「プラットホーム」
駅のホームのベンチに座って電車が来るのを待っていると、人の話し声がだんだんと自分がいる方へと近付いて来ているのがわかった。
しかもどうやらその声の調子からすると、喧嘩をしているらしかった。
学生服を着ている青少年は怪訝そうに顔を曇らせる。
彼が今いる場所は、ちょうど階段の裏手にあたる。
座っているベンチから右上を見上げると、階段の下、いうなれば屋根になっているのだ。
話し声は聞こえるのだが、この階段が邪魔をしてその様子を窺うコトまでは出来なかった。
けれどだいぶ近くに居るようで、話の内容はシッカリと聞き取れた。
「…なんで急にそんなことを言い出すんだよ!」
「ごめん。勝手なこと言ってるよな。でももうこういう付き合いは出来ない」
会話はどうやら仲違いに至っているらしい。
…ふうん。
彼は胸の内で呟いた。
…男が二人か。
声から察してそのようだった。その他には誰もいる気配がなかった。
第一、今このプラットホームには他には誰もいない。向かいのホームも然りだ。
時計の針は午後10時半を回っていた。
へんぴな駅にありがちな風景だった。
ガランと空いたホームには、人の声がよく通る。
これだけ静まり返った場所では、人の話し声も容易に聞こえて来るというものだ。
しかし口論をしている二人は、まさか自分達以外に人がいるとは思ってもいないのだろう。
彼がいる場所は、完全に死角なのだから見えるはずもなかった。
「だから! どういうことなんだよ!」
「悪いと思ってるよ。うやむやにして来た俺が悪い。このままじゃダメなんだよ、首里」
…一方的だなぁ。
彼は会話に聞き耳を立てるしかなかった。
片方はとにかく納得していて、もう片方はまったく理解していなさそうだ。
…そりゃあ喧嘩にもなるわなぁ。
彼は声には出さずに苦笑する。
「何だよそれ! …他に誰か好きな奴でも出来たのかよ?」
…は?
彼は目が点になった。
…他に好きな奴?
(どういうコトだ?)
どう聞いても、言い争っている二つの声は男のものだった。
男二人で『もう付き合えない』だの『他に好きな奴が出来たのか』だのって。
(何? これって痴情の縺れなのか?)
自分の分析にまさかな…と、彼は苦笑を深めた。 「ああそういえば、この前同級生に会ったって言ってたよな? もしかしてそいつ?」
「違うよ。それは関係ない」
…さしずめこんなところかな。
彼は電車が来るまでの時間、暇潰しにと、こっそり口論に介入するコトにした。
…別れ話であるのには間違いない。
ただその対象が問題だった。
多分、女を挟んだ話しなのだろう…と彼は思った。
まず、言い争っているこの二人は友人同士か、そうでなくても知り合いなのは間違いないだろう。
付き合えないと言っている彼女と、もう一人の男は知り合いなのだろう。
だからその彼女と『もう付き合えない』なんてぬかしている友人に腹を立てているのだろう。
友人はその彼女とはかなり親しいのかも知れない。もしかしたら、この二人はその彼女を取り合った仲なのかも知れない。
自分が負けて譲ったのだろう男は、彼女をモノにしておきながら『もう駄目だ』と言って別れたがっているこの男に激怒しているのだろう。
「…へぇ。庇うんだ? そうだよな。いつまでもそいつとの写真を飾って置くくらいだもんな。そいつと付き合ってたんだろう?」
「………」
…しかも昔の女がらみなのか。
(何とか言えよなぁ…)
彼は間の手を胸の内で呟いた。
無言で片付くワケないだろうよ? それじゃあそうだって言っているようなもんだぜ?
(ちゃんとどっちか返事しろっての)
彼は更に思考を重ねていった。
昔の女に会って、やけぼっくいに火がついたってところだろうか。
ありがちな話だなと思いつつ、彼は会話に耳を傾けた。
ところがーーー
「念願叶って寄りを戻せたって訳か? それで俺が邪魔になったって? 随分だよな」
「本当にそれは関係ないんだ。…確かにアイツとは昔付き合っていたよ」
「やっぱりそうじゃないか!」
「違う。寄りは戻してなんかいない。そういうことじゃないんだ」
ベンチから尻がズリ落ちそうになった。
…おいおい…。
見えやしなかったが、彼はついつい声のする方へと振り返った。
『もう付き合えない』て言ったのはこの男にだったのか?
