このところ慌しくしていたら、風邪をひきました…ダウン

ママの風邪が伝染ってしまったみたいです。

楽しみにしていた週末のバレエのお稽古も、お茶とお花のお稽古も、お友達との約束もキャンセル。

ぐすん…。


Rumicoさんのブログで、宣教師の妻が幕末の日本を描いたものなど、とても貴重な本が紹介されていました。

詳しい内容は次回のブログで…とのこと。

お嬢がとても知りたかった、その時代の空気や景色、生活感のようなものが直に感じられる本のようです。

戦後の焼け野原から出発した現代の日本…。当時の残り香はありませんが、その分新鮮に感じられて楽しいだろうな…と思いました。マルセルプルーストではないですが、失われた時を求めて…歴史版みたいな感じでしょうか…。とても楽しみ…ねこへび


その記事を読んでいて思い出した祖母にまつわるエピソード…。

文久2年の生麦事件の一年後、文久3年に起きた蛤御門の変(禁門)の変で、宮中で女官をしていた祖母の祖母にあたる人が御所から逃げ落ちたそうです。

直系なので、ご先祖様は宮仕えしていたのかも…。


因みに、祖母は少女時代は尾道の裕福な家庭のお嬢様だったらしいのですが、同級生に作家として有名になった林芙美子さんがいたそうです。当番などをよく代わってあげたそう…。放浪紀に祖母の旧姓によく似た名前が出てくるそうです。祖母の回想を父から聞いたりしていると、林扶美子さんはやっぱり自由奔放な人だったみたいですね。


後、祖母の叔母にあたる人が、フランスの伯爵に嫁いだというエピソードもあります…。この方は、エコールドパリの時代に藤田画伯のパトロンをしていたらしいです。ピカソなどとも会ったのかもしれませんね。祖母を可愛がってくれて、お洋服を貰ったりしていたそう…。所謂舶来モノでしょうか。伯爵様は、父の記憶によると、とても背が高かったのだそうです。


祖母は小さい頃に亡くなってしまったのですが、クリスチャンで、とても上品で綺麗な女性でした…。同時に第二次大戦中、夫(祖父)と息子(伯父)を戦地に送りながら他の子供を育て上げた骨太さも感じられます。お陰で、祖父も伯父も戦争を生き残りました。記憶の中の祖母は柔らかい雰囲気の優しいおばあちゃんでした。一度、大人になってからゆっくり話をしてみたかったなぁと思います…。