先日保温マグのことを書いたり、

牛乳おいしーなーとか、

マシュマロトーストすきーとか、

 

結構飲み物や食べ物のことを書いているつもりです。

 

高いもの、上質なものを、というよりは

「自分が食べたい物を食べた」ということや

「幸せな気持ちになった」ということを

めちゃくちゃ重要視してますし

 

私たぶん、食べることに対してめちゃくちゃ執着しています。

 



 

というもの、私が以前クローン病だったころ

食べたい物を食べることはできなかったし、

 

今私が日常でおいしいな~とか

これ毎日食べたいな~と思ってたべてるもの、飲んでいるものの

80%くらいが昔は食べちゃだめだよ、といわれていたものになります。

 

 

 

27歳ごろだったと思うんですけど、

クローン病の薬を変えたときに重度のアレルギーを起こしてしまって

結構ガチで死に掛けたタイミングがありました。

そのときにもう自分の好きに生きよう、と決めたんだけど

その後また右往左往して迷って間違えたりもしてきました。

 

 

退院後にも何度も何も食べられない時期があったし

一日にゆでうどん一袋(スーパーとかで30円くらいでうってるやつ)を

食べるのが精一杯の時期も結構長くありました。

 

 

その時期のことを他人に何か言われることが非常に嫌で

(大体かわいそうとかなので、うるせぇってかんじになっちゃう)

本当に嫌なのであまり詳しく人に話すことはないのですが

その時期に感じたことの多くが私の中で今もまだ強く自分を支えてくれてます。

 

 

 

今日、好きな物を食べた、

今日、自分が食べたい量食べることができた、

今日、おいしいコーヒーを飲んだ、

今日、大好きなチョコレートを食べた・・・

 

というのももちろんすごくうれしいのだけど

 

 

今日、食べ物が食べられた

今日、飲み物が飲めた

今日、おなかいっぱいになった

 

というまぁごく普通の、普通に生きてたらまじで何も思わないようなことが

私をめちゃめちゃに満たしてくれている。

 

 

そういうことを忘れてしまっていた時期は

やっぱり右往左往していたなぁ~と思います。

 

 

 

食べるって三大欲求のひとつでしょ、食欲だから。

人間として生きていたらたぶん、当たり前に、ごくごく普通の行為。

 

そこが満たせなかった時期、

そこに強い抑圧とか、めっちゃ拘束されるし

すごくそこに縛られるし、

とにかくいつも欠乏感を感じていたころがあって

 

 

今、普通に満たすことができる。

まぁ、普通の健康な人のようにできないことも多々あるんだけど、

それでも今、私は自分の思い通りに食べたり飲んだりしても

自分を責める必要はなくなった。

 

自由だなって幸せだなぁって思います。

 

 

***

 

でね、自分の日常を見直したときに、

たぶん衣住食って基本的な部分で

ここを見直すタイミングってすごく多くあると思うんだけど、

 

私にとっては

衣よりも住よりも先に食なんだな、と思うのです。

 

 

今クローゼットの収納を買い換えようとしてて

今まで20年くらいつかってたチェストを解体してるところなんですけど

服を見直したり、好きな物でそろえたり、

自分が満足する収納とかを考えたりするのもめっちゃ楽しいけど、

 

いっぱいのコーヒー、とか

 

いっぱいのお味噌汁、とか

 

チョコレートひとかけら、とかで得る幸せのほうが

 

自分の芯に届いてるような感覚がすっごく強い。

 

だから、どっちも大事にしているんだけど、

より力を入れるのが食べるもの、飲むものだなぁって日々感じてる。

 

 

そこを無視していた時期は本当にひどかった、という経験が

今の感覚を裏付けてくれてます。

 

 

 

 

それでね、たぶんだけど、三大欲求とか衣住食とか

そういうめっちゃ基本のところを

自分のために見直したり一つずつ確認するとき

一人ひとりめちゃくちゃに響くポイントが違うと思うんだよね。

 

私みたいに食に関して強い抑圧を受けたことがある(受けている)人は

たぶん食にかかわることでものすごく気持ちが揺さぶられるんじゃないかな。

 

怒りも悲しみも悔しさも憤りもめちゃくちゃに詰まっている。

 

 

睡眠や住のポイントに来る人もいれば

パートナーや異性との付き合い方や人との距離感のポイントの人もいるんじゃないかな。

 

 

私もね、そのあたりめっちゃ悩んでいるし

まったく心が揺さぶられないわけでもないんだけど

 

 

やっぱり食べるもののほうがダイレクトだなって日々感じる。

 

 

 

だから、たとえどんなに自分の周りが

寝具を買えるといいとか

着たい服を着るのがいいとかっていっても

自分がそこにぴんと来ないのならそれに悩む必要はなくて

 

自分が一番ぴんと来る、心が響く、動く、揺さぶられるものを

大切にするほうが、自分が幸せを感じるうようになっていくと思う。

 

 

幸せを感じるのって自分なんだよね。

 

 

あと、心が動くとか響いたりするのは

何も喜びだけではなくて

まずい!とか

好きじゃなかった!!とか、

オーダーミスったなぁ・・・とかも

全部大事。

 

 

おいしいだけが幸せじゃないってのも知ってる。

 

同じ味しか(塩ね)食べられなかったころは

うまいもまずいもあんまりなかったんだよね。

 

いろんな味があって

それによっていろんな感想があって。

 

 

どっちも楽しくて面白いし大事なんだよ。

 

 

 

 

最近マイナスコードカットをちょくちょくやってて思うのが

良い面、良い状態、いい感覚のみがほしい、っていうのが

自分を追い詰めることが多いんだな~ってこと。

 

いい面のみがほしい、という状態は

いい面しか認められないということ。

 

だからたとえばカフェにいってオーダーしたメニューがまずかったら

店に怒り散らかしたり

自分はごはんひとつも満足に選べないのかって落ち込みまくったりして

そのことについてずーっと引きずってしまう。

 

 

まぁ、自分の好みに合わないものを選んで失敗することもあるんだよね。

自分の感覚に合わない味だったって事もあるし。

 

お店が失敗してるレベルでおかしい味だとおもったら

聞いてもいいわけです。なんか味が変なのですけど?って。

 

 

怒るってたぶん

失敗した自分、おいしくなかったという経験が

ぜんぜん受け入れられなくて

こんな風に「されてしまった」みたいな感覚なんだよね。ちなみに私の体験談ね。

 

 

こういうのが積もり積もって自分に刺さったり人を通じて自分に戻ってくる

マイナスコードになっていることが結構あります。

 

 

いい面しかだめ!って結構重い。

 

 

image

 

 

最初に書こうとしていたこととだいぶ違うかんじになっちゃったけど、

とりあえず自分が一番ぴぴぴ!ってくるところを

まず最初に大事にするポイントにしてみると

ほかの部分の自分の感覚もわかりやすくなるんじゃないかな?って思います。

 

 

服を整理していて、自分が何を気に入ってどれを着ていたのか、

どの肌触りが好きで、どれは嫌いで、今の気分はこっちで・・

ってのを数日間延々やってたんだけど

この中で一番おいしくおやつとごはんを食べた日は

一番自分の感覚がつかみやすかったなぁ~って思ってて

それが面白すぎてびっくりした。

 

 

 

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1月末で一度締め切り、2月末までに名前と内容をリニューアルして再開します。

 

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やれるようになることは変わりませんがリニューアル後は

もっと簡単なバージョンと、

今のセルフマイナスコードカット講座+オプション講座をあわせたもの

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*うちこ(内田智子)*

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メールhappyuchikoあっとgmail.com