晴れたらいいね。

晴れたらいいね。

毎日あれこれ主婦の日々。

一度引っ込めた遠い過去を
再びアップしております♪

Amebaでブログを始めよう!

私は朝、4時47分か5時7分に起きる。


アラームがそれぞれ1回目45分と5分に鳴るんだけど

2回目に鳴る2分後まで起き上がらないので^^;


8月まではその時間に起きても明るいし、

1階に下りてくると暑くて湿度が高くてムワーっと温室のようだった。


ここんとこ高原のような清々しい朝になってきた。

日の出が遅くなってきて何だか薄暗いし。


もう秋なんだなあ・・・・日中暑いけど。


秋・・・・困る。秋物をあんまり持ってないので。

あんまり買う気も起らないんだよな、秋物春物。

着る期間が短いくせに値下げもあんまり無いし高いんだもん。



昨日はのっぽ君の同級生のママとファミレスで待ち合わせ。


子供の下校時間になるまでたくさん話した。



のっぽ君のクラス担任は新任の女の先生。

三年生、ギャングエイジと言って子供達の内面が一番変わる頃。


新任の先生に三年生は荷が重いのでは?と当初から言われていた。


でも細くて可愛い女の先生、意外としっかりしてるかも??

と思っていたんだけれどやっぱり勤務して半年、参っちゃってるようだ。


夏休み前から欠勤することが度々あるらしい。

東北出身で初めての1人暮らし、初めての仕事。


今、一番つらいだろうな。

地元に帰りたいと一人で泣いてるかも。


でも子供達にとってたった一人の担任の先生なのだから

頑張って貰わないと困るんだけど。



・・・・・・・と言う訳で


1年生の時のダメダメおばちゃん先生が担任の時に続き、

またもや学級崩壊の兆し・・・・と言うかクラスでイジメが頻発。


三年生、知恵も体力もある。

「いじめ」なんて言葉じゃ軽すぎるような

暴力と精神的に追い詰める嫌がらせ。


1人の小さくて幼いタイプの男子を

スポーツ少年達がリーダーの指示で先生の目を盗んで

7人で取り囲み殴る蹴る。


やってる子達はリーダーの

「こいつに画びょうで刺されたから仕返ししてやれ!」

って大嘘を信じて指示に従ってる。


そして小学生の狡賢さに不慣れな新任先生まで

ワルの言葉を真に受けて騙されてる。


被害児童の「僕はやってない。」って話をちゃんときいてあげていない。

いじめられる子って怖くて先生に話す時も

首尾よく話せる訳ないのにさ。


日々、嫌がらせに怯える被害児童は当然

学校に行きたくないと言う。先生も誰も守ってくれない。


そんな子がクラスに何人か出てしまっている。


昨日、ファミレスで


親は躊躇なく乗り込んで行かなければと

子供を守れるのは親しかいない、

親同士の人間関係なんて子供の心が壊れる事を思えば、

そんなの大したことじゃないよね、と話し合った。


自分の子供に「私はアナタを絶対守る。」って

本気をみせないとねって。


親が出て行って

いじめが酷くなったらまた親が介入すればいい。

それでもダメなら学校には行かせないでいいよねって。


今ののっぽ君は被害者でも加害者でもない。


ちょっと前なら真っ先に被害者になっていた。


実際、今回のスポーツ少年達の一部に

1年生の時はひどい目に遭わされた事もあって。


でものっぽ君の前で加害者を本気で叱ってから、

のっぽ君は強くなった気がする。


嫌なことは嫌だとハッキリ自己主張するようになった。

今でも「嫌だ」と言う言葉は言えないみたいだけど

代わりに「無理!」とか言ってバッサリ切り捨ててる。


若者が使う「ムリ~!!」って

あんまり好きじゃなかったんだけど

気弱な子には使いやすいのかもなあ。


遊びたくない相手に誘われても

以前のように気の進まないままヘラヘラ笑いで行かなくなって

「遊ばないよ。」とさっさと帰宅する。


何で変わったんだろう??と思っていたんだけれど


やっぱり親が解ってくれているんだ!って

自信を持ってくれたんだろうと最近気が付いた。


私の外の顏としては感情が表に出ないタイプなので

他人に対して烈火の如く怒った私に驚いたのかも。



・・・・・・・・みたいな話をファミレスでしていた。



昨日のママさんの子供は被害児童。


そのママさんも昨日の朝、息子を守る為に立ち上がり、

登校拒否する息子を送った後、

登校してくる加害者リーダーを門で待っていて

じっくり話をしたそうだ。


私の子供が学校に行きたくないと言っている。

もう死んじゃいたいと生きていてもつまらないと言っている。

キミがすることが怖いからと。それで君は平気なのか。


小学三年生に本気で怒りをこめて話したそうだ。


その後そのリーダーは教室に向かい、

誰に促されるでもなく、大人の目もないのに

ママさんの息子に謝ったそう。


そんな話をファミレスで聞いて

子供達が下校してくるので帰宅した。



のっぽ君が下校してきて


「今日は○君と△君とゲームの約束なんだけど

家に呼んで来てもいい??」


○君とはさっきのママさんの息子。


いいよ~と言ったら公園に行って

1時間後に友達を引き連れて帰宅した。


メンバーをみて一瞬ビックリした。


○君と△君の他に

さっき○君を取り囲んで暴行していると聞いたばかりの

スポーツ少年のリーダーとあと2人の主要メンバー。

まあ、近所だから公園で会ったんだろう。


様子を見ようかなって思いもあって

皆で家で遊んでいいよと珍しく許可した私。


リーダー君、○君に普通に友好的だった。

○君もリーダー君に言いたいことをポンポン言っていた。


5時になって

同じ方角の○君とリーダー君が一緒に帰ったので

ちょっと心配になり

○君のママさんに2人で帰ったよとメールした。


ママさんのメールによると

リーダー君、○君にしきりに謝り優しかったそうだ。


○君昨日の夜から元気に御飯も食べたらしい。


良かった。

ホントに良かった。


小学三年生、まだ幼い。

間に合ったねとママさんと話した。


小学生、やってる側は

やられてる側の心に気付いてない事が多い。

やってる側の為にも「君がしていること」の重大さを

大人はきちんと教えてあげなければいけないな。


中学生以上だともっと悪質な感じがするけど。

大人にもいる「本物の意地悪な心」を持つ人には

どうすればいいんだろ??

