お父さんにお金を払って欲しい。
可愛い私にお金を払って欲しい
ただ、それだけだった。
お父さんにお金を出して欲しい。
可愛い私にお金を出して欲しい。
それが、わかった瞬間、わたしは崩れ落ちた。
腰が抜けました。
大学を卒業してからコツコツと、ずっと支払いを続けてきた奨学金の返済が、後1年で完済する。経済的に苦しくて、途中で返済ができなくなった時期もあった。それでも、コツコツと支払ってきた。後1年だ。すぐじゃないか。
残り1年なんて、もうすぐなのに、、、
今まで自分で返済してきたんだから、残りの1年、自分で返済したらいいのに、
わたしは、お父さんにお金を出して欲しかった。
ケチ野郎、と思った。
あと1年分しか残ってないんだから、出してもいいだろう。ドケチ野郎。見栄以外にお金を使えないドケチヤロウ。
車を買ったり、絵画を買ったり、神社やお寺に100万単位での寄付はするのに、私の学費は、出さない。ドケチヤロウ。
幼い頃から、欲しいものを伝えたところで、嫌味を言われ、金を持っていないお前は買えないだろ。と、怒鳴られ、散々嫌な思いをして、手に入れられずに終わる。
クリスマスだって、誕生日だって、お祭りに行った時だって、何も買ってもらったことがない。私にとって、それらは周りを羨ましくみているだけの、耐え難い行事でしかなかった。
勇気を振り絞って、欲しい物を伝えたところで、返り討ちにあうだけだった。
そのうち、私は、欲しいものを言わなくなり、欲しいと言う感情を封印した。
自己防衛だ。
後に、それは、自分の望むものがわからなくなり、私を、私の人生を苦しめる。
以前、父の家に行った時に干してあった洗濯物のスエットがボロボロだったから、スエットをお土産に、、、、
その時、父が以前より痩せて、細くなっていたから、お寿司を、お土産に買っていった。
ありがとう
と、父は、私に今までだったら絶対に口にしないような言葉を言った。
奨学金の返済が後一年なんだけど、払ってくれないかな。
結果スルーされた。
どうやら、都合の悪いことは、聞こえない耳らしい。
ついでに、
最近ぶつけてしまった車のことも伝えて、
娘が夫に頼むのを真似して、
「車買ってちょーーだい。」
と言ってみたけれど、スルーー。
奨学金の返済が後一年なんだけど、払ってくれないかな。
この言葉を父の前で口にするまでに、口から心臓が飛び出そうなほど、緊張した。
昔の記憶が蘇る。
お父さんに、頼み事をすると、お金を出してもらおうとすると、嫌な思いをして、終わる。
という確固たる、嫌な記憶。
私自身が、父は、お金を出さない前提だったのか。
社会と父親は、イコールになりやすいから、
父が私のために、十分な金額のお金を支払ってくれること
が
私は、世間から、社会から、自分が望む十分な金額のお金がもらえる人間だ。
ということを経験したかったのか。
ケチで、今まで、私に対して、気持ちよくお金を使ってくれたことなんてなかったから、その復讐で、わずかでも、支払って欲しいと思ったのか。
私自身、父とお金に対してのスネ(いいもん、いいもん、どうせ、もらえないんでしょ。どうせ、ダメなんでしょ。)が、こじれに、こじれているのか。
ただ、今の生活で、少しでも余裕が欲しいだけなのか。
誰も寄り付かなくなって、ひとりぼっちになってしまった父に寄りついている私に対して感謝が欲しいのか。私を認めて欲しいのか。
いろんなことを考えたけれど、
至ってシンプル。
可愛い私に、お父さんが、可愛い私に、お金を払って欲しい。
それだけだった。
↑幼い頃泳ぎにきていた猪苗代湖
みなさんは、お父さんにして欲しかったことはなんですか?