…これってホモじゃないのか?
(ホモの別れ話かよぉ…)
彼は肩を落とした。
ここまで好き勝手に分析して、盗み聞きしておきながら何だが。
(あんまり聞きたいモンじゃねぇな…)
しかしやはり興味が湧くのは仕方のないことだと思う。
(…顔は見てみたいよなぁ)
そんなコトを悪戯に思ってしまった。
彼の思いとは裏腹に、話は続いていた。
「お前とはもうやっていけないのは、お前に対して気持ちがないってことなんだ。酷いことを言うようだけど」
(…そりゃ酷い)
…あまりにも一方的過ぎるんじゃねーか?
そうは思っても、それまでの件りを知らない彼には、ジャッジのつけようもなかったけれど。
「何だよ、それ。俺のことが嫌いになったのかよ?」
…そういう風にしか取れないわなぁ。
「…お前を嫌いにはなれないよ」
彼は前にズンのめりそうになった。
(…なんじゃそりゃあ)
ワケ分かんねぇ…と眉を顰めた。
「分かんねーよ! 何言ってんだよ! 嫌いになったんじゃないけど付き合えない? 何だよそれ!」
案の定、彼も思っていた答えが返ってきた。
(うーむ。奥が深いなぁ…)
彼は腕を組んで頭を悩ませる。
片方はどうしても、別れたいらしい。
片方はサラサラそんな気はないらしい。
ありがちな話だと思う。
それが男同士だとはいえ、だ。
(恋愛は恋愛だもんなぁ…)
彼は額をポリポリと掻いた。
気持ちがないから、このまま付き合いを続行出来ない、と言った。
けれど、嫌いになれない、とも言った。
(分からなくもないけれどさ…)
恋愛対象になり得ないからといって、だから嫌いだというワケではない。そういうコトだろう。
(でもさ、付き合っちまったんだろう?)
それじゃあ納得出来ないだろうな…と彼は思った。
付き合いを承諾した地点で、気持ちがあると思われて当然だ。
…だから付き合って来たんだろう?
(それなのに気持ちがない、だと?)
自分はそれでいいかも知れないけれど、それを言われた方はたまったものではない…だろうな。
弱腰に彼はそう思った。
「…どうなってんだよ。尚也、俺を好きじゃなくて、それなのに付き合って来たってのか? 俺はそんな尻軽じゃないぜ? 俺は、本気だったんだぞ?」
「だから別れるんだ。お前が本気だったと知っていれば、付き合わなかったよ。俺にはその気がなかったからな」
「…じゃあ、遊びだったって言うのかよ?」
「そう取ってもらっていい。俺はお前の方も《気楽な相手》として俺と付き合っているのだとばかり思っていたんだよ。まさか本気だとは思いも寄らなかった。…悪かったな、首里。お前には悪いことをした」
「……俺のことは何とも思ってない?」
「ああ。いい友人だ」
…ついてけねぇ…。
彼は重たいモノを感じた。
…大人だからって勘違いしてるぜ?
(…ッたく)
…そんな屁理屈、通用するかっての!