逃げるしかないのかな。

子供を守るのにはどうすればいいんだろ??



テレビでよく芸能人や芸人が


「昔やんちゃしてた話」をしている。

そういうのがすごく嫌い。


面白おかしく話す内容って大抵誰かを苛めた話が絡む。

もしくは誰かに多大な迷惑をかけた話。

他の芸人を苛めた話も多い。


自らゲラゲラ笑いながら話す内容じゃねーよ!と

多くの視聴者が思ってることになんで気付かないのか。

そんな話が芸なの??本物の芸を持つ人に失礼だ。


そういう人はテレビに出ないで欲しい。

そういう話がしたいなら劇場とかで持ち上げてくれるファンの前だけで

どうぞバカにしながらお話くださいって感じだ。


「僕がやんちゃしてた面白い話」じゃなっくて

「僕がイジメをしていた頃の話」だと

チヤホヤされた立場できっと一生気付かないんだろう。


チヤホヤされていい気になって喋っている貴方を見ながら

きっと悔し涙を流して傷ついたままの被害者がいると言う事に気付け!


なって欲しくない大人像の代表のような喋りを

子供の見る番組で放送しないでもらいたい。



小学生のうちに


自分がされたらどんな気持ちだろう?と

自分がしていることはどんなこと?と

冷静に顧みる事のできる心を育てなければと思う。


難しいお年頃の三年生。

注意深く見守っていこう。



晴れたらいいね。-1336623010372.jpg

モアイ像ってホントはこんなん↑だったんだって。(これはCG。)


赤い帽子に目玉付き。で、台座に座ってる。


私はオーパーツ(Out of Place Artifacts・・・だっけな?綴りが・・^^;)

要するにえーと・・・

「その時代の技術や知識では到底、造れたはずのない

 高度な技術、知識によって造られている不思議な建造物」

って感じかなあ。


そういう超古代ミステリーとか建造物とかそういう物が好き。


ピラミッドとかさ、マヤ、アステカ、インカ帝国、

ナスカの地上絵、アトランティス大陸にムー大陸。


どういう訳か、子供の頃から興味津々。


UFOなんかは特に興味無いけど。

遺跡関係で「異星人の仕業?!」とか時々あるけれど

ま、そんなこともあるかもね?くらいの思い。



・・・・・・・・因みに

宗教的な建造物は好きだけど。


不真面目な性格なので宗教活動とかは無理。好きじゃない。

思いがけず宗教に傾倒していく人の心理には興味あるけど。


生活に根付いた信仰を持つ人、

いわゆる宗教にハマってる人、

友達にもいるけど別に何とも思わない。


居心地の良いところを求めるのは個人の自由なので。

だからと言って、しつこく勧誘してくる人は嫌だ。

誘われれば誘われるほど警戒して嫌いになってしまう。



私は誰に教わるでもなく、どういう訳か、

子供の頃からオーパーツ系を勝手に好きだったんだけど

成長してから父の本棚を見たらそれ系の本がたくさんあった。

なので時々拝借して読んでいた。


もっと成長してから知ったのだけれど伯父は考古学者だった。

何らかの学者なのは知っていたけれど、そっち方面だとは知らなかった。


ライトが眩しいのか目をシバシバさせながら

教育テレビで淡々と話している伯父さん。

よくいるテレビに出たくて有名になりたくてたまらない学者とは違って

本当に考古学が好きでそっちのことばかり考えていて

頼まれてテレビに出ることになっても全然テレビ用の話ぶりじゃなかった。


あの兄弟の血を確かにひいているな、私(笑)


父も伯父もものすごく無口なので

明るく会話しているところなんて見たことが無いし、

父が私に古代文明について語ったなんて一度もない。


でも大人になって私が一人で暮らすようになってから

自分が読んだそっち系の本をたくさんくれるようになった。

子供の頃、私が読んでいたのをちゃんと知っていたんだな。


そっち系の本は割と高いし、父が探してくる本は面白いので嬉しい。

「ニュートン」とかもくる。あんまり読んでないけど。


いつかエジプトのピラミッドを観てみたい。

近くで観て見たいなあ。


・・・・・・・・・・・・・・急に暗くなってきたぞ。



天気予報ではお昼すぎから雨や雷で不安定だと言っていたけど。

あ、雷が鳴った!!!!


さっきツイッターで東京のお友達が

「雨降ってきた!!」

とつぶやいてたので、そろそろこっちにくるな(千葉県北西部)と思い、

準備しておいたので、洗濯物もしまって窓も閉めたし準備万端♪


あ、ちょうどのっぽ君が下校中かも。



リアルタイムで繋がれる、ツイッターって便利だな~^^♪



そういえば・・・・・・


ゴールデンウイーク前くらいから

何でか知らんが急に私のフォロワーが激増した。

何でなんだろう????

時々くだらない事をつぶやく以外に何もしてないのに。


日に日に増えていって150人位増えた。


何かの宣伝ばかりかと思いきや

普通の楽しいつぶやきの方々ばかり。

だから嬉しいし、良いんだけど。


どうしてなんだろう?????

