神様への「お願い」は、本当にお願いでしょうか?

神社へ行くと、多くの人が神様にお願いをします。

「健康になりますように。」
「仕事がうまくいきますように。」
「大切な人が幸せになりますように。」

もちろん、それは決して悪いことではありません。

でも、私が学んできた中で、とても印象に残っている教えがあります。

それは、

「神様はお願いではなく、誓いとして受け取る。」

という考え方です。

つまり、

「健康になりたい。」

ではなく、

「健康になるために、自分も努力します。」

「成功したい。」

ではなく、

「成功するために、自分も歩み続けます。」

そういう決意を神前で表明する場が、祈りなのだということです。

だから私は、神様に願うということは、

神様へ丸投げすることではないと思っています。

神様は魔法を使って人生を変えてくれる存在ではなく、

自分が誓った道を歩けるよう見守ってくださる存在なのでね。

そして、もし誓った道から大きく外れてしまったとき。

人生は時に、思いもよらない出来事を通して

「本当にそのままでいいのですか」と問いかけてくることがあります。

私は長年、多くの方の人生を見てきました。

その中には、大切な人との別れや人間関係の変化が何度も続き、

ようやく自分の生き方を見つめ直した方もいました。

私は、そのような出来事を安易に「罰」だとは考えていません。

むしろ、「立ち止まって、本来の自分を思い出してください」という

人生からのメッセージなのでね。

だから、神様にお願いをするとき、

できるだけこう考えるようにして意識してみて。

「この願いにふさわしい自分になります。」

そう自分に誓ってから、神様の前を後にします。

願いは、叶えてもらうものではなく、自分が叶えにいくものです。