先日、中学時代の野球部の親友と電話で話をしていました。
久々ということで昔話に花が咲き、当時のくだらない出来事を思い出すままに話し、
「あったあった!」
「そうそう!」
と、記憶の扉が心地よく開かれる度に、終始懐かしさを感じておりました。
話は自然と青春を共にした野球部での話に移ってゆきました。
僕にとって忘れられない試合。
それは近くの中学との練習試合なのですが、その中学のエースが、現・楽天イーグルスで活躍する美馬学投手だったのです。
ホップするストレートに、頭部に当たる危険球かと思いきやアウトローいっぱいに急激に曲がるカーブ。
美馬投手は当時から県内屈指のピッチャーとして名を馳せておりました。
今や日本シリーズでMVPをとるほどのプロ野球選手です。
僕は昔から運動神経が悪く中学時代もギリギリ試合に出ていた身分だったのですが、その試合で後のプロ野球選手からライト前ヒットを打ったことが誇らしくて誇らしくて、胸の奥から大切な宝物を取り出すように語ったのです。
「でも俺よく楽天の美馬からライト前ヒット打ったよね!」
すると耳を疑う一言が。
「え?あの試合美馬君投げてないよ。」
一瞬親友が何を言ってるのか理解できず聞き返す僕。
「ん?」
「あの試合美馬君サード守ってて、二番手ピッチャーが投げてたじゃん。」
僕はスマホを耳にあてたまま、電話越しで沈黙しました。
「・・・」
嘘だ。僕は眉間に皺を寄せ脳内の記憶検索に神経を集中させました。それでも確かに、あの試合でライト前ヒットを打った映像、バットの芯でボールを捉えた手の感触までが鮮明に蘇ってきたのです。
「いや!確かに俺はライト前ヒットを打ったよ!誰もヒットを打ててない中、俺がチーム初ヒットとなるライト前ヒット打ったじゃん!」
するとそれを上回る衝撃の真実が。
「竜太郎が打ったのは、ライトゴロだよ。」
親友は続けました。
「ライト前に打球飛ばしたけど、竜太郎足遅いじゃん?で、必死こいて全力疾走してたけどセカンドゴロのようにアウトになったてたじゃん。」
嘘だ・・
僕は先ほどにも増して脳内検索エンジンをフル作動させました。重いデータを読み込むように、あの試合のことを思い出そうとしました。
すると、ぐちゃぐちゃになった頭の中でシナプスの稲妻が駆け巡り、真実の記憶が蘇ったのです。
マウンドには二番手ピッチャー。サードには美馬君。
僕は二番手ピッチャーのストレートをライト前に痛烈に弾き返した。
しかし下位打線の僕に対して予め浅く守っていたライト。
まずい!と焦り全身をばたつかせ全力疾走するも、鈍足の僕は夢の中で悪魔に追われているかのごとく前に進まない。
ライトは平凡なセカンドゴロを捌くかのように余裕を持って一塁に送球。
一塁ベースに到達する三歩も前に完全にアウトになったのに、一拍をおいてから特攻隊のごとく玉砕のヘッドスライディングを敢行する僕。
そしてベンチは爆笑に包まれていた。
僕は記憶を塗り替えていたのです。
真実にめっきを塗り、都合良く操作した嘘で塗り固めた悲しい宝物を大切にしていたのです。
過去の己を愛するために。
思い出を美しくするために。
そう考えると、僕の大切な宝物が全て作り物に見えてくるのです。
ファーストキスや初デートの美しい思い出。
それらも全て疑わしく、内包された真実を突きつけられたとき、絶望する可能性だってあるのです。
少し前に、局の廊下でミラ・ジョヴォヴィッチとすれ違ったことがありました。
ハリウッド女優のオーラと色気に僕が見とれていると、ミラはすれ違いざま優しく微笑みかけてくれたのです。
目が合ったのは時間にして約0.5秒。
しかし数年後僕が、
「俺昔ミラ・ジョヴォヴィッチと付き合ってたんだけどさ、」
と言い始める可能性だってあるのです。