謎は深まるばかり。不思議。


さっき整骨院に行って来た。


もうすぐ春休みで行けなくなるので。


ちょっと前から首と肩と腕がもう亀の甲羅のようで

ついに今朝から吐き気までしてきてしまった。


でもイマイチな技術者に当たってしまい

なんだか不完全燃焼。水曜日も行こう。



帰りにスーパーに寄った。


広告の品のレタスが198円。

久しぶりの200円以内だったのでカゴに入れた。


ここんとこタコライスが食べたいと思っていたんだけれど

レタスが高いので作れなかった。嬉しい。


鮮魚売り場でアサリも広告の品だった。

のっぽ君はアサリが大好き。


昨日、のっぽ君と行ったスーパーの鮮魚売り場で


「アサリが買いたい!アサリが買いたい!!!」


とずっと言っていたのだが

昨日は夕方で砂ぬきが間に合わないと思って買わなかった。


ちょうどいい、買ったら喜ぶなと思って買って帰って今、砂ぬき中。


小さい鉄の鯛焼きみたいなのも入れたので

水をぴゅーぴゅーよく吐いている。


でもさっきふと


『買いたい』ではなくて『飼いたい』だったような気がした。


げ。


・・・・・飼うのはいやだ。てか飼えない。




先日、


三学期に生活科で取り組んでいた

『大きくなったわたしたち』をまとめた冊子をのっぽ君が持ち帰った。


小さい頃から今までの写真のカラーコピーも切り抜いて貼ってあり

私にインタビューした内容を年代毎にまとめてある。

所々にのっぽ君の書いた絵もちゃんと色を塗って挿絵的に登場。


何ページもある中々の超大作。


それの最後の方に『わたしのかぞく』という家族の紹介ページがあった。


「ぼくは3人かぞくです。はじめにお母さんをしょうかいします。

 お母さんはボクのことが大事そうです。」


と最初に書いてあった。


いつもいつもガミガミ叱り飛ばして、毎日バトルしているのに

ちゃんと解ってたんだ・・・・(/_;)伝わってるじゃないか!!と

今までで一番嬉しかった。


当事者じゃないみたいな「大事そうです。」がなんか面白いけど。


そしてお父さんとゲームをする、金魚を飼っているが

水替えはお母さん・・・と続き最後に


「ボクはいつものんびりしています。」


で終わっていた。なんだろ??この最後(笑)

たしかにのんびりノホホンな感じの息子だけど。



そして一番最後のページに私が書いた手紙 が貼ってあり、

次のページに返事が貼ってあった。



「 おかあさんへ

 

ぼくは、おかあさんにかんしゃしています。

 

 なぜかというと ぼくをそだててくれたからです。

 ぼくのためにいっぱいごはんや

            せんたくなどをやってくれたからです。

 うんどう会の時、

 おうえんやおべんとうとかをつくったりしてくれてありがとう。

 

                              のっぽより  」



のっぽ君は私が作る食事をいつもすごく楽しみにしている。



私が病気で起き上がれない時に横に正座して座って


「ママ、元気になってね。僕、ずっと焼きそばUFOは嫌だよ(T_T)」
と泣いていた事もあるくらいだ。
(パパはカップ麺くらいしかまともに作れないので(-_-;))

幼稚園の時の七夕の短冊にも何故か



「まま、ごはんをありがとう。」



と書いてあったこともあったな(笑)


何故に七夕の短冊に?だったけど。


幼児期は超少食だった息子がなんでそんなことを書くのか、

不思議だったのだけれど、
食べない息子に何とか食べさせようと
(2、3歳はお昼に焼きそば一本とかしか食べなかったので)
とにかく息子が好きな物を研究して
食べる事は楽しい、美味しいと嬉しいね♪とかなり頑張った私。



今思えばきっと




「ごはん」そのものではなくて


「自分の為に色々頑張ってごはんを作るママ」が嬉しかったんだろう。
想いは伝わるんだな。嬉しいな。


・・・・・・・・・・・・・と思いつつ、




早く食べなさい!!手で食べない!!


ちゃんと姿勢よく座りなさい!!
汚れた手は椅子で拭くな!!

毎日色々と口うるさい母続行中(ー_ー)!!



お友達のブログで『ブルーハーツ』と見てから

ここ数日、あの歌やこの歌が頭から離れなくなってしまった。


♪『期待外れの言葉を言う時に

   心の中ではガンバレって言っている

     聞こえて欲しい あなたにも ガンバレ!!』



タイトルを忘れてしまってたけど『人にやさしく』だと

教えて貰ってスッキリ♪


この曲のここの歌詞が昔っからすごく好き。


子育て中の親もそうだし

運動部の監督だってそうだし。

すごくそうだよな、って思う歌詞だ。



人の本質は口に出す言葉だけではないと思う。


心は口に出さないと伝わらない。

伝えることって本当に大事なこと。

人と人との関係を築くには言葉にしなければ。


でも、それとは別な話で。

伝わるか伝わらないかの話ではなくて。


単にこの人は「優しい人」だと言えるのは

優しい言葉を口に出す人ではない。


表現が下手な優しい人って多いと思う。

いろんな優しさがあるし。


相手を信じて黙って見守るのだって

相当優しくなければ出来ないぞ(笑)


ほっときゃ良いのにウザいと思われるのを承知で

イチイチ叱咤激励して導くのだって

そうは見えないかもしれないが、

かなり優しい気持ちなんだと思う。


いつの時代も中年以降の人が

「今の若い人は・・・(まったく!)」

みたいな説教じみたこと言うのをよく見かける。


私はもうおばさんだけど

私が若い頃も世間ではそう言われてた。

今時の若者もそんな風に言われることがある。


人は一生かけて成長する。


優しい気持ちを心にたくさん持っていても

若い頃は表し方を知らなかったり使い方を間違えたりする。

優しい思いを行動に移したくても

どうすればいいのか解らずにボーっとしたりもする。


先に成長して表現力を身につけたおじさんおばさんは

成長の途中である若者をもっと理解してあげなければ。


他人に優しい人だと思われる表現力が優しさではなく

本当の優しさは心の中の根っこの所なんだと

年長者の余裕を持って受け止めていかなければ。


人は迷いながら成長するのだ。

若い人は、歳を重ねた自分より前の段階なのだ。


まあ、心の根っこまで腐った人もたまにいるけど。

犯罪犯す人間とか。

対人の犯罪とか、優しさのかけらも感じない。


優しい人だと思われる人が優しい人ではない。

優しい人っぽい犯罪者もいる。

人の優しさは表現力の問題ではない。


まあ、何が言いたいのかと言うと



私が子育てしていて思ったこと。


私は


人に我が子に優しい心がある前提で子育てしているんだなと言うこと。


何にも教えなくても生活していけば

心の中にいろんな形の優しさが芽生えるはずと勝手に思っている。


優しさの形はみんな色々。


優しさとは・・なんて教えたり、

芽が無い所に作り出したりはできない。


息子には息子の優しさが

息子の心に育っていくと思っている。

それをどう表すのか、それを見守りたい。


私と息子の持つ優しさだって方向が違うかも。


元から持ってる優しさ、その気持ちの表し方、使い方が育っていく過程を見守るのが

私にとっての子育ての全てな気がする。


例えば、


定期入れが道に落ちていて


「気が付いて取りにくるかも?取りに来て見当たらないと困るかも?」


とそのままにしておくのも優しさ。


「交番に届けておこう。誰かに持ち去られちゃうし。」

と届けるのも優しさ。


方向が違っても。


道端の定期入れが目に入っても

「これを落とした人がいる」という想像力が働かなくて

何の気持ちも動かないような人にはなって欲しくない。




・・・・・・・・・ああ、スマホいじりが祟って全身の凝りがすごい^^;

