こんにちは。

ここのところ、自分が創り出している状況が、あまりにも酷く、毎日忍耐しています。

それも意識が完全に目覚めるまでは、そういうことも良くあること、と知っているからで、
そのことを経験しているだけだ、と理解しているので、忍耐できています。

スピリチュアルな学びが進んでいく度に、試練が訪れます。

もちろん、そうしない人もいると思いますが、大抵はそうです。

先日、佐藤初女さんの再放送番組を見た中で、今日のタイトルになっている言葉が
すごく良かったので、書いておこうと思いました。


私は移植後、だんだん身体の機能が回復してくるにつれて、仕事も体力に見合った
その時の自分でやれる最高の仕事につこう、と思い転職してきました。

元々、元気な時も、世の中の大勢の人たちの流れに反発するように、自分がやりたいことを
やってきたので、病気という制限がかかった後も、やりたいことをやってきたように思います。

 
が、ここへきて、生まれて初めて、転職に失敗した感が強くあり、果たしてこれはどういうことなのだろうか?と、模索していました。

転職に失敗したと感じているなら、成功したと思えるまでチャレンジすれば良いだけだ、と考えるのが、これまでの私の生き方でしたが、心のどこかで、どうも違うな~と聞こえてくるのです。


実は現在の職場においては、一度退職届を出しましたが、幸か不幸かすんなり受け入れられず、説得され、未だに残っているのですが、それも、以前の私でしたら、一度辞めると決めてから、それを翻すようなことは、しなかったでしょう。

でも、その時は、これまでの自分がやらないことをやってもいいかな?と思え、
それじゃ、続けてみてもいいかな?と思ったのです。 それは、私にとって新しい方法でした。


その後、でも状況は相変わらずであり、まあ、多少良くなった部分もありますが、全体として大差なく、その間に、自分の意識がぐんと成長したこともあり、最初に感じていた、自分だけすごく浮いている感、がますます大きくなっていったのです。

それは、今思えば、本当に文字通りそうだったのだと思います。


というのも、スピリチュアルな学びが進んでいる人であれば、この世のほとんどの人が眠っていて、幻想の世界、機能不全の世界で生きている、と思い込んでいるのですが、このエネルギーはとても重たく、密度が濃く、更にその特質として、軽く浮き上がろうとするものを、引きずり込もうとする無意識の力が働くのです。


そして、佐藤初女さんの番組の中で、奉仕のない人生は意味がない、奉仕には犠牲が伴う、そして犠牲のない奉仕は真の奉仕ではない、というような言葉が流れていたのです。

私は、これだ!と思いました。


犠牲という言葉を聞くと、抵抗を感じる人が多いのがこの世の中ですが、私はこの奉仕の言葉は、この幻想の世界で生きている人間に分かりやすく、かつてないほどに噛み砕いた説明であり、真実だと思いました。

もし、このブログを読んで、初めてこの言葉を知ったら、ネットでも検索してみると良いと思います。 番組の中では、佐藤さんはロバート神父さんだったか、とにかく神父さんの言葉であると言われてました。


私たちの本質は、表現できず、見ることもできないものですが、本質が形をとったこの世界においては、この奉仕についての言葉が、周囲に網羅されているネガティブな意識のど真ん中で、光であり、そうであり続けることを勇気を持って、実践していこうとする人たちの心の支えとなるように思うのです。


私は、意識がだんだんと目覚めていくと、周囲の誰とも話が通じない、という体験をしています。 先週末も知人から話を聞いて欲しいと言われ、お茶にいきました。

その人は、頭の中のおしゃべりに夢中でしたが、私は比較的わかりやすいと思う言葉で、
真実を伝えてみました。 でも、反応は見事に思った通りで、一般の人の反応が返ってきて、
そしてその後は、その人が自分自身の正当性を、自分で納得ができるまえでのストーリーを
更に作り上げ、最終的には、その人は、自分はやっぱり正しかった、と納得して帰りました。


私は、伝えることはしましたので、あとは、その人次第なのです。


他に先日も久し振りに知人からメールが入りました。 私は、その返信にも、先ほどの知人同様、自分が伝えることをお伝えしました。

その人は、私が伝えた情報を受け入れました。


このように、準備ができている人は、更に意識の進化が進んでいき、準備ができていない人にとっては、私の伝えることは、豚の首に真珠、馬の耳に念仏・・・・となります。

でも、それでもいいのだ、と私は思います。


私はただ、宇宙が私を通して、伝えたいことを伝えていくだけですし、
私自身も、まだ完全に目覚めているわけではなく、エゴに捉われることも多くあり、
学びながら、進んでいます。

この地球上で、どのくらいの意識が目覚めているのか知るよしもありませんが、
気づいた人から、光の存在であり続けることを、今いる場所で、勇気を持って
そうであり続けられるように、私は気づいたことをこのブログ上に書き込んでいきたいな、と
今そう思っています。


愛しています。