八極拳(その3、最終回):呉氏八極(呉氏開門八極拳、孟村八極拳)

 

↑拳譜

 

 今回は、シリーズ最終回、呉氏開門八極(呉氏八極)について概観してみます。

 呉氏開門八極拳は、中国河北省滄州市孟村の回族により発祥した伝統武術で呉鐘〈1712-1802〉よりこの武術が現在まで伝わっています。この拳法は、剛猛爆烈、剛柔相済と接近短打の特徴を持っており、剛の中に柔、柔の中に剛と融合された身体の使い方をして、接近して敵を打ち倒す技術で構成されている武術です。

 現在は、孟村八極拳国際訓練センターを中心に教練されています。

  呉蓮志Bajiquan公式ウェブサイト - 伝統武術 - オープンドアBajiquan_ (wsbjq.com)

 

 

 日本では、日本開門八極拳研究会(散手研究所)、開門拳社、八極拳法研究会、孟村拳術社等の教育・練習・愛好者団体があります。

 内容については、各団体のHPで詳細に説明されていますので、そちらに譲ります。

 

<各団体のHP(設立日・呉連枝氏認可順)>

   ・日本開門八極拳研究会(散手研究所)

   ・開門拳社

   ・八極拳法研究会

   ・孟村拳術社

   ・神戸中国武術協会

   

 

【主な内容】

<基本功・套路>・・・・・・・

 0.五大歩形:馬歩、弓歩、四六歩、独立歩~仆歩、盤歩

 1.基本功:10~15種類

        上歩撑掌、上歩撑拳、向捶、降龍式、伏虎、斜胯、

        抽別子、大折江、黒虎提、盤打、攉打頂肘、穿抱(抱肘)、

        猴提(勾楼纏)、托槍式、白馬翻提、鷂子穿林、虎抱、

        圏抱、窩里炮、搓提、炮提、提胯合練単陽打         

 2.基本対練:掃手、 揉腿、三靠臂、貼山靠、胸靠、六肘頭、揉手

 3.套路:行劈拳1~4路、小架1~4路、単打・対打、四朗寛、太宗拳、連手拳、他

 4.武器術:六合花槍、行者棒、提柳刀、純陽九宮剣、六合大槍

 

 ※基本功は沢山あるため、選定は様々になされています。先述の長春八極や李氏八極(羅瞳・武壇・台湾系)等では、8種類を金剛八式とし、残りから六大硬架や八大招が選定されたりもしています。また、呉氏八極においても、各拳社において選定は様々です。

 なお、呉連枝氏が選定される基本功(単操)は次のとおりです。

    ①撑捶、②撑掌、③降龍、④伏虎、⑤穿抱、⑥別子、⑦向捶、⑧斜胯

    ⑨黒虎、⑩虎抱、⑪折江、⑫小纏、⑬大纏、⑭攉打、⑮搓提、⑯砲提 

 

 

 呉氏開門八極拳の套路は三味一体で、小架を基礎として、八極拳単打の縦の変化と四朗寛の横の変化へと修練していき、この三つの套路を習得して、初めて八極拳のスタート地点に立ったと言われるぐらい重要とされています。
 その他には、器械(槍・刀・剣・棍・その他)や呉鐘の娘 呉栄が嫁ぎ先から持ち帰った套路(飛虎拳・黒虎拳・華拳・太祖拳・桃花散・太宗拳)、歴代伝承者が少林拳・太極拳・劈掛拳等の研究により追加された套路は小架理論に基づき八極拳にあった内容に構成された套路であり、各素質や体格等により老師から選択され、伝承されていきました。

 

 呉連枝氏:「呉氏開門八極拳の套路には、様々な歴史的変遷があり、かなり多くの套路が流入してきていますが、あくまでもその基盤は、三位一体の、八極小架、八極単打・対打、四朗寛ということになります。ですからこれ以外に残されているものについては、やりたければやるというくらいの気持ちで構わないと思います。」

 

 

 

《 八極行劈拳 動作名称(呉連枝伝)》

第1路

1.起式(運行気)

2.﨎搬手

3.纏肘(抱肘回頭)

4.拥肘

5.雲提

6.抱

7.順歩胯

8.順歩単提

9.大纏肘

10.収式(伏虎式)

