ごきげんよう
惠子です。
さて、突然ですが、
あなたは、あと何年、生きますか?
自分がまだまだ生きたい!と願っても、
寿命は明確には誰にも分からないのですから。
自分が100歳まで生きたいと願っても、
100歳の半分の50歳までしか生きられない事もあります。
この世に生まれて来るのも、
この世から去って行くのも自分で決めているとは聞きますが、
明確な事は誰にも分からないというか、
忘れてしまっているのです。
神のみぞ知るところでしょうか。
私は、両親を天国に見送ってから、
自分の死の事を考えるようになりました。
それは、両親という身近な人が亡くなった事もあります。
また、以前から「生き死に」を考えていた事もあります。
私は、幼い頃から、
なぜ私は、ココにいるのだろう?
なぜ私は、人間として生きているのだろう?
なぜ私は・・・
と、色々と思い、その思いから星占いなどに興味を持ち、
自分の事が分かれば何か分かるかもしれないと思ったからです。
その内の1つに、歴史や古代文明なども好きで、
TVでエジプト特集などを良く見ていました。
自分以外の人(両親も含め、友達や周りの人)が、
もし、本当は存在しないんじゃないかとかと思ったりもしました。
昔の人も現代の人とあまり変わらない所もあったりする事も分かったり。
私の祖母は神様や仏様を信じている人だったので、
毎日朝晩欠かさず、神棚や仏壇にお経を唱えて、
何かあれば、神棚や仏壇に「どうぞお守りください」と言っていました。
私には見えなくても、おばあちゃんには見えるんだと思っていました。
祖父は私が小学6年の時に他界したので、
幼い頃から生き死にの事は考えてはいましが、
あまり実感がありませんでした。
祖母は100歳まで生きましたが、
入院していた事もあり、とうとうその時が来たんだと冷静な自分がいました。
ただ、母と父は病気でも事故でもなく、
その日まで自分の事は自分でしていたので、
人間も電池が切れるような事も起こるだと思い信じられませんでした。
それから、「死」を身近に感じ、
私もいつかは死ぬんだと思うようになり、
今、自分がしたい事、やりたい事はしようと思うようになりました。
まだまだ、生きられると思っても、
もしかしたら、人間は明日死ぬかもしれないのです。
この世を去る時は、生まれて来て良かった!と、
笑って死ねたら良いと思っています。
って、まだまだ山田家の事があるので、死ねないですが(笑)
あなたは、明日死んでも良いと思えるような日々を送っていますか?
最後までお読み頂きありがとうございました。
惠子でした。