とある教育情報サイトで
「子どもが『赤ちゃんはどうやってできるの?』と聞いてきたら
『コウノトリ』と『拒否』は絶対にNG。とかいてあった。
 

『コウノトリ』と「うそ」をついてはだめだと。



えっとー
最近、5歳娘氏に赤ちゃんを切望されてて

しかも、「妹」限定(笑)


 

赤ちゃん可愛いし、ほしいよね~~~。お母さんもほしいけどさーこればっかりは「コウノトリさん次第なのよね~」

と言っている。

 

 

 

というのも

赤ちゃんって
セ●●ス(削除されないように隠します)すれば、できるってもんじゃない。

 

 

 

子どものでき方は、セ●●スの仕組みを説明することなのか?

これが性教育なのか?と。

これがごまかさないということか?と。

 

 

 

妊娠& 妊娠を継続 するにも

母側の、環境が整い、体力が整い、生命力が整い、メンタルが整い
父側の、準備が整い、仕事環境が整い、サポートが整い、体調が整い

という様々な要因があって。

 

 

 

その前に、「遺伝」やら、「これまでの生活習慣」やら、「年齢」やら、「人生の学び」という
どーにもできない要因までがついてきて。

 

あ、そうそうその前に「相手」にも出会わんといけんね。

 

出産するにもそう。

 

あーんど、
そこをクリアしても
育児していけるか?
という最重要課題があって。

 

 

 

それらを整えてなお、赤ちゃんが来ないことだってあるという。

 

不妊治療したって、来ない時は来ないし

何もしなくたって、来るときは来る。

 

「神(コウノトリ)のみぞ知る世界」

 

 

 

そういう、命の神秘や、奇跡の上に自分(赤ちゃん)が生まれたんだ。

ってことを私、もっと早く知りたかった。

 

 

「精子の数」や「卵子の寿命」の話よりも(私が受けた性教育)。

確率の話をされてもピンとこなかった。

小5の少女。
おお~すごーい。ぐらいかな。

 

 

 

だから、「赤ちゃんはコウノトリさんが連れてくる」って表現は、私の中でほんっとぴったりー。

 

 

 

「命」って、科学用語では、表現できなことがいっぱい。

 

だから、「比喩」が使われる。この土台を大事にしたいなって思う。

 

それは、ごまかすことじゃない。

 

ほんとうに大事なことは、「神話」や「おとぎ話」を使って
語り継がれてきた。

 

過不足なく、伝えられるのが「物語」の力。

 

 

 

 

 

「赤ちゃんはどうやってできるの?」

 

「できる」というか、「連れてきてもらう」んだよー。赤ちゃんは。

 

 

 

 

もう少し、大きくなったらまた説明の仕方も変わってくると思うけれど。


でも、「赤ちゃん」について「今」伝えたいのは「受精のしくみ」じゃなくて「コウノトリさん」かな。

 

 

 

この後、もし私に赤ちゃんができたら、この幸運がどれほどのものか、5歳にも伝わる気がする(伝わってほしい)

 

もし、赤ちゃんができなくっても、それだけの奇跡の元に自分は生まれてきたんだってことが伝わると思う。(伝わってほしい)