誰かの価値観に合わせて生きるのをやめて、
つまり、恐れからの選択をやめて、
「自分の価値観、好き、楽しい、で生きよう」
「自分を生きよう」「自由に生きよう」
とするとき、
「お試し」が
やってくることがあります。
心から好きな道へ進もうと思ったり、
自分の「楽しい」を一番にしようと進み始めたとき、
誰かに批判されたり、
邪魔されているように感じるできごとがあったり、
自分らしく生きることで
誰かを悲しませたように感じることがあったり
「あああ。やっぱり私は
自分を生きるなんて無理なのかも」
そう思わせられるようなできごとが
起きることがあります。
![]()
![]()
![]()
![]()
あー、ほんとにそうだ。
今まで大小のバンジー飛んだけど
ついに、ラスボス現る、って感じ![]()
他人に嫌われないように
人からどう見られているかを軸に
不安を感じないように
嫌な気分を回避しようと
安定を求めて
生きてきたなぁ。
なんだか、
玉ねぎの皮を
一枚づつ剥がしていったら
いよいよ核に近づいたみたい!?
今朝、電車に乗ってた時に
「舐めんなよ💢」って降りてきて
その5分後くらいかな、
「あたし、凄いのよ」って降りてきたの。
舐めんなよ、は
相手に言ってると思ったけど
実は自分に言ってたんだな。
安定に迎合して
自分を下に置いてないか?
私は「応援され守られ許されるやさしい世界」
に生きるのか、
「頑張らないと認められない
失敗の許されない世界」
に生きるのか、
それは自分で決めていいし、
決めることができる。
私は「応援され守られ許される優しい世界」
で生きていきたい!
だから、
「お試し」がやってきた時には、
自分がどんな世界で生きたいのか
改めて自分に問いかけて
望む世界で生きることを決めるのです。
「決めて宣言する」
それだけであなたの世界は
本当にそうなっていくから。
あー、怖いぞ![]()
でも
そうなるように
自分がそうさせてるのかな、と
感じないでもない。
どうなるかわからないけど、
流れに身を任せて
進んでみよう。
きっと、行きたい世界に
私を連れていける。
自分の人生を
楽しむために
がんばるとしたら
何をどうしよう?
それを自分とたくさん
話し合い中です。