第2路

1.降龍式

2.塌頂

3.挑胯

4.順歩単提

5.上歩掌

6.纏肘

第3路

1.三穿手

2.蹲抱

3.三掙

4.僊人入洞

5.翻身避襠

6.順歩単提

7.纏肘

第4路

1.三点手

2.単陽打

3.左右拥肘

4.撤歩摘盔

5.順歩単提

6.上歩掌

7.単陽打

8.伏虎式

9.収式

 

 

 

《 八極拳小架一路 動作名称(呉連枝伝)》

1.起式

2.衝捶(定陽針)

3.両儀頂肘

4.獅子小張口

5.獅子抱球

6.十字拳(覇王開弓)

7.献胯(四封四蔽)

8.衝天掌(砲)

9.閉地肘

10.合子手

11.衝捶

12.重復両儀肘

13.覇王拳鼎

14.﨎騾肘

15.懐抱揣膛

16.窩里炮

17.五虎(鼠)出洞

18.搓提

19.托槍式(萬将無敵)

20.単手推闖

21.朝陽手

22.炮提

23.二郎担山

24.砸跪膝

25.抱肘

26.翻閉胯

27.下閉胯

28.擒手小纏(右)

29.撩陰掌

30.擒手小纏(左)

31.白蛇吐芯

32.盤提穿袖

33.海底撈月(摟膝)

34.通背(備)式

35.回身推掌

36.献胯

37.掛塔(塌)

38.単翼肘

39.閉肘

40.収式

 

 

 

 

<理論>・・・・・・・・

 孟村八極拳の学科・主要理論

 

1.八極門規  以下の8項目が要求される

 ①要心術正:正しい心を持っていること

 ②要胆気重:気が沈み、胆が据わっていること

 ③要耳目霊:反応が素早いこと

 ④要手足捷:動作が活発、迅速であること

 ⑤要身法便:動作に無駄がなく、軽くしなやかであること

 ⑥要力量充:力が充実していること

 ⑦要精神旺:いきいき、はつらつとしていること

 ⑧要儒雅性:知性、教養が高いこと

 

2.六大開  動作に含まれる力の方向

   ①頂(十字勁 身体より外に向かう力)
 ②抱(求心勁 身体より内に向かう力)
 ③単(鞭のようにしなやかで方向が一定でない力。)
 ④提(外に向かって斜め上方の力)
 
 ⑤胯(反作用力 膀胯・腰胯  身体・体幹を回す力。)
   
 ⑥纒(螺旋力 螺旋状に纏いつく力)

 

  ☆【六大開孟村八極拳老譜記載歌訣六言】

     一打頂肘左右翻  二打抱肘順歩赶

     提胯合練単陽打  順歩腰身変是纒

     翻身頂肘中堂立  打開神拳住后伝

   (訳)

    先ず頂肘で突き左右に翻る

    続いて抱肘をしながら順歩で追う

    提と胯を併せて練習すれば単陽打を修得できる

    順歩による腰の変化は纒となる

    体を翻して頂肘をし中央に立つ

    この神拳を代々伝える

 

 

3.八打招  技撃に用いる身体の8つの部位

 ①頭

 ②肩

 ③肘

 ④手

 ⑤胯

 ⑥膝

 ⑦足

 ⑧尾(臀部)

 

4.八極行気法

 ①跥架子:一定時間、一つの型・姿勢で静止する練功

 ②呼吸:「フン」、「ハッ」(人により用い方は異なる。)

 

5.八極無形論

 ・套路=有形有式   ⇔   実践=無形無式

 ・歌訣:「無形是我門中宝、虚実陰陽顕奥妙」

     (形に捉われず虚実陰陽の変化が巧みなことが奥義である)

 ・「六開八打」も本門では同じ意味 (様々な組み合わせで、無限に変化していくこと)

 

6.套路と用法

  套路は発力を練功するもの。

  そのため発力は同じだが、動作が分解されていたり、綺麗に見せるために変形させてある。

  実際には、套路通り(1・2・3)ではなく、全て1挙動で用いる。

 

7.実践順序

 ①引:フェイントをかける

 ②進:接近する

 ③打:打つ

 ④摔:投げる

 ⑤拿:関節をきめる

 ⑥捆:押え込む

 ※「打摔」:八極拳では、打ちながら投げる(③と④が同時)点に特徴がある。

 

8.技撃歩法(半歩)

 相手が体勢を崩すまでは、「半歩」を用い、「一歩」は用いないこと。

  ・一歩:後ろ足を前に出す歩法

  ・半歩:前足を更に前に進め、後ろ足はそのままか引き寄せる歩法

 

