珍しく
連続更新。

5年前の今日、娘の病名を告げられたことで、過去を思い出して、その当時のブログを読み返してみた。

あんな、診断されていて、自分でも驚くほど大丈夫と過信していて、ちょっとびっくり。

でも、これからも娘のことは病気だから。。とネガティブになることなく、大丈夫と怖いくらい過信していていたい。

時間があったら、っていつでもあるけど、もう少し過去のことも記録として残しておこうかな。。

多分ブログにはかいていないけど、娘がこんなにも早く左心であると分かったのは、クリフムマタニティクリニックにいったお陰です。

そもそも、そこにいくまでいろんなきっかけがあったからだけど。。

結局三人の子宝に恵まれたので、ぷぅ先生には大変お世話になりました。

長女は5回ほどみてもらい、次女、長男は二度ずつ診察してもらったので、あそこに10回も
通う人なんてそうそういないはず。。

しかも
12週ほどで始めてみて貰ったときにはぷぅ先生は左心と気づいていたし、ぷぅ先生の子供さんがうちの兄たちの高校の後輩だったりで、ありがたいことに?名前も覚えてもらえました。

5年前に左心と診断されたときは
何かあったら連絡してと(何かあるって左心と知ってたから先生はわかってたけど)言われたので泣きながらメールをしたら、丁寧に何度も返事を貰えました。

大体真夜中の送信で、どれほど忙しいのかとおもうけど。。

親しい友達にはぷぅ先生のところにいきたいと、相談をうけることもあるけど、個人的にはあまり薦めません。。

もちろん、不安要素があれば別だけどわたしも二人目以降はいかないつもりだったし。

旦那が絶対検査しないと駄目だ!!!!!としつこいので、しぶしぶいったけど。

娘はぷぅ先生に会えたお陰で病気もわかり、よかった部分あったけど、早くわかりすぎたことで命の選別をしないといけない状況にたたされたし、二人目以降は病気だったら、どうするかと思うことが想像するだけで辛かったので、病気を調べるかどうかは、やるべきかどうなのか、難しい問題だと痛感しました。

どんなことをして、どうおもったかもちゃんと記録にしておきたいなぁ。

全てが衝撃的すぎて今も多くを鮮明に覚えているけど。

5年前の今ごろは、ハンマーで殴られたくらいの衝撃で、本当にこんなにつらいことがあるのかくらいに思ったけど、いまこうして元気にしてるとガミガミしかってどなってばかりで、たまには病気がわかったときのことや入院中の事を思い出して、娘に辛い思いをさせたこと忘れずに、すこしはやさしくしてあげないとなぁ。。