先日書いた、僕が前の会社で最後に担当したプロジェクトとは、h&s(http://hscare.jp/)という、シャンプーです。 この商品の市場への導入を担当させていただきました。(と書いてしまうと、以前どこの会社にいたのかばればれになってしまうのですが、そこは、スルーしてください)。
12月の朝日新聞のBe on Saturdayのヒット商品を紹介する欄でも取り上げられていたぐらい、僕がやめてからもビジネスは好調のようです。
実は、この商品、前の会社が20年以上も前から日本に投入しようと何度も何度も、試みたのですが、そのたびにうまくいかずになかなか発売までこぎつけなかったという経緯がありました。実は、h&sは、もともとHead&Shouldersという、実は世界で一番売れているシャンプーを日本版にコンセプトから製品の処方からパッケージからブランドネームまで完全に改良したものなのです。もともとは世界でも売れているヘッドアンドショルダーを世界第2位のヘアケア市場である日本で、世界で売っているのと同じような形で発売しようとしてがんばっていたのですが、それがなかなかうまくいかなかったということもあり20年も発売するまでかかってしまったんです。この経緯については、今後詳しく書いていきたいと思っています。 このあたりのことは、メディアでのインタビュー等でもお話していたことなので、僕が個人的に話しても大丈夫でしょう。
ちょうど僕が前の会社の入社試験を受けているときに(1990年)実は一度、九州地方でテスト発売をされたことまであり、そのときはさまざまな理由でまったく売れずに1年と少しで撤退を余儀なくされたのです。実は、そのときから僕とh&sの数奇な運命はすでに始まっていたのです。
というのも、ちょうど九州で発売されたときに入社試験の一環で、ケーススタディーを基にしたグループディスカッションがあり、そのときの課題が、九州で発売されたばっかりのヘッドアンドショルダーというシャンプーの2年目のマーケティングプランを開発するというものだったのです。 そのグループディスカッションの中で、僕はヘッドアンドショルダーという、自分が18年後にこの手で発売を手がけることになるシャンプーに出会っただけではなく、h&sを発売する過程でのちにかかわることになる3人のキーパーソンとすでにその場で出会っていたのでした。
(続く)
12月の朝日新聞のBe on Saturdayのヒット商品を紹介する欄でも取り上げられていたぐらい、僕がやめてからもビジネスは好調のようです。
実は、この商品、前の会社が20年以上も前から日本に投入しようと何度も何度も、試みたのですが、そのたびにうまくいかずになかなか発売までこぎつけなかったという経緯がありました。実は、h&sは、もともとHead&Shouldersという、実は世界で一番売れているシャンプーを日本版にコンセプトから製品の処方からパッケージからブランドネームまで完全に改良したものなのです。もともとは世界でも売れているヘッドアンドショルダーを世界第2位のヘアケア市場である日本で、世界で売っているのと同じような形で発売しようとしてがんばっていたのですが、それがなかなかうまくいかなかったということもあり20年も発売するまでかかってしまったんです。この経緯については、今後詳しく書いていきたいと思っています。 このあたりのことは、メディアでのインタビュー等でもお話していたことなので、僕が個人的に話しても大丈夫でしょう。
ちょうど僕が前の会社の入社試験を受けているときに(1990年)実は一度、九州地方でテスト発売をされたことまであり、そのときはさまざまな理由でまったく売れずに1年と少しで撤退を余儀なくされたのです。実は、そのときから僕とh&sの数奇な運命はすでに始まっていたのです。
というのも、ちょうど九州で発売されたときに入社試験の一環で、ケーススタディーを基にしたグループディスカッションがあり、そのときの課題が、九州で発売されたばっかりのヘッドアンドショルダーというシャンプーの2年目のマーケティングプランを開発するというものだったのです。 そのグループディスカッションの中で、僕はヘッドアンドショルダーという、自分が18年後にこの手で発売を手がけることになるシャンプーに出会っただけではなく、h&sを発売する過程でのちにかかわることになる3人のキーパーソンとすでにその場で出会っていたのでした。
(続く)