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アブ・シンベル神殿(Abu Simbel)は、エジプト南部、スーダンとの国境近くにあるヌビア遺跡。
概要・歴史
オリジナルは、砂岩でできた岩山を掘り進める形で作られた岩窟神殿。
大神殿と小神殿からなる。
建造主は新王国時代第19王朝の王、ラムセス2世。
大神殿は太陽神ラーを、小神殿はハトホル女神を祭神としている(小神殿は最愛の王妃ネフェルタリのために建造されたものでもある)。
建設後、長い年月の内に砂に埋もれていたが、1813年にスイスの東洋学者ヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルトによって小壁の一部が発見され、1817年にブルクハルトの知人であったイタリア人探検家ジョヴァンニ・バッティスタ・ベルツォーニによって出入り口が発掘された。
1960年代、ナイル川にアスワン・ハイ・ダムの建設計画により、水没の危機にあったが、ユネスコによって、国際的な救済活動が行われた。
1964年から1968年の間に、正確に分割されて、約60m上方、ナイル川から210m離れた丘へ、コンクリート製のドームを基盤とする形で移築された。
現在ではアスワン・ハイ・ダムの建設によってできた人造湖のナセル湖のほとりにたたずんでいる。
この大規模な移設工事がきっかけとなり、遺跡や自然を保護する世界遺産が創設された。
アブ・シンベル神殿は世界遺産の象徴的な遺跡で、文化遺産として登録されている。
この神殿では、年に2回神殿の奥まで日の光が届き、神殿の奥の4体の像のうち、冥界神であるプタハを除いた3体を明るく照らすようになっており、観光客の目玉となっている。
本来はラムセス2世の生まれた日(2月22日)と、王に即位した日(10月22日)にこの現象が起こるものであった。
神殿の移設により、現在は日にちがずれてしまった。
アブ・シンベル大神殿
大神殿の四体の像はラムセス2世で、その前に並んでいるのは家族の像である。
奥にはプタハ神、アメン・ラー神、ラー・ホルアクティ神、そしてラムセス2世の像がある。
像の脚にはヌビア遠征に赴いたギリシャ人傭兵による古代ギリシャ語の落書きが彫られている。
ラムセス2世像のうち向かって左から2体目は神殿完成の数年後に起きた地震によって崩れ、頭部の一部が2体目の前に転がっている。
↑ラムセス2世の足元にいる小さい女性がネフェルタリ(ラムセスの像がデカすぎる)
壁には神聖化された聖なる船の前で儀式を行う場面が描かれている。
浮き彫りに王の業績、北の壁にはカディシュの戦い、南の壁にはシリア・リビア・ヌビアとの戦いが描かれている。
↑ラムセス2世の戦闘シーンラー神とホルス神が習合するとラー・ホルアクティ神になります。
アブ・シンベル小神殿
ハトホル神と王妃ネフェルタリに捧げられた神殿。
立像が6体あり、そのうちの4体は王、2体はネフェルタリである。
脇には王子と王女を配置している。
↑ハトホル神の顔が柱にあります(ハトホル柱)
砂漠の中の一流ホテルです。
そして、夜の「音と光のショー」を観に、再びアブシンベル神殿へ。