二年の服役を終え出所したレイモンド。出迎えてくれたのは恋人のアディ。二人での楽しい暮らしが始まる、筈だった。取り調べでも決してボスのエディの名を出さず、身代わりで二年服役したレイモンドに対して、エディは碌な仕事を回してくれなかった。全く暮らしが楽にならない事に業を煮やしたレイモンドは、エディのヤクを盗み出しメキシコに逃亡しようと考えた。そこで刑務所仲間のカーティスと、もう一人の仲間マーカスと組んで、エディがアジトとして使用している商店に忍び込んだ。休日で誰も居ないはずだったが、そこには仲間と金勘定をしているエディが居た。この事で事態は思わぬ方向に転がり出し、後戻りできなくなった一行は、悪くなる一方の状況の中、逃避行を続ける事になるのだった。
ボスのエディと一緒に居たもう一人の男は、実は潜入捜査官で、全ての出来事は麻薬取締局に筒抜けになっていた。店を出た途端、駆け付けた警察と銃撃戦。そこは切り抜けたものの車は捨てざるを得なくなる。田舎道を走っているとハイキング中と思われるカップルを発見。キャンピングカーを奪い、ゴードンとドナのカップルを人質に取り逃避行を続ける。
行動を共にする内に、カーティスに感化されて行くゴードン。その事を危険に思い諫めるマーカス。マーカスの正体は潜入捜査官だった。何せカーティスは直ぐに銃を抜き、人を殺す事を何とも思わない様な人物である。そんな人物に感化されたら碌な事にならないのは目に見えている。
エディから奪ったヤクを、マフィアのトニー・ヴァーゴに買って貰う為にラスベガスに向かう一行。しかし、ヴァーゴはエディのボスだったのである。激怒するヴァーゴだったが、カーティスもヴァーゴに恨みを持っていた。殺されそうになるも、カーティスが、隠し持っていた銃でヴァーゴと手下二人を撃ち殺し難を逃れる事が出来た。しかしこの事で、ヴァーゴの更に上のボスは、「サー」と呼ばれる大物を、全ての片を付けさせるべく送り込むのだった。
かくして、レイモンド一行は麻薬取締局とマフィアの殺し屋に追われながら、最終的な取引場所であるニューメキシコ州トゥルース・オア・コンシークエンス市に向かうのだった。
と、この様な内容のお話が、今回紹介する『気まぐれな狂気』(『 Truth or Consequences, N.M. 』 1997年 アメリカ )であります。
ちょっとここでまず、原題の『 Truth or Consequences, N.M. 』について説明していきましょう。「N.M.」は「ニューメキシコ州」の略です。ニューメキシコ州に実際に「Truth or Consequences」市と言う場所が在るのです。アメリカでもかなり珍しい地名の様です。温泉で有名な所で、元々は「Hot Springs」(温泉)と言うそのマンマな地名だったのを、1950年にラジオのクイズ番組「Truth or Consequences」内で、新しい市の名前を募集するコンテストを催したところ、番組名が選ばれてしまったとか。元の地名といい、ナンカ凄くイージー。「Truth」は「真実・真相・事実」。要するに本当の事ですね。「Consequence」は「結果」、それも(悪い)「結果」の事。「or」は「又は」と訳してしまうと、日本語としてナンカ変なので、ここでは「すなわち」と訳した方がしっくり来る気がします。「Truth or Consequences」は、「真相とはすなわち悪い結果をもたらす」って事でしょうか?どなたか英語力の有る方、実際はどんなニュアンスなのか教えて下さい。
では、主役格を演じた二人を紹介しましょう。