タダでさえ首のヘルニアが悪化しているのに。

もう大方の操作は理解したし今日から控えめにしよう。


午前中、整骨院に行ったのにまだバキバキ。


しばらくはマメに通ってくださいね♪と言われた。


バンザイしても右手がちゃんとあがっていないらしい。


・・・・・・気を付けよう。



今日はハンバーグ。

すごく食べたい訳じゃないのに特売の合挽きを見たら

ハンバーグに心は決まっていた。


私は大根おろしで和風にして食べよう。

それなら食べたいかも。


今日はのっぽ君、塾だからもう作り始めないと。

ああ~ただの豚肉にすれば良かった。

そうすれば生姜焼きで簡単だったのに。


どうしてハンバーグと思ったのか謎。


さて、つくるか。



最近、テレビのCMでキュンとくるもの。


ディズニーリゾートの


息子 『ママ、小学校はママと一緒に行けないんだよね?』


~ママチャリの後ろのシートに子が座り

   親子で楽しそうに自転車登園する様子~


ママ『 (/_;)・・・・・\(^o^)/(子供をギュッとする) 』

→セリフ、何て言っているか聞き取れず^^;


今こそ想い出。



・・・・・・・・って言うCM。ああ、書いているだけでウルッときた。


私もまさにあんな風にのっぽ君を後ろに乗せて

毎日、親子でお喋りしながら楽しく自転車登園していた。


トラウマを持つのっぽ君が自転車で登園途中

急に暗くなり風が強くなった空模様にパニックを起こし、団地の真ん中で

我を忘れて泣きわめいて痙攣の様に暴れ

登園も出来ず、帰るに帰れず途方に暮れた事。


毎日、どの道を通って行くかを相談しながら走った事。


イチョウ並木を葉っぱのシャワーを浴びながら大笑いして通過した事。



もう4月から三年生になると言うのに


あのCMはのっぽ君が入学する前、あの頃の私の心境ど真ん中で

しかもディズニーリゾートは想い出がたくさんある場所なので

テレビで観る度にウルッときそうになる。


しかも先日のっぽくんがあのCMを観て


「ママ~僕もママと行ってたね。でも小学校は一人で行けたね。

 今こそ想い出とかっていって僕もちゃんと(想い出)作ったし!」


なんて言っちゃってたので更にウルウルポイントがアップしてしまった。



このCMには小学生女子とパパバージョンもあって


パパと娘、二人で乗り物に乗り楽しくはしゃいでいると


娘   「今度は〇〇君と来たいなあ♪」

パパ 「(@_@;)!!・・・・・・・・・・・ガックリしょぼん(/_;)」


今こそ想い出。


みたいな展開。


小学生女子のパパはこれを観ると

うわぁああああ!そうだよなぁああ!って思うんだろうな。



先輩ママ達から妊娠中に


「子供ってあっという間に育つわよ。見逃さないようにね。」


って散々言われていたけれど本当にそうだ。


見た目の大きさは勿論、ふと気付くと

この間まで嫌がっていた事も、一人でちゃんとこなしていたりする。


強くなったな、成長したな、と時々シミジミ思ったりするけれど


たまにそう思ったのを忘れて

次の成長段階ばかり気にしてしまう瞬間があって反省する。


「成長したね。」

の方は口に出さないのに


「成長しなさい。」

の方ばかりを口に出している時がある。


そんな時、ああ、私はダメだな・・・口に出す順番が違う・・・と思う。




私の実家の両親はとても優秀な人達だ。

いわゆるエリートコースを外れた事のない人達。


私は子供の頃、ほめられた事はほとんど無い。

あ、あの時ほめられたな♪と覚えているくらい褒められた事は少ない。


優秀だった両親の基準だと多分、褒め所がすくなかったんだろう。


私は残念ながら遺伝子の不思議で(笑)

私の両親が当たり前だと思っていた

頭の良さや勤勉な精神を持って生まれなかった。


私なりに頑張ったと思っても認めて貰える結果にはならなかった。


クラスでトップの98点のテストを得意になって見せても

「なんで一問間違えたのか」だけを指摘されて終わった。


学年で10番以内の成績をとっても

「私(母)はいつも一番か二番だった。」

で終わり。


リレーの選手になってもマラソンで六位になっても

両親の基準では当たり前かそれ以下の評価だった。


二つ下の弟がスポーツはダメダメだったけど(笑)

たいして勉強しなくても優秀な人だったので

余計にダメな姉っぽくなって^^;苦しさは増した。


で、反抗期にはかなり不貞腐れた青春を送った(笑)

目立って悪さしたりとか、所謂グレたりはしなかったけど。

基本、門限も校則も守っていたし。


まあ、やる気が無くなった勉強。当然、成績は目立ってガタ落ち^^;


女子高三年生の三者面談で

担任の嫌味なお婆ちゃん先生に


「校風になじめていないですね。」


と言われる感じの青春。

三年生で馴染んで無いってどういうことさ^^;??だけど

校則が厳しく「THE女子高」な学校だったからな。


あ、自分の母親がカッコイイと思った事があった。


三者面談で担任が


「いつも前髪が長くて風紀の面に問題がある。」


と言った時(校則では眉を見せる。長ければアメピンで留める。)


「あら、これで長いかしら??今時、眉毛が見えるなんて変ですよ。

 目に入る長さじゃないですしね。教育的に問題ありますか?