切ねぇなぁあ…と、彼は密かに吐息した。
(痛い話、聞いてんな、俺)
どういう人間かは分からないが、これでは誰だって傷つくに決まっている。
例え、淫乱で無節操で甲斐性無しの大馬鹿野郎だったとしても、本気の相手にスカされてはショックだろう。
「…友人、か。そっか。俺はずっと恋人だと思ってたんだけどな…」
「俺達はそんなんじゃないだろう?」
「……ああ…そうだな」
そうだなと言った男の長い溜息が聞こえた。
どうやら話し合いは鎮圧していっているようだった。
それまで、冗談じゃないとばかりにがなっていた男も、納得するところがあったらしい。
「そうだな。俺達はそんなんじゃなかった。あんな風ないい加減なはじまりに、本気になった俺がどうかしてたんだ。……どうかしてた」
「首里、悪かったな。ズルズルとこんな関係を続けてきてしまったから、お互い、見るべきものから目を逸らしてきてしまったんだ。お前の本気も、嘘じゃないと思うよ。だけどな、本当にそれでいいとは、お前も思ってやしないだろう?」
「……かもな。……どうかな」
ハッキリとは言い切れずに言葉を濁すのは、目の前の男に対する未練だろうか。
(…なんか、思った以上に複雑なんだな)
彼は会話に耳を当てたまま明後日の方向を眺めていた。
(…コイツが狡いだけじゃなかったのか)
結構ちゃんとしてんのかもな、と思った。
彼は『気持ちがないから別れよう』と言っていた男のコトを、少しは見直していた。
はじめは優しげな口振りのくせに随分な極悪人だな、と溜息しながら聞いていたのだが。
そうではないようだ。
「……帰るよ」
その声におや…と彼は振り返った。勿論、階段の裏側しか見えないけれど。
「ああ。…首里、今まで」
「…楽しかったよ。元気で、尚也。もう会わないなんて言わないでくれよ。……友達だろ?」
「ああ、勿論だ」
「…じゃあな」
「気をつけて帰れよ」
それを最後に、もう会話は聞こえて来なかった。
帰る男の足音だけが鳴り響いて、そして遠ざかって…消えた。
(終わったか)
彼は肩を落としてホゥ…と安堵の息を吐いた。
すると…
ホッとしたのも束の間だった。
カツンカツンと足音が自分の方に近づいて来る。
(…⁉︎ 何で⁉︎)
慌てて彼は階段の脇の通路を見遣った。
(…まさか、片割れか!)
そう、他にこのプラットホームには人はいない。
痴情の縺れ男しか、いやしなかった。
(マジかよぉ。どうすんだよぉ)
…絶対に聞いてたのバレるじゃんかよ!
そうやってどうしたものかと彼がジタバタオタオタしているところへ、足音が姿を現した。
………え?
途端、彼の体がピキンと固まる。
「………あれーえええ?」
知った顔があった。
目の前に現れた男が、よもや自分の知っている人物だったとは、彼はあんまりにも驚き過ぎて目を瞠ってしまった。
相手にとってもそうだったらしく、その男も驚愕に目を瞠っていた。
そして愕然と佇んでいた。
まさか人がいるとは思いもしていなかったのだろう。
彼はどうしたモンかなぁ…と思いながら、
「……そっかぁ、先生だったんだ」
そう言うしかなくて、彼は困った笑みを口元に敷いた。
「………ああ。…松田じゃないか」
先生と呼ばれた男もなんと返事をしたものかと困っているようだった。この状況に困惑しまくりで、ありありと狼狽していた。
「おう、こんばんは、橘先生」
松田と呼ばれた彼、松田静は気遅れするのを脱ぎ捨てて挨拶した。
ヒラヒラと手を振る。
別れを切り出していたのは、静の通っている高校の先生だった。よく見知っている先生だった。
名前は橘尚也。長身の男前だ。女子にえらく人気のある先生だ。学校内ではこの橘先生を知らない生徒はいないだろうと思う。
静の容姿は人好きのする美少年だ。自分の容姿を鼻に掛けていないトコロが好感を得ている。身長だってそこそこある。
だが橘先生の、こんな風に変にくどくない男前というのは、男から見てもやはりカッコイイと思う。
思うが…。
しかし今はただ寒かった。
いや、橘先生がホモだからというのではなくて、生徒にこんなコトを知られてしまった先生の動揺が哀れだった。
……寒い!
(…寒過ぎる!)