主人公レイモンドを演じたのはヴィンセント・ギャロ。本作公開当時は絶賛売り出し中だった。本作の翌年には劇場用初監督作『バッファロー'66』 #1 が公開。主演、脚本、音楽をこなしたこの作品は大絶賛を浴びる。が、続く『ブラウン・バニー』 #2 がカンヌ映画祭での上映で大ブーイング。一般公開後の評価も賛否両論真っ二つ。ヴィンセント・ギャロはその大ブーイングに激怒して「二度と映画は撮らない」とか言ってました。が、2010年に『 Promises Written in Water 』 #3 をこれまた監督、脚本、主演で制作。しかしこの作品ヴェネチア国際映画祭とトロント国際映画祭でしか上映されなかった。一般公開する気は全く無いらしい。頑なだなぁ。観たいけど無理っぽいな。
カーティス役にキーファー・サザーランド。後の『 24 TWENTY FOUR 』シリーズ #4 のジャック・バウアー役でお茶の間でもすっかり有名となったが、本作では役者としてだけではなく初監督も務めた。「初」とは言っても劇場用作品としては、と言う事で、その前に『要塞監獄 プリズナー107』#5 と30分のテレビシリーズ『堕ちた天使たち』#6 の2ndシーズンの第一話目『堕ちた男』#7 を監督している。
『要塞監獄 プリズナー107』なんて題だとアクション満載の脱獄モノかなんかを想像してしまいそうですが、全く違います。フォレスト・ウィテカー扮する看守と、兇悪な囚人だからとの理由で他の看守からいたぶられている死刑囚(キーファー・サザーランド)の心の交流、そして死刑執行までを描いたヒューマンドラマである。この監督デヴュー作でケーブル・エース賞 ※1 にノミネートされた。
『堕ちた男』は原作がエヴァン・ハンターことエド・マクベイン。87分署シリーズの人。こちらでは、ボロ負けして引退したボクサー役にキーファー。ボコボコにした相手ボクサーはダニー・トレホさんである。『暴走機関車』#8 の囚人役で俳優デヴューを果たしたトレホさん。こちらではエリック・ロバーツに、刑務所内でのボクシング大会でボコられてました。元ボクサーが、ギャングの情婦の罠に嵌められて…。と凄く簡単に言っちゃうとそんな内容。
そして本作、『美しき家政婦』#9 と続く。順調に監督作を発表して来たが、この作品を最後に映画、ドラマの監督としての仕事をしていない。監督名も「アラン・スミシー」※2 となっている。どの様な作品かと言うと、深い確執の有る父とその息子の住む邸宅に、住み込みの家政婦として雇われた女性。その三人の間の人間模様を描いた作品。父リチャードをマイケル・モリアーティ、その息子ウェンデルにキーファー・サザーランドが、家政婦エマはホリー・ハンターが演じている。なんか日本のDVDは無理矢理エロティックな作品として売ろうとしたみたいだけど、全然そんな作品では無いです。邦題も無理矢理感が有るしね。あ、あとサスペンスなんてジャンル分けしてる情報サイトも在りますが、全くそんな要素は感じません。どの様な理由で偽名を使う事になったのかは不明 ※3 だが、これ以降はミュージックビデオしか監督していないのは勿体無いと思う。アメリカでの公開時は「アラン・スミシー」名義だったのだろうけど、ソフト化の際には本名に戻されている。和解したのだろうか。
最初からハッピーエンドでは終わらなそうな予感がする(犯罪映画では多いか)本作、出だしで計画が躓くのは有りがちな展開と言えるが、大体がメンツに問題が多い気がする。
まず、本人曰く「人を殺す事を何とも思わない」(実際にそう)のカーティス。実は潜入捜査官だったマーカス。そして、カーティスに感化されてしまう人質のマーカス。ストックホルム症候群 ※4 とはちょっと違い、犯人側に共感し仲間意識を持ってしまうと言うより、このゴードンの場合は、極々真面目に校則一つ破らずに生きて来た様な人物が、アウトローの放つワルの魅力に引き付けられてしまった、そんな感じなのである。人質らしく大人しくしてくれていた方がよっぽどマシと言う物である。強い人物と一緒に居るから自分も強くなったと勘違いしてしまうのは困ったモンである。
それと、計画性もイマイチな感じするし。当日のエディの行動もう少しちゃんと把握しとけよ。トニーの事知ってるのに、エディとの関係知らなかったのかよ、とかね。この二点をしっかり押さえておけば、こんな大ごとにはならなかったと思うのである。