 この方が似合うからいいんじゃないですか?

 今時の子に合わせて校則だって考えないと。」


とニッコリ笑顔で言った事。

そんな事を言う母だと思っていなかったので

ハッとした。喧嘩腰ではなくニッコリ笑顔なのが良かった。


あの面談で思春期の反抗心が引っ込んで

母との距離が近くなった気がする。



・・・・・・・・・・・・・・・とまあ、私はあまり褒められた事が無いので


褒めるのが下手なのかもしれないな。


でも最近、子供を可愛がるのはストレートにできるようになった。


先日、リビングの絨毯にペタッと座って

背中を向けてテレビを観ているのっぽ君の後姿をみたら

何だか急に愛しい想いが湧いてきたので


背後から手と足でガッツリ抱っこした(笑)


「なんだよう~」


と言うので


「何だか可愛いなと思ったからね♪」


とポンと言ったらすごく嬉しそうだったのっぽ君。


「好きにしていいよ。」


と言ってそのままテレビを観てたけど。


大きくなってもこんな風に言えるかな、私。


頑張ってるね、すごいじゃないって言えるかな。


もっと素直な親になりたい。


大きくなった子供は

親が思うよりもきっと

何もかも御見通しだと思うから。


先日、のっぽ君が小学校から持って帰って来た

封をした封筒に入ったプリント。


「子供達には内緒のお願いがあります。

お家の方からお子さんへの手紙を書いて頂きたいのです。


これまでもご協力いただいております

生活科『大きくなったわたしたち』

生まれた時から今日までの自分自身の成長を振り返り、

冊子にまとめていく学習です。


手紙の内容は

これまでの成長についてや今後に期待する事等、

お子さんへのメッセージであれば何でも構いません。

書いて頂いた手紙を読み、返事を書く事で

今回の学習のまとめにしたいと考えております。」


先週持ち帰ったけれど明日が締切日。


まだ書いていなかったので慌てて^^;

さっきワードで下書きして便箋に手書きで書いた。

・・・我ながら癖のある汚い字でガックリしながら。


それを書いて力尽きたので(笑)

ブログはまんまを載せちゃおっと。



↓↓↓↓↓


のっぽへ


 のっぽは10か月の間、

お母さんのお腹の中で大きく育って


200434日生まれました。


お母さんは生まれたてののっぽを

抱っこさせて貰いました。

温かくて小さくて細くて

目をつぶったままでかわいかったです。


のっぽは赤ちゃんの頃から車が大好きでした。

それは今もずっとかわっていませんね。

きっと大人になっても車は大好きなんだと思います。


小さいころからカーレースが大好きで

教えていないのにカタカナや国の名前も

いつの間にか知っていて驚きました。

今では車の仕組みや部品、

会社の名前も大人より知っています。


大好きなことがあるのは素晴らしい事です。


大人になっても自分の好きなことが

見つからない人もいるのです。

赤ちゃんのころに

車が好きだとわかったのはラッキーですよ。


これから大人になるまでに

勉強や運動もたくさんしなければいけません。


勉強は嫌いな事もあるので時には大変だと思います。

でも大人になって

大好きなことをするためにはいろいろな事を知り、

体が丈夫じゃないとだめなのです。


頑張った先に

大好きな車の仕事があって、素敵な友達がいます。


たくさん遊んでたくさん勉強して、疲れたら休んで

もうダメだと思ったら、お母さんが助けてあげるから


かっこいい車に乗れる、

かっこいい大人になろうね


              お母さんより



週末、雨?みぞれ?雪?みたいな天気が続いて寒かった。

今日も夕方から雨か雪だって。

 

家の門の所のパンジーが寒い中、色鮮やかに生き生きしてきた。

 

こういう天気のが好きなんだな。

 

 

金曜日の夜、のっぽ君を塾に送って行った。

 

 

 

のっぽ君が車を降りる時、

 

メーターの所に「外気温3℃」と表示されていたので

 

「外気温3℃だって~。」

 

 

と言ったら

 

 

「僕はハムサンドとかのがいい。」

 

 

と言いながら鞄を抱えてスライドドアをガチャンと閉めて

 

お猿の様な変な歩き方とゴリラ顔で手を振りながら塾に入って行った。

 

3℃→サンド→ハムサンド・・・・・・。

 

 

塾が終わって迎えに行ったら

 

そのハムサンドで思いついたらしい。

 

先日私が夕食の時に作った

 

「コンビーフとキャベツと玉葱炒め」の中のコンビーフが美味しかった、

じゃあ、今度コンビーフでサンドイッチを作るってママが言ったと言う。

そういえばそんなこと言ったなと思い、日曜日の朝食に作ると約束。

 

そういえば、炒め物の中のキャベツと玉葱は嫌いなのっぽ君。

 

小さく散らばったコンビーフだけ地味に食べまくっていた。

 

日曜日の朝、サンドイッチパンに

 

ごく薄くマヨネーズを塗り、薄く切ったコンビーフを挟んだ。

フライパンにオリーブオイルをひいて

両面をカリカリきつね色に焼いて

コンビーフの油が溶けてきて出来上がり。

 

栄養バランスを考えると野菜も一緒に挟みたいところだったが、

 

野菜嫌いなのっぽ君がコンビーフをすごく楽しみにしているので

まあ、いいかとのっぽ君仕様にして喜ばせてあげた。

 

パンが余ったので

 

同じようにしてハムとチーズを挟んだものを作ったのだけれど

コンビーフのが美味しい!チーズが甘く感じる~と私にまわってきた。

 

前はハムチーズをチーズが溶けて美味しい!って喜んで食べてたくせに。

 

 

昨日の夜も

 

出かけた先で私の炒飯を横取りして頬張りながら

「コンビーフ食べたい。あの缶をクルクル開けたい。」

 

と言っていた。のっぽ君、コンビーフブームらしい。

 

クルクル開けるあの缶、私も開けるの好きだったなあ。

包丁で切れるくらいのかたまりなのに

熱を加えると油が溶けてホロホロになっちゃう感じも不思議で好きだった。

 

 

日曜日、フライパンでパンを焼きながら

 

 

何故か唐突に思いだした想い出。キッチンつながりかな。

 

20代前半の頃。

 

 

どういう経緯だったか忘れたけれど、

 

私は母と母の友人と一緒にテレビ局のスタジオの隅っこに立っていた。

 

何の番組だったか・・・俳優 滝田栄さんが料理をしている番組の収録。

 

NHKだったかな??もうすっかり忘れてしまった。

母は仕事で何かあったのかな?

