
反省する  

これを当たり前にやってた。

でもよく考えたら、  
この“反省”ってどこから来てるんだろう?


・食べすぎはダメ  
・我慢できる人がえらい  
・太ることはよくない  

たぶんこういうの、  
どこかで当たり前みたいに刷り込まれてた。

だから、

満たされたあとでも  
条件反射みたいに「反省」が出てくる。


でもそれって、  
今の私の本音じゃない。

身体はちゃんと  
「もう大丈夫だよ」って言ってるのに、

思考だけが  
「それダメじゃない?」って言ってくるようで…


このズレ、違和感。


そして

この“ズレ”は食べることだけじゃなかった。


今日、久しぶりに来た。

ぶっ壊したくなる衝動。


何かを壊したいんじゃない。

“自分にダメージを与えたい”っていう感覚。

・辛いものを食べてお腹を壊したい  
・爪が邪魔だから深くまで切りたい  
・甘皮が気になるからむしりたい  
・てっぺんの髪の毛、抜きたい  


わかってる。

意味がないことも  
身体に良くないことも  

全部、わかってる。

それでも

「どうにかしたい」


このときの私は、

食べすぎたあとに反省してる私と  
同じ構造だった。


身体は

「もう限界だよ」  
「この圧を抜いてほしい」

って言ってるのに、

思考は  
「それダメじゃない?」って言う。


だから人は、

自分に向ける。


誰かにぶつけるわけでもなく  
環境を変えるわけでもなく  

静かに、自分に向ける。


小さなダメージでバランスを取る。

・深爪  
・甘皮むしり  
・食べてお腹を壊す  


これを「自傷」と呼ぶこともできる。

でも私は思った。


これは

壊れている行動じゃなくて、

壊れないための行動なんじゃないかって。


だって私は、

本当に取り返しがつかないことはしない。

ちゃんとどこかで止まってる。


ギリギリのところで、  
「戻れる範囲」でやってる。


だからこれは、

破壊じゃない。


“調整”なんだと思う。


食べすぎたあとに反省する私も、  
壊したくなる私も、

どっちも同じだった。


自分を責めてるんじゃなくて、

ただ、

どうにかバランスを取ろうとしてただけ。


もしこれを読んでいるあなたが、

・反省してしまう  
・壊したくなる  

そんな感覚を持っているなら、

それは異常じゃない。


弱いわけでもないし、  
壊れているわけでもない。


ただ、

「今、抱えているものが多すぎる」

それだけかもしれない。


そしてもう一つ。

この衝動も、  
この反省も、

ちゃんと終わる。


出口のないトンネルのようだけど、  
本当は波みたいに来て、去っていく。

ただそれだけ。


だから、

どうか自分を責めないでほしい。


あなたは壊れてない。

ちゃんと、  
バランスを取ろうとしてるだけ。


この文章を書いていて思ったんです。

私はずっと、  
「どうにかしなきゃ」って思ってきたけど、

本当は

どうにかする前に、  
“何が起きてるのか”を  
ちゃんと見たかっただけなのかもしれない。


「どうにかしなきゃ」と思っているのに、  
どうにもできないとき。

人は、

・自分を責めるか  
・自分に向けるか  

そのどちらかしか選べなくなります。


でもそれは、

“意志が弱いから”じゃなくて、  
ただ構造が見えていないだけです。


一人で考えている限り、  
この“ズレ”は見えにくい。


・なんで反省してしまうのか  
・なんで壊したくなるのか  
・なんで止められないのか  

これ、全部「意志が弱いから」じゃなくて、  
ちゃんと構造があります。


だから私は、

頭の中でぐるぐるしているものを外に出して、  
「今、何が起きているのか」を  
一緒に言葉にしていく時間をつくっています。


話していくうちに、

・反応の理由が見える  
・衝動の正体がわかる  
・止められなかったものが「選べるもの」に変わる  


楽にするための時間ではなく、  
「理解するための時間」です。


もし、

「これ、私のことだ」と思ったのに  
また同じことを繰り返しそうな人へ。


その“ズレ”、  
一人で抱えたままにしないでください。

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先日こんな記事を書きました


今回は、
「なんか気になる。」

そんな日、ありませんか?

相手のちょっとした空気感や表情に敏感で、
すぐに違和感に気づいてしまう。

でもその一方で、

・なんとなく不調
・理由のわからない疲れ
・人間関係での消耗

こういうものは、

はっきり“疲れている”と認識できない。

相手の違和感には敏感すぎるほど気づくのに、
自分の疲れにはなかなか気づけない。

そんな状態についてのお話です。


先日、お客様と雑談をしていたときのこと。

「子供の空気感で元気かどうかわかりすぎるんです」

そんなお話をされていました。

私は施術中、

「肩が上がっていて、肋骨まわりも硬いですね。お腹のサイドにも芯が入ったように力が入っていますが、いつからですか?」

とお伺いしました。

お子さんの変化に気づける方は、
ご自身の感覚にも敏感なはずだと思ったからです。

でも返ってきたのは

「え、本当ですか?全然気づきませんでした…」

という言葉でした。


こんなこと、ありませんか?