 

9.震脚の力
  跺 た (沈身して入り、踏みつける、沈力、沈墜力)
  蹍 でん(踏ん張る、旋転力、回転力)
       
  闯 ちん(一気に飛び込む、加速度、突進力)


 

 

10.その他の重要理論(項目のみ列挙します)

 ◆套路理論

   1.手:八大手型

   2.眼:精・気・神

   3.身:十大形意

   4.法:十大勁別

   5.歩:五大歩型、十六大歩

 ◆撃技理論

   1.三盤合撃:上盤、中盤、下盤

   2.六形合術:猛、剛、挑、穿、空、領

   3.六開八打:六開=六大開、八打=64手論(易経哲理による無限の変化の意)

 

 

↑孟村の八極拳立て看板

 

 【参考動画・単打】

  https://www.youtube.com/watch?v=ZyxfbWw2w1E

 【参考動画・小架一路】

  https://www.youtube.com/watch?v=yII1RJQPXl8

 

 

<特徴>・・・・・・・・

 日本では、田中角栄内閣時代の日中国交正常化を機縁として、中国の伝統文化等の流入が盛んとなり、1970~90年代には武術ブームが興りました。太極拳・少林拳・形意拳・八卦掌・心意六合拳・蟷螂拳・八極拳等、数多くの武術が紹介されました。しかし、ほとんどが断片的な型の紹介にとどまるものでした。八極拳に関しても劉雲焦『八極拳』等により李氏八極が紹介されましたが、部分的なものでした。

 そのような中、呉氏八極拳は、宗家(創設者の直系)である呉連枝氏自らが「今の時代においては、様々な武器・技術等が多数存在し、技法を隠す必要性は薄い」として、技法の全てを公開することを前提に、日本開門八極拳研究会の企画・協力のもと、日本に紹介された画期的で全貌のわかる唯一の武術となりました。

 

1.日本開門八極拳研究会とは

 日本開門八極拳研究会は、日本の武術家・鍼灸師である七堂氏が1984年ごろから活動を始められ1991年に設立した会で、実に30年以上の歴史を持ちます。また、七堂氏は日本に孟村から八極拳の掌門人である呉連枝氏を招き、呉氏開門八極拳を紹介されるとともに、武術書『呉氏開門八極拳』・『続呉氏開門八極拳』及び映像資料『呉氏開門八極拳』『六大八招』の企画・作製により、日本に呉氏開門八極拳を広く普及されたという大きな功績があります。氏の介在が無ければ、日本にこれほど呉氏開門八極拳が普及することはありませんでした。

 

2.実用性及び健全性の追求 (七堂八極哲学)

 日本開門八極拳研究会のコンセプトは、試合や実践に活かせる武術を追求するという「実用性」を判断基準にされています。実際、異種格闘技大会において良好な成績(清末氏等)を修められてきました。例えば、日本の各種伝統武道も、現場では数人が怪我をする前提で大勢で取り押さえるという「多勢に無勢」の戦術が想定され、また、大半の武術は套路武術と言われ型のみが練習されているのが実情です。その中で「気功で人を飛ばす」等の非現実的な発想や、ゲームをはじめとする仮想空間の中で武術を楽しむ人々も出てくるようになりましたが、七堂氏はそのような文化等に対しては、現実との接点を持ち健全に成長していくことの必要性を強調されてきました。

 また、七堂氏は次のように述べられています。「私の教材の本やビデオの内容は理解し、覚えられるものは早く覚え、次の実用という道、つまり八極で言う”無形”へ乗り出して欲しい。3年も八極拳をやっていて町道場の空手やボクシングの選手と互角にやれないようでは、その八極拳は格闘技としては役に立たない。3年やって効果の無いものは辞めたほうがよい。」

 

 

3.易経哲理・中国古典思想 (呉連枝八極哲学)

 一方、呉連枝老師は、「易経」哲理をはじめとする中国古典思想をベースに教授されます。呉連枝老師のすべての言動は、中国の長年の歴史の中で築かれてきた数多(あまた)の先人の哲学に支えられているように感じられます。単なる技術の追求という考え方は評価されていません。武術を通して、人生を学ぶことが志向されているようです。

 

 