なんであんな所に私が行ったのだろう?謎だ。

 

で、収録が終わった滝田さんが、作った料理を盛り付けた器を持って

 

私達の所まで来て下さった。

菜箸で手のひらに少しずつ乗せて下さって。

 

「どうぞ~味見してください^^」

 

と優しく気を使って頂いた。

 

その料理は当時みんな知っているけれど

 

まだ日常的に料理して食べる人は少なかったゴーヤ。

確かゴーヤチャンプルのような物だった気がする。

 

私の母が大好きな野菜だ。

 

 

母が大好きな野菜だ~と思ったけれど

 

当時の私はちょっと苦手な部類の野菜だった。

(どういう訳か今は大好きになったけど。)

 

う。と思ったけれど母の友人、母、私と順番に配ってくださった。

 

で、パクッと食べたら味付けは最高だった。ビックリした。

本当に美味しかったけどやっぱりゴーヤは苦手。

ちょっとだけ・・・う。と言う反応になったかもしれない。

 

母と母の友人が美味しい美味しい!と大喜びしていたら

 

滝田さんがもう一度配りに来てくださった。

 

私の所にも来て滝田さんがニコッとして。

 

パクッと食べたらあれ?全部美味しい。

・・・・・私の手のひらにはゴーヤじゃない所だけだった。

 

・・・う。と密かに思ったつもりだったがバレていた・・・。

 

 

今思いだしてもすごい方だなあ!と尊敬する。

 

食べる人の反応を全部ちゃんと見ていて

「苦手なんです。」

と言えない立場を解っていて

どこの誰だか解らない小娘にまで普通にさり気なく気を配ってくださって。

 

 

後日、帝国劇場に「レ・ミゼラブル」を観に行った。

 

 

 

滝田栄さんが主演。感動した。素晴らしかった。

 

 

あのニコニコ味見させて下さった滝田さんと同じ人なのに

 

燃え立つようなオーラと迫力で圧倒された。

俳優さんって凄いなあ。あの気迫と集中力。

『一流』って言葉が頭を過ぎった舞台だった。

 

そういえば、時代劇でも滝田さんの殺陣は本物だ!と評判だったそうだ。

 

 

カーテンコールだったかどのタイミングだったか忘れたけど

 

俳優さんが客席に向かって白い花?・・・だったかを投げた。

そういう物にはあんまり手を出さないタイプの私が

滝田さんが投げた時、張り切ってキャッチしようとしたくらい(笑)感動した。

 

一緒に行った母の友人の滝田さんファンに感動を伝えたら

 

「そうでしょそうでしょ^^素晴らしいでしょ♪」

と大喜びしていたな。

 

最近の滝田さんは

 

 

その舞台を降板することになって

 

長期間続いた料理番組も終わってしまって

ライフワークだったそれらの終了と共に

仏像彫りや座禅とかそちらの方向に向かわれているようで

俳優業や人前に出る仕事はスケジュールに無いようだ。

 

ああいう俳優さん、今は誰が当てはまるんだろうな。

 

 

 

 

舞台にステージに立つ人は

 

 

 

燃え上がる情熱を感じさせるような人であって欲しい。

 

全身全霊、すべてをかけてスターであって欲しい。

 

 

 

このブログ、最初の方はアメブロじゃないところで書いていたもの。


アメブロを始めてしばらく経ってから

折角書いたのだからと前のブログを削除する前に持ってきた。


息子のっぽ君が2年保育の幼稚園に入園したばかりの頃から

放置しては書き、また長期間放置しては書き・・・みたいにしていた物。


あの頃は子育てに一生懸命で

もう、私の喜びも悲しみも心配も悩みも全部、そこだけに集中していた。

書いていたのも育児の事ばかりだ。


のっぽ君が小学生になって

私も周りを眺める余裕が出来た。


今、また幼児の頃を書くとどんなかなと思って。

もう一度書いておこう。




のっぽ君、歩き始める前の赤ちゃんの頃はどちらかと言うと

「育てやすい赤ちゃん」でよく眠って泣き声もそんなに大きくなくて

お腹が空くと泣くけれど、オムツが汚れてもあまり騒がなかった。


新生児の頃なんて


授乳の後で眠ったのっぽ君の隣で読書を始めた私。


のっぽ君があまりにもよく眠るのと

出産直後、まだ「赤ちゃんがいる」と言う実感が薄かったので

存在を忘れて読みふけってしまい、

ハッと我に返って生きているか心配になって

顔を近づけて呼吸を確認・・・なんてこともあったくらい静かだった。


半年も過ぎると夜泣きが始まって大変な思いをしたけれど

まあ、赤ちゃんなんてそんなもんだと思っていたので

体はキツかったけど心のストレスは少なかった。


離乳食もよく食べて何の心配もなかった。


幼児になったのっぽ君。

本当に本当にいわゆる「手のかかる子供」だった。


幼児サークルに行っても

20人近くいる子供が親子で話を聴いていても

一人だけ廊下を走って部屋を脱走。

酷い時は建物の外にまで逃走。しかも楽しそうに笑顔で。


食事は超少食。

お昼は焼きそば一本とか。・・・一皿ではなく一本^^;


