こんにちは。_(._.)_ペコリ
看護学生の日常 2の巻
久しぶりに『看護学生の日常』記録を書いていきたいと思います。
Twitterで読んだ記事について共有したい内容であったので、
お昼間ですが投稿させていただきます。
私が読んでいた記事のテーマは、
Twitterで“東洋経済オンライン”というアカウントさんが投稿されていた
『末期がん妻が新聞記者の夫に遺した意外なもの』
と
『末期がん妻に夫が学んだ「後悔しない看取り方」』
です。
ただ、地球の端っこで生きている1人の考えやと思って読んでいただけたらなと思います。
よろしくお願いいたします。
確かに近ずいてきている死に不安を抱えながらも
自分(妻さん)が逝ってしまった後に、夫さんの心配をする、残された家族の心配をする、
それは逝ってしまう人の本心であると思う。
これぞ正解がない問題ではあると考えているが、
もし、この記事に書かれている患者さんのような立場の人に声をかけようと思った時、
どのような言葉をかけるべきなのか。
この記事を書いた夫さんは、
妻さんの入院中、毎日手紙を書いていた中で妻さんを怒らせてしまった言葉がある
と書いている。
その言葉は、
前向きに
だ。
夫さんは、妻さんの心を少しでも明るくしようと
“前向きに”と手紙に書いたのかもしれない。
だけど、患者側の妻さんからするとその言葉は重荷にしか感じないのである。
「目標を持つとか、後悔しないように……というのもわかるけど、
友達が思ってくれて、好きな人と好きなものを食べられたら私は後悔しない。
前向きとか言われると、しんどいとか痛いとか言いにくくなっちゃう」 〈記事の内容を引用〉
過去の私ならば、
頑張ろうとか大丈夫とか病気が治った時のことを考えて過ごしていこうね
なんていう心もとないような言葉をかけてしまうと思う。
ただ、看護学生として約8カ月間学んできた現在の私ならば、
患者さんの言葉をただ受け止めることしかできないと思う。
なぜなら、
患者さんは、応援なんて求めていないと思うからであります。
患者さんは、“過去の何気ない日常を過ごしていた自分”と“病気と闘っている現在の自分”
の存在価値を等しく思っていてほしいのであると考えています。
この投稿は、看護学生歴約8カ月の大学生がこの2つの記事を読んで
思ったこと、考えたこと、そして疑問に感じたことを自分の言葉にしているものであるので、
勿論、違う考えを持たれている人もおられると思います。
このように感じている人もいると思っていただけたら幸いです。
最後まで読んでくださりありがとうございます。m(__)m
☆私が読んだ記事☆
Twitter: 東洋経済オンライン @Toyokeizai 是非、読んでみて下さい。
東洋経済オンライン@Toyokeizai
新聞記者だった筆者はメラノーマ(悪性黒色腫)というがんで51歳の妻を失いました。そんな2人の闘病中の笑いと涙のエピソード、闘病から得た経験を基にしたアドバイスをお届けします。 https://t.co/KRA5x6jaIH
2020年12月05日 13:32