例えば

「なんか今日、機嫌悪い?」
「どうしたの?」

と、相手の小さな変化は拾えるのに、

自分の方は

・だるい
・選べない
・なんとなく落ち着かない

そんな状態でも、

はっきり「疲れている」と認識できない。

むしろ

「なんでこんなに気になるんだろう?」
「これって直感力?」

と、意識がどんどん外側に向いていく。


これ、実はよくあることです。

そして、優しい人ほど起きやすい。


人には

内側を見るセンサーと
外側を見るセンサー

があります。

本来はこの2つがバランスよく働いています。

でも、ある条件が重なるとバランスが崩れます。

それが

刺激が多いとき

です。


人と会う
会話をする
音や光に触れる
情報が増える

こういう時間が続くと、脳は思っている以上にエネルギーを使います。

すると

内側を見る余裕がなくなり、
外側の情報処理が優先される。

結果、

自分よりも他人に意識が向く

という状態になります。


ここでズレが生まれます。

違和感に気づく
気になる
確定したくなる
踏み込みたくなる

「どうしたの?」
「何かあった?」

と聞きたくなる。

でも相手は

「なんでもないよ」

と答える。

それでもどこかに違和感が残ると、

もう少し知りたくなる。

これが

過干渉の入り口

です。


ここで大切なのは、

これは性格ではないということ。

「おせっかい」でも
「距離感がわからない」でもなくて

ただ

センサーのバランスが崩れているだけ

なんです。


さらにもう一つ。

違和感は、

まだ形になっていない情報です。

・はっきりしない
・言語化できない
・確定していない

脳はこの曖昧さをストレスとして感じます。

だから

「はっきりさせたい」

という動きが出る。

でも答えは出ない。

すると

気になる
考える
また気になる

このループが起きます。


そしてもう一つ。

優しい人ほど、

気づいてあげたい

と思います。

でもその優しさは、

時に

コントロールしたい気持ち

と混ざることがあります。

関係を整えたい。
ズレをなくしたい。

その結果、

踏み込みすぎてしまう。


ではどうしたらいいのか。

答えはシンプルです。

違和感に気づいても、

確定しなくていい

と知ること。

「あ、なんかあるな」

で止める。

それ以上は、相手のタイミングに任せる。


そしてもう一つ大切なのが

自分に戻ること

今の私は

・刺激が多かった?
・少し疲れてる?
・余裕ある?

ここに意識を向ける。


少しだけ補足すると、

この状態のとき身体は

・呼吸が浅くなる
・胸や肋骨まわりが硬くなる
・お腹に力が入りっぱなしになる

ことが多いです。

だから

頭で戻ろうとしても戻れない。

身体が外を向いたままだからです。


人に気づけることは、とても大切な力です。

でもその力は、

自分にも向けられてはじめて整う。


サロンのお客様は、

私と話すことで新しい視点を持って帰られます。

身体と心。
そして視点。

この3つが揃うと、

自分の状態がとてもわかりやすくなります。


一人で整えられるときは、それでいいと思います。

でも

・考えても戻れない
・人が気になってしまう
・なんとなく疲れが抜けない

そんなときは、

身体から整える方が早いこともあります。


他人には気づけるのに、自分には気づけないとき。

それは

優しさが外に向きすぎているサイン

なのかもしれません。


少しだけ、自分の内側にも目を向けてみる。

それだけで、

人との距離感も、ずいぶん楽になります。


私のサロンでは、

身体・心・視点

この3つを整えることを大切にしています。

話すことで気づくこともあれば、
身体に触れることでやっと緩むこともある。

どちらも必要な方が多いです。

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春分というタイミングで、

本来の自分に戻る感覚を、
思い出してもらえたらと思っています。


春分は、
太陽が真東から昇り、真西に沈む日。

昼と夜がちょうど釣り合い、
境界が少しだけ、やわらぐような時間。

そんな、静かな節目です。


昨日は、
意味もなく急かされているようで、頭の奥が重たくて…

考えても仕方ないことを
握りしめているような感覚があって、

ヘナをして、
ゆるめる時間をつくりました。

きっと“切り替えの準備”を心と身体がしていたんだと思います。

そして今日。

ふと気づくと、
急がなくてもいい、
あれこれ考えなくてもいい、
何かを足さなくてもいいような…
ただ、そのままの私でいいと思えるような
そんな感覚がありました。


春分は、

「お中日」とも呼ばれていて、

此岸(こちら)と彼岸(あちら)が
もっとも近くなる日とも言われています。

でもそれは、

どこか遠くの世界と繋がるというよりも、

“いまここ”に、
静かに戻ってくるような感覚なのかもしれません。


何かを頑張って整えるんじゃなくて、

すでに整っている場所に、
そっと戻る。


どちらかに偏ることもなく、

無理に変わろうとすることもなく、

ただ、真ん中に立つ。


それだけで、

呼吸が少し深くなって、

身体も、気持ちも、

自然と静かになっていく。


春分の日は、

始める前に整う日。


すでに整っている場所に、
静かに戻る。

「本来の私」のことを思い出す日でもある。


何かになろうとしなくても、

もうすでに、ここにある。


そんな感覚を、

今日は少しだけ、
大切にしてみてもいいかもしれません🌿




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