2歳、3歳の頃って

ママ友達が子供を連れてランチしたりとかよくある。


誘われる度に憂鬱だった。


皆の子供はちゃんと食べるので

活発な子供でも食べている間は大人しく座っている。

ママさんもお喋りがはずむ。


のっぽ君は違った。

食事に興味が無いのでどこかに行ってしまう。

椅子なんて無いようなもの。一度も座らずに終わることもあった。

私はお喋りどころか自分の食事も満足に出来ない。


誘わないで欲しかった。

大変なのを毎回見てる癖に何で?!と筋違いの怒りもあったりして。


でも、私達親子と仲良くなりたいと思ってくれている人達は

優しい気持ちで何度も誘ってくれた。断りきれない日々。


ああ、大人しい、扱い易い子供しか持たない人には

どうしても解らないんだろうな・・・と思いつつ苦しかった。


活発に動き回るのに言葉は遅く、

心の方は神経質で繊細でこだわりが強かった。


私は育児書や専門書を読みまくって調べ続けた。

もしかしたら・・・もしかしたら・・・これは皆と違いすぎないか・・・と。


でも小児科の先生と話したり、普段の様子を観察していくうちに

こういう性格の子なのだ、私にはそういう子供がやってきたんだと

自信を持つことができるようになった。



そのうち、公園やサークルで似たタイプの子を持つ人とも知り合えた。


少数派だったタイプの子供を持つ人は

皆、同じように苦しい日々を送っていて

「分かる分かる!!」

と言いあって遊ぶ時は公園、ランチは誰かの家か公園でお弁当。

苦しい気持ちになる習い事はやめた。

〇〇のサークルに行ったけど騒いで迷惑かけてダメだったよ~(笑)

なんてゲラゲラ笑いながら話せて子育てが楽しくなった。


今にして思えば、幼児期の扱い易さなんて

小学生になったのっぽ君の性格や運動能力とは全く関係ない。

成長がどうのとかじゃなく、本当にただ『そういう幼児期の子』というだけで。


私の母が言うには

「ちょっと大変な子が当たったのね~。いいじゃない、経験するのは。

私も自分の子供は楽だったのに孫で初めて知ったわ。

躾うんぬんじゃなく、元から大変な子もいるのねって。

今までちゃんと躾なさいよ!とか思ってダメだったわ。

孫がそうだからそういう子のお母さんに優しくなったのよ。」




3歳の時。



扱いにくいのっぽ君を私に任せっきりだったパパ。


たまには家の前の公園くらい連れて行って、

私に普通に家事をやらせてくれと言ったら二人で出かけて行った。


5分、10分くらいだろうか・・・

のっぽ君のママ!!ママ!!と

ギャーギャー泣く声が微かに聞こえた気がした。


玄関扉を開けると

顔面から血だらけののっぽ君を抱っこしたパパが居た。


もう誰か判らないくらいに真っ赤だった。


私が母親になった時、たった一つだけ心に誓ったこと。

『子供の前ではどんな事があっても絶対に動揺しない。』


その時、大丈夫大丈夫と笑顔でのっぽ君を抱きとめて

自分でも信じられないくらい冷静でいられた。


あの時、目に映る光景を動揺して受け止めながら

これは私が落ち着かなくては駄目だ。

と、余分な感情が凍っていくような頭で冷静な判断をしていた。

あれも母性なんだろうか。



それから入院して手術もして。


タクシーに乗ると病院に行くと学習してしまい、

入院するためのタクシーに乗せるのに30分かかった。

泣いて暴れてトイレに立てこもってしまって。


術前検査の心電図は10拍を録るのに

大人3人で押さえつけても泣き喚き、30分かかっても録れず。

血液採取は看護師さん6人で

2人がのっぽ君に馬乗りになってセーフ。

レントゲンは写真をとるだけだよ♪とイケメン技師さんに言われ、

写真なので?両手でピースをして泣きながら撮影。


点滴も暴れて引きちぎってしまうので

腕に板をあてて包帯でグルグル巻きにして行なった。


術前の絶食も喉が渇いた・・・とつぶやかれる度に辛かった。


アレルギー体質の為、麻酔を配慮してもらったからか

午前中に手術が終わり、お昼には目が覚めるはずなのに

いつまで待っても時々パニックを起して暴れるだけ。

(麻酔から覚めかけの時に起こることがあります。子供は特に。)

夜まで麻酔から覚めなくてものすごく心配した。


ずっとベットの脇で座っていた。

見ていないと心配でトイレも行けなかった。


ベットの脇でいろいろ考えた。

意識が危うい友達を見舞っただろうご両親の気持ち。

事故にあった父に3時間かけて会いに来た90過ぎた祖父。

本当はお兄さんが居たんだよと言った友人のご両親。


親になると言うことは、


大切なモノが増えたと言う事は喜びだけじゃなく、

衝撃的な苦しみや深い悲しみも受け止める覚悟がいるのだ。

子供に何があってもどんな事があっても逃げてはいけないと言う事だ。


そんなことを思った。


その後無事に目が覚めて退院して通院して

最後の最後の通院日で鼻に詰めた包帯を取った帰り道。


本当に世界はバラ色♪世の中って美しい!!と思った。

バスから見えた風景が輝いていたのが忘れられない。



その後も大変だった。


青紫の自分の顔を鏡に映しては

「バイキンマンになっちゃったから、もうみんなとあそべないね。」

と言って涙ぐんでいて。


そして入院中に色々あって

暗いところ、シートベルト(手術台のベルトを思いだすらしい。)