リーダーのレイモンドは、ゴードンが一般人代表だとして、較べるとだいぶ学が有る。テレビのクイズ番組で結構レベルの高そうな問題をスラスラ答えている。勿論ゴードンは不正解。なのにこの杜撰さ。元々犯罪者向きじゃないんじゃないの?それが何かの切っ掛けで道を踏み外してしまった、みたいな。カーティスは根っからだな。粗暴な親に育てられた感じ。
ゴードンの彼女ドナへの「今一番の問題はアンタの彼氏だ」という潜入捜査官マーカスのセリフが有る。ゴードンがアウトローの連中に憧れを抱き始めたからである。単に「力」への憧れ。宮下あきら氏の漫画「私立極道高校(しりつきわめみちこうこう)」の主人公学帽政(がくぼうまさ)が父親を打ちのめしたヤクザの力に憧れたのと同じ。ごく普通のサラリーマン家庭の子供だった学帽政は、ヤクザに痛めつけられて財布を差し出し、挙句の果てにはその後酒浸りになってしまった父親を軽蔑し、ヤクザを恨むどころか逆に、その圧倒的な力に憧れを抱いてしまうのである。
大抵の男なら大なり小なり強さに憧れは有るだろう。学帽政の気持ちもある程度は理解出来る。アウトローの世界を覗いてみたい、と言う自分達とは違う生活に対して好奇心を抱くのも分かる。マーカスは、ゴードンに「アウトローと一般人との間には、超えてみて初めて見える一線が有り、超えたら戻れない」と諭す様に言う。超えようとすればあっさりと超えられるが、普通は理性で以て踏み止まるのである。ゴードンも今迄はそうして来た筈である。が、アウトローに囲まれている内に感覚がずれていってしまい、更には自分迄強い気になってしまい、その一線の上に立ってしまう。ギリギリ足先が踏み出たくらいで済んだのはラッキーと言って良いだろう。
周りの環境って大事だよなぁ、とつくづく感じます。大人だって危ういんだから、子供だったら尚更の事。
昨今のニュースを見ていると、安直に犯罪に手を染めてしまう若者が増えていると感じる。その一歩を踏み出す前に、ほんの少しで良いので、自分や相手の人生、他の誰かの事に思いを馳せてみてはどうでしょう?軽い気持ちでやった事で地獄行きって事にもなりかねないですよ。
#1( 『 Buffalo '66 』 1998年 アメリカ、カナダ )
#2( 『 The Brown Bunny 』 2003年 アメリカ、日本 )
#3 ( 2010年 アメリカ )
#4( 『 24 』 2001年~2010年 アメリカ )
#5( 『 Last Light 』 1993年 アメリカ )
#6( 『 Fallen Angels 』 1993年~1996年 アメリカ )
#7( 『 Love and Blood 』1995年 アメリカ )
#8( 『 Runaway Train 』 1985年 アメリカ )
#9( 『 Woman Wanted 』 1999年 アメリカ、カナダ )
※1 アメリカのテレビ番組に対する賞であるエミー賞が、ケーブルテレビを無視していたので、 1978年に当時の全米ケーブルテレビ協会が始めたのがエース賞(1992年からケーブルエース賞)。1997年を最後に廃止。
※2 プロデューサーや制作会社により、作品が監督の意図する物とは違う物となったりした場合に付けられる偽名。全米監督協会が使用の決定を下す。2000年をもって公式にこの名前の使用が停止されたが、アメリカ以外の国ではその後も使用例が有る。『美しき家政婦』がハリウッドで「アラン・スミシー」が使用された最後の作品とか。
※3 全米監督協会の規定により、「アラン・スミシー」名義を使用した監督は、使用理由を公にしてはいけない事になっている。
※4 1973年、スウェーデンのストックホルムで起きた銀行強盗事件に由来。人質が犯人に協力して警察に抵抗したり、解決後も犯人を庇う様な証言をした。