静はこの寒い空気をなんとか遣り過ごそうと言葉を探した。
…このままじゃマズいだろうな。
(…先生が可哀想だよなぁ…)
色のいじっていない目に掛かる栗毛を搔き上げて、静はよしッと意を決する。
ここは一先ず開き直るしかないと結論づけて、静は言葉を次いだ。
「…あれは後味の悪い別れ方だったよな。アレしか無理だったんだろうなって思うけど。なんか、橘先生の言い方もマズかったと思うぜ? ぜんぜん事情の知らない俺が言うのもなんだけどさ。橘先生が一方的過ぎたっていうか。ほら、相手、ぜんぜんワケ分かってなかっただろう? 顔は見てないから分からないけれどさ、まぁ…何ていうか、話し声からすると…勝気そうなかなり我儘そうなカンジではあったけれどさ。そういうのを相手に別れ話をするっていうのは、一苦労だよな。でも橘先生の話を納得してくれたってコトは、根はいい人なんだと思うんだけれどさ」
静の言葉に、尚也が苦笑を漏らす。
「…よく分かるな。その通りだよ」
「ああそうなんだ。でもちゃんと別れられてよかったじゃんか。まぁ、気にしなくていいからさ! 俺のコトは気にするな! 勿論、このことを口外したりなんかしないぜ? だから橘先生、安心して学校に来てくれよな?」
そう言う静に、またも尚也が苦笑を漏らす。
「…済まないな。気を遣わせて」
「別にいいけど、そんなの」
言って、静は尚也に笑みを返した。
「…なぁ、橘先生。いい恋愛しろよ?」
静の言葉に尚也は目を瞠った。
「…いや、別にさ、男同志が悪いって言ってるワケじゃなくってさ。ちゃんと付き合って行ける、ちゃんと好きなヤツと付き合えってコト」
尚也は溜息混じりに答えた。
「……ああ。そうだな」
「男じゃなきゃダメだっていったって、ちゃんと見つかるって。日本もそこんとこだいぶオープンになって来てるみたいだしさ? つまんない付き合いするコトないんじゃない? 橘先生、男前だし。いい人見つかるって!」
そう言って静は尚也をもう一度見遣ると、自分はベンチに座っているものの、尚也がホームの奥行の端にいることに改めて気がついた。
「…橘先生、そんなトコに突っ立ってないでさ、こっちに座ったら?」
そして静は腕時計を見る。
「…まだ、後は20分は来ないよ?」
「………そうだな」
静の提案に頷いて、尚也は静の隣に腰を下ろした。
すると尚也が口を開く。
「…松田、どこから聞いてたんだ?」
そう尚也が尋ねるのに、
「全部」
と、アッサリとバッサリと静が答えた。
尚也の苦笑を敷いた口元がふと緩んだ。
「そうか」
「うん。ただ相手の顔が見れなかったのが残念でさぁ。橘先生だって分かってれば、絶対に顔見てやったのになぁ」
…はぁ、残念だーッとボヤきながら静が尚也を見遣る。
「松田、本当に俺だって分からなかったのか?」
「ぜんぜん!」
「…仮にも俺は先生やってるんだがな。学校でだって何度か話しくらいしてるだろう?」
と、いうよりも、何度も、話しくらいしていた。
それでも気付かなかったというコトは、尚也がプライベート仕様の声音で話していたから、静にはピンと来なかったのだろう。
今話している尚也と、さっきまで静が聞き耳を立てていた尚也の声音はどこか違う。
「…橘先生って、学校じゃ、猫被ってたんだな」
ニヤリと笑って静が言う。
「…まぁな。先生だからな。そこそこはな」
ぷっと静が笑った。
「…そりゃそーか。スーツ着ると人格変わるとか言うもんな。橘先生さ、で、いつからつまんない付き合いしてたんだ?」
「いいだろう、そんなことは。プライベートだよ」
「いいじゃんかよー。お別れ出来たお祝いに、そこんトコ詳しく話してくれよー」
「ダメだ。黙秘させてもらうよ」
「ケチだなー。中身がバレてるんだからいいじゃないかよー。俺さぁ、話し聞いてて、橘先生のコト、随分な極悪人だなぁって思ってたんだよね」
「誰がだ?」
「橘先生」
ニッと笑って静は言った。
「でもずっと話を聞いてたらさ、ああそうじゃないのかも…て、ちょっぴり見直したよ」
「見直してくれたのか?」
「そう。ちょっぴりだぜ?」