医者の持つ金属のヘラ、大きな響く音。


それら、トラウマを抱えてしまった。


でもその後入園した陽気な幼稚園のおかげで

だんだん普通に過ごせるようになった。


映画館に入れたのは幼稚園も終わりの頃。

どうしても観たかったらしくトミカの映画。

震えながら私にしがみ付いて観たけど面白かったと言って。


ケガをした公園には1年間入れなかった。

でも友達と遊びたいからと本人が言うので

毎日少しずつ入る練習をした。



あんな事があったなんてもう遠い昔のように感じる。


でも公園で小さい子に

「そっちは危ないよ。」


入院手術の決まった友達に

「寝ていたらすぐ終わるって。僕も泣いたけど泣かなくても良かった。」


そんな事を言っているのっぽ君をみる度に

大変だったけどこうやって人は優しくなるのだな、

あんな経験するのは辛いけど無くすものばかりじゃないなと思う。


そして出産前はあまり子供好きではなくて

レストランやスーパーで走り回る子供を連れた人に対して

「ちゃんと躾なさいよ!まったく!」

と思ってしまっていた経験不足な冷たい私。


今ではそういう子供を連れて、疲れた顔の人を見ると

「大丈夫。大丈夫。気にしないでがんばれ。」

と心の中で密かに思ったりする。



これから先、何があるのだろう。

良い事いっぱいありますように。


明日からやっとのっぽ君の三学期が始まる。



10日の始業式の朝発熱したので、冬休み延長戦が1週間だった。

まったく・・・すごいタイミングのインフルエンザ来襲。


明日の登校は大荷物だ。


皆が1週間かけて学校に持参した物を

すぐに授業で使うので1日で持っていくハメになったのっぽ君。


防災頭巾、体操服、お道具箱、算数セット、上履き、縄跳び、

図書室で借りた図鑑みたいな本2冊、雑巾二枚、赤白帽子・・・・

それに5時間分の教科書とノート、筆箱等のいつもの荷物。


さっき用意したら新幹線に乗り込んで帰省しそうな荷物だった。

明日は音楽の授業が無く

鍵盤ハーモニカと音楽バックがいらないのがせめてもの救い。


それにしても小学校に入ってから気になることが一つ。


私が小学生の頃は

体育で使う「赤と白のリバーシブルで顎紐がゴムの帽子」のことは

『紅白帽(こうはくぼう)』と呼んでいた気がする。


今の小学校では

『赤白帽子(あかしろぼうし)』と呼ぶ。先生も児童も。

いつの間に変わったんだろう??

30代前半のママさん達は何の違和感もなく赤白帽子と言っている。

今の40代より上だけなのだろうか。紅白帽って。




そういえば、今年届いた年賀状。


独身時代にいつも二人で飲み歩いていた会社の先輩。

週末はよく二人で朝まで語り明かしたものだ。


私より8歳上だから今は50歳。


ものすごく若く見える可愛い感じの美女。

女二人、飲みに行っては恋愛の愚痴をブチブチ言ってた仲。


その時の彼氏を紹介しあったり

彼氏と別れて飲みたい夜、お互いに付き合ってカラオケで騒いで。

平たく言えば、私の当時の恋愛模様を全部知っている人だな。

私の方も先輩の歴史を全部知っているけど(笑)


私が育児期間に入ってからは殆ど会えてない。

残業バリバリの独身キャリアウーマンとは時間が合わなくて

電話で話すにも時間があわないんだよね。


活動的な人なので年賀状はいつも海外旅行の写真だった。

行ける国はもう、全部行ってしまったんじゃないかと思うくらい。


でも今年は

「なんと!昨年、結婚しました♪」

と書いてあるウエディングドレスの年賀状だった♪


ずっと前から予想していた通り、

すっごく綺麗で可愛くて50歳?嘘でしょ?なアイドルみたいな花嫁。


その写真を見たお正月からこっち

思いだす度に胸がキュンとするような嬉しい気持ちで

先輩から確実に幸せをわけてもらったと思う。


頑張ろう。相変わらず、ストレス満載な日々だけど(笑)


今度会った時に

あんなに綺麗でさらに幸せに輝いてる人と並んで飲むのに

8歳も年下の私がやつれたオバサンだったら悲しい。


結婚してから無くしてしまった楽しいこと、好きなこと

私が大事にしていたものを少しずつ取り戻そう。


そして50歳になったら、私も輝く人でいたい。

午前零時を過ぎたのでもう30日。


今日のお昼頃にのっぽ君と二人、実家について

元旦の夕方まで実家で過ごす予定。

のっぽ君は


「ばあばと紅白の嵐を観る。」


と楽しみにしている。

まあ、ばあばは細川たかしさんを楽しみにしているんだけど(笑)


夫は自宅で一人。


明日から2泊3日で実家なので

これが最後の2011年のブログ記事になるかも。



実家のPC、使えるかな??

うーん、父が仕事で使っていたり、

母が「向井 理」や「細川たかし」を検索して動画を観てたりするからなあ(笑)



たぶん、次の更新は来年です。




いつも読んで下さっている皆様、

コメントを下さる皆様、

メッセージを下さった方々


2011年は、どうもありがとうございました。


今年、皆さんに出会えて私はどんなに助かったことか。


私、皆さんに説明していないし、ここで説明できることではないので(笑)

なんだか意味が解らないとは思いますが、

2011年は本当に色んな事があって

私はギリギリのところで踏ん張って乗り切りました。


こうやって心の中を思うままに文字にして皆さんに読んで頂いて

私はまだまだこのままいける!大丈夫!と

笑って毎日を過ごせる気持ちの余裕を手に入れました。


皆さんといつの日かお酒を飲んで

全てをグダグダ語りたいくらい(笑)感謝しています。




今年、いつも私の頭の中に流れていた曲。

RCサクセション『 すべてはALRIGHT (YA BABY) 』。


その詞をやたらと口ずさんでました。

歌詞の一部抜粋・・・・


『 夢を見るのは 悪い事じゃない コトをあせり過ぎちゃダメさ 

  ちょっとだけ 時間の流れが きみをじらしてるだけさ 』


『 気分を出して その気になって コトに立ち向かうしかないぜ 

  大丈夫さ うまくやるさ すべては始まったばかりさ 』



今年はあの震災があって絶望したり苦しい日々を送る人が

いつもの年よりとても多いと思います。


どんな喜びも楽しみも

大切な誰かを失った悲しみは癒せない。


これから先、どんなに良いことがあって楽しみが増えても

あの日の悲しみは減らない。


でも人と人とのつながりで

一人ではない、誰かがいる、必ず誰かが見ててくれる。

そう思うだけでご飯を美味しいと思って食べられたり。

テレビをみて笑ったり、音楽を聴きたいと思ったり。


そんな小さな幸せを積み重ねられるように。


私がここでそんな幸せを積み重ねて

皆さんから勇気を貰ったように

苦しむ誰かを想って生きたいと思います。



さてと寝よう(笑)


気まぐれなのでまた実家で更新するかも?!^^;


皆様、ありがとうございました。


来年もどうぞ宜しくお願い致します。