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今日はひっぽの稽古日。

倉庫に行く用事があったので、山陽電鉄で新開地駅へ移動。

新開地駅から月見山駅へ。

ちょうど快速電車が来たので板宿駅まで行って、板宿駅で普通電車を待つ。

…。

…。

…。

普通電車全然来ねぇ~。

いや、15分に1本ならまだ来てる方なのか。

普段JR神戸線さんに乗り慣れてる僕にとっては、この待ち時間は苦痛以外の何ものでもない。

…と考えたところでふと気付く。

いつから日本はこんなに時間におわれるようになったんだろう。

5分くらいで電車が来るのと、15分電車を待たされるのとでは、何が違うのだろう。

10分で僕の何が変わるのだろう。

おそらく10分くらいでは何も変わらない。

でも、その10分が積み重なると大きく変わる。

そして僕はそういった小さい出来事を積み重ねて生きている。

電車に乗ることだけが目的なら、何も変わらない。

普通は目的先で仕事があって、家に帰れば家庭があって、地域では色んな人のつながりがあって…。

余裕がないから、10分間のロスが不安だ。

10分間をロスと感じるのを、「忙しくしながらもやり甲斐のある、充実した生活」ととるのか、「時間にあくせくしないといけない、ゆとりのない生活」ととるのか。

答えはない。

僕は「充実している」気がする。

だったらそれでいい。

やっぱり僕には電車の待ち時間は苦痛だった。

山陽電鉄はもっと本数を、

…と結論づけかけたところで再度思いかえす。

最近はこの待ち時間にブログを書くことが出来る。

ならば、15分くらい待たされてもいい。

気付けば僕は、「15分待たされても充実した生活」を送っていた。

山陽電鉄は今のままでいい。