クククッと笑いを嚙み殺して、静は言った。
「聞いてて分かったんだ。ああコイツら目クソ鼻クソだなぁってさ」
「おいおい…。酷い言われようだな」
「だってそうだろ? 適当な気楽なカラダだけの関係だったんだろ? それって最低じゃん。お互い了承済みでっていっても最低だけれど、あっちは橘先生のコトは本気だったんだろ? だったら尚更ド最低じゃんか。ダメだぜぇ? そういう腐った性欲処理してちゃさ。…橘先生、若いモンなぁ」
「若いってな、お前ね、生徒に言われたかないよ」
「橘先生、いくつ?」
「28歳だ」
「そっかぁ、でも若いよな。落ち着く歳でもないか。やっぱさ、橘先生、本気の相手見つけなね。どっかにいるさ、そんなつまんない付き合いなんかブッ飛んじゃうくらいの奴。今までの遊びを後悔するくらい好きになる奴。…橘先生さぁ、今までいないのかよ? 本気になった相手」
「どうだろうな」
いなかったのか、思い出す気もないのか、尚也はそうとしか言わなかった。
静も取り立てて真剣に聞きただしたいワケではなかったから、質問を変えた。
「橘先生さぁ、ゲイなのか?」
「…聞きにくいことをズバッと聞く奴だな、松田」
尚也は苦笑を漏らして、隣に座る静を見遣った。
「遠回りしたって同じじゃんか。…で、どうなのよ?」
「女性と付き合ったこともあるよ」
「じゃあバイなんだ?」
「そうなるかな」
「それってさ、どっちの方が好きとかってあるワケ?」
「何がだ?」
「男の方が好きとか、女の方が好きとかさ。だいたいどっちかに比重かいくモンだろ? どっちも平等に好きになれるってないんじゃないの? それとも橘先生ってもっぱらの博愛主義者なのか?」
「それはない。誰彼構わずって訳ではないよ。俺にだって好みがあるからね。そうだな…トータルしてみると、6・4で男の方が上回っているかな」
「ふぅん…男の方がいいのか。橘先生ってリバーシブルなワケ?」
静の突飛な問いに、尚也が怪訝な顔をする。
「…何?」
静の言っている意味が分からなくって問い返した。
「橘先生ってリバーシブルなのか?」
静がもう一度同じことを言い直す。
「…何、だって?」
それでもやはり分からなくて、尚也は再度問い返した。
「だーかーらー! リバーシブルなのかって聞いてんの! 男とヤルんだろ? 女とヤル時はそりゃあ突っ込むよな。だから男とヤル時はどうなのかなって思ってさ。突っ込む方? 入れられる方? それともどっちもアリなのか? リバーシブル?」
そこまで言われて漸く静の言う《リバーシブル》の意味が分かって、尚也は呆れ半分おかしさ半分という複雑な顔をした。
「…なるほどな、そういうことか…。本ッ当、お前って物怖じしないんだな、松田。普通そこまで聞かないものだけどな」
静はニヤリと笑った。
「子供の素直な好奇心だよん! 気になるじゃんか!」
「そういうもんかねぇ…」
「そーゆーモンなの!…それで? どうなの? 橘先生」
仕方ないとばかりに尚也は答えた。
「俺は突っ込み専門」
「オットコらしい! 橘先生!」
「あのなぁ…」
「そんな恥ずかしがんなって! いいんじゃねぇ? 道が分かっててさ。俺はダメだねぇ…ぜんぜんハッキリしてねぇもんな。普通に好きなモンなら分かってるけどさぁ、特別に好きなモンてなるとなぁ…コメントのしようもないんだよな。…て、これ、人間相手って意味でね」
「…ああ。好きな人がいないのか?」
「んーまぁねぇ。俺さ、今本気で好きな奴っていないんだよ。メチャクチャ好きってんじゃなくってさ。好きだけど…みたいな? それってどう思う? 橘先生」
「どうって…。別にどうもしないだろう。本気の相手がいないってことだろう? しょうがないんじゃないのか? そういう相手に出会えるまでは」
「…そう…だよなぁ…」
はああーッと大きな溜息を吐く静に、尚也は目を上げた。
「…まさかお前、それは今付き合っている子の話なのか?」
チラリと視線を寄越した静に、尚也は当たりだと分かった。
「…んーそう。好きだ、付き合ってくれって言われて早一ヶ月だぜ」
「好きだから付き合っているんだろう?」