4.様々な拳譜と歴史

 1990年代呉氏八極拳が紹介された頃から、李氏八極の伝承者やその他の系統等と、どの流派が正当な系統なのかということをめぐり議論がありました。史料や拳譜の整理等によって、歴史的には呉家が古いものであるとされ、現在では両者は和解し共に認め合う協調関係を保っています。

 もともと八極拳は、謎の僧侶によって呉鐘に伝えられました。この僧侶の正体は定かではありませんが、一説には少林寺の僧侶が秘伝の「心意把」を伝えたのではないかと言われています。それは、呉家八極拳の最も古い套路とされる「行劈拳(しんぴけん)」の内容と音声が非常に近似しているためです。

 また、2代目にあたる呉栄が漢族(いわゆる分派した八極拳、現在の李書文系統)に伝えた套路は、一般に「小架2路」と「単打・対打」と言われています(小架は5世の代までは4路までしかなく、6世の代に12路まで増やされました。)。小架の原型は「老架子(ろうかし)」という一つの套路があったのみであり、また、漢族に八極拳が伝えられた時期は、八極拳が出来て間もないころとされ、かつ、老架子と漢族系の小架とは非常に類似しています。そのため、一説には、漢族には八極拳のプロトタイプ(原型)・エッセンスである「老架子」と「単打・対打」が伝えられ、それぞれほぼ同時期から独自の発展を遂げたとも考えられています。

 

 

5.伝統文化としての普及・伝承の広がり

 現在中国では、主に伝統文化の普及や継承を目的として、毎年比較的短期間で沢山の指導員や愛好者が育成されるようになり、精力的に普及伝承活動が行われています。その影響は世界各地におよび、日本でも愛好者の方達による広がりを見せています。


(一世) 癩(南方雲遊高人)
(二世)癖(癩の弟子)ー 呉鐘(1712~1802)
(三世)呉鐘毓(呉氏前院)ー呉濚(族侄呉氏後院)ー呉栄(長女)
(四世)呉梅-王長錫-張克明-李大中-呉凱(1845~?)
(五世)呉世科-曹井田-黄四海-張景星-李貴章-呉麟書 呉会清(1869~1958)
(六世)馬英図-強瑞清-李書文-張玉衡-李万成-呉秀峰(1907~1976)
(七世)蒋浩泉-何福生-強毓章-霍殿閣-李樹森-呉連枝(1947~)
(八世)呉大偉-服部哲也-周佐英徳-渡邉博文-石田泰之-王正・・・

(九世)・・・

(十世)・・・

 

 

《これからの呉氏開門八極拳について(呉連枝氏)》

 「まず、八極拳愛好者は互いを尊敬し合い、八極拳を広めていかなければいけません。保守的にならず、多くの人々にその技術・精神を伝え、皆で開門していかなければならないと思います。呉家の八極拳も、昔は絶対に他人には伝えないようなものもありましたが、現在ではすべて開放しています。これは私自身の経験から、こうすることが八極拳のためによいと判断して実践していることです。例えば、現在各種拳社が、日本で武術を愛好する多くの人々に向けての活動を積極的に行っていることは歓迎されるべきことだと思います。最後になりますが、我々が現代の社会の中で伝統武術を学ぶということの意義は、大きく分けて4つあります。その一つは、まず身体を頑強に、そして健康にすること。二つ目は、武術を通じて友を増やすこと。三番目は自分の身を守るということ。そして最後が、人道を守るということ。これらのことを忘れずに、皆さんも日々の練拳に励んでください。」

 

 

 

↑呉氏開門八極拳門規

 

 

(体系書等)

・『呉氏開門八極拳』(呉連枝・七堂利幸/ベースボールマガジン社)

・『続呉氏開門八極拳』(呉連枝・七堂利幸/ベースボールマガジン社)

・『呉氏開門八極拳1』(呉連枝・日本開門八極拳研究会/BAB(VHS・DVD))

・『呉氏開門八極拳2』(呉連枝・日本開門八極拳研究会/BAB(VHS・DVD))

・『八極拳技撃散手』(呉連枝/人民体育出版社(VCD))
・『小架一路及実践応用』(呉連枝/人民体育出版社(VCD))
・『単打及対打』(呉連枝/人民体育出版社(VCD))
・『八極拳四朗寛』(呉連枝/人民体育出版社(VCD))

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↑孟村八極拳国際訓練センター

 

 ↑歴代宗家(第5~9代)

 

 

↑孟村八極拳国際訓練センター・練習場