「そのつもり」
「違うのか?」
「んー、なんかさぁ…さっきの橘先生達の遣り取りを聞いてたら、違うんじゃねぇの俺…て思えて来てさ。好きの重みが違うっていうの?…いや、種類かな。うん、勉強になったよ。やっぱダメだよな、恋愛は本気でしなきゃダメだよな」
「確かにな。為になって何よりだ」
静がニッコリと笑った。
「ああ、橘先生、サンキューな! 明日、アイツに言うよ。やっぱり付き合えないって。…ああ、何かこれって橘先生と同じだな」
「そうなるかな」
尚也は電車の来ない空間を見つめながら言った。
「……言い方には気を付けろよ?」
静はそんな尚也を見遣って答えた。
「うん」
「…フラれるってだけでも傷付くんだからな」
「うん」
「付き合いがスタートしていたのなら尚更なんだぞ?」
「うん」
「それ以上傷を抉るような真似はするんじゃないぞ?」
「うん」
「女の子を泣かせるのは嫌な気分だからな。…もう手は出しているのか?」
「いや、まだキス止まり」
「そうか」
「まだヤラれちゃいないよ」
「…は?」
尚也の目が点になった。勢いで静を振り返る。
穴があくほどマジマジと見入られて、静は苦笑を漏らした。
そっと上目遣いに視線を返す。
「…や、あのさぁ…そいつ男なんだ、橘先生」
尚也の眉が跳ね上がった。
「……男⁉︎ 松田、お前、男と付き合っているのか⁉︎」
「…そんなに驚くコトないじゃんかよ。橘先生なんかバイのくせに」
「…いや、あー…悪い。そうだな」
「付き合ってるっていうかさぁ、俺としては、その一歩手前にいるってカンジでさ。一ヶ月前に『好きだ。付き合ってくれ』て言われて。別に気持ち悪いとも思わなかったし」
「……」
「だから、よく分からないけど、好きだって言われたらやっぱ嬉しいモンだろ? よく知ってるヤツだったしさ。一緒にいるの楽しいし。だからアイツの求めに応じてみようかと」
「…松田、それは違うぞ?」
「だね。うん。だからそれが分かったんだよ。俺はアイツに恋愛感情がないんだって、さ。橘先生に感謝するよ。お陰でスッキリした」
静がホッと息を吐く。
「それはよかったな」
「明日、アイツにちゃんと言うよ」
「…大丈夫なのか?」
「何が?」
「さっきの遣り取り聞いてたのなら、分かったろう?
別れ話は一苦労だ。相手が本気だったなら尚更な」
「…うん。でも、言わなきゃな。アイツに悪いし。これで友達関係すら失くなりそうなのが嫌だけど、しょうがないよな。フッた相手と友達するなんて、よっぽど根性いるもんな。そこんとこはアイツの方が重いはずだもんな。…でも言うよ、ちゃんとね!」
静の言葉尻に重なるようにして電車の予告ランプが点滅する。
「…あ、来るよ。橘先生」
そう言って、静が立ち上がった。
尚也もつられて立ち上がる。
電車がホームに入って来た。
「ーーー松田」
呼ばれて、静が隣りに立つ尚也を見上げた。
「何?」
「話したいことがあったら俺の所に来いよ。他じゃ出来ない相談事も、俺になら話せるだろう?」
尚也の言葉に、静は思いっ切り笑顔で答えた。
「うん! 多分、明日さっそく行くと思う。話しを聞いてくれたんだしさ、事後報告しに行くよ」
「ああ。頑張って来い」
そう言って、尚也は励ますように静の背中をポンポンと叩いた。
静はそんな尚也の仕草が嬉しかった。
「絶対に行くからな! 橘先生! 待っててくれよな!」
隣にある静の笑顔に、尚也は双眸を細めて静かな笑みを浮かべた。
電車がカタンと止まった。
何かがはじまりそうな予感が、尚也の胸の内をチリッと撫でていった。
本気の出会いを、もう、見付けたのかも知れなかった。
end
…プラットホーム2、に続く。
BL小説。書きます。…で。
取り敢えず、激しいエロ表現はアメーバではしないで、PixivにオリジナルBL小説枠があれば、そちらで、エロ場面を書こうかなぁと考えています。
作品は出来ていて。
読んで下さる方がいらしたとして、気に入ってくれるか分かりませんが、今後、書いていくので、このブログをご覧下さっている方は、どうぞよろしくお願い致します。