八極拳(全3回、その2-1): 『武壇八極拳』(李書文最終型) (羅瞳八極拳、台湾系統列)

 

 今回は、武壇八極拳について概観してみます。

 李書文は、清朝廷の護衛官等広く武術指導に当たってきましたが、晩年、最後の弟子(関門弟子)の劉雲焦に、自身の武術の到達点としてまとめ上げた八極拳を伝えました。

 劉雲焦は、台湾で武壇国術推広中心を設立し、武術を指導する傍ら、台湾総統府侍衛隊の武術教官も務めました。劉雲焦の直弟子に蘇昱彰や徐紀がいます。その弟子から指導を受けた者に松田隆智や大柳勝がいます。

 代々、皇帝や将軍の護衛に用いられてきた優れた武術であることが自負されています。

 

 

[1] 日本での普及の歴史

(1)日本での普及 初期

 1975年、松田隆智氏により『謎の拳法を求めて』が出版され、中国武術全般について日本に普及されることとなりました。

 (2015年、40年の時を経て、新装増補版として復刻版が出されました。)

 

(2)1980年代

 田中角栄内閣による日中国交正常化により、中国の伝統文化や伝統品目が日本にも流入する時代になりました。その頃、1985年4月、劉雲樵氏自らが執筆し孫弟子である大柳勝氏が訳した『八極拳』(新星出版社)が刊行されました。

 本書の内容は、八極拳概説の後、主として第2段階の套路である「大八極拳」の概要が解説されています。同時期に、台湾・香港で、第1段階の套路である「小八極拳」の図書が刊行されました。「八極拳が両国の親善の一助となれば」という劉氏の願いが込められていたようです。

 

  

 

 

 

(3)1990年代以降

  劉雲樵氏の直弟子である蘇昱彰氏や徐紀氏、またその後、金立言氏によって広く世界各地での普及が始まります。

  徐紀氏は主にアメリカで、金立言氏は主に中国で、そして蘇昱彰氏は台湾の他、日本・ベネズエラ・ニューヨークなどで指導されました。特に、金立言氏は「大内八極拳」として整理されました(「大内」とは、宮廷のという意味です。代々、皇帝や将軍の護衛に用いられてきたことが自負されています)。

 蘇昱彰氏は幼少の頃から修練してきた蟷螂拳等の武術を総合し「八極蟷螂拳」を創始しました。

 

 

[2] 套路の構成

 構成は、①金剛八式、②小八極、③大八極、④六大開です。

 劉雲樵氏は、すべての要素を統合した套路「八極連環拳」を創設されました。

 蘇昱彰氏は、金剛八式の前段階として、「丁字八歩式」という単式練習を加えられています。

 ※各套路の技法の名称については、当ブログ「八極拳(その2-2)補遺(2018.1.25)」に掲載。

 

 

[3] 技法の特徴

 元来、呉家では典型的な6種類の力の出し方(発力原理)を「六大開」としていました。しかし、門外では「六大開」を、発力原理としてではなく6つの必殺技と理解してきました。

 李書文は、そのような事情で外家拳的(外面的)であった八極拳に、「五行(金水木火土)の気」を基にした発勁(発力)理論・技法を取り込み、八極拳を内家拳的なものへと改編しました。また、「独自の六大開の理論と技法」を展開しました。相当奥の深い内容となっています。

 

 

[4] 日本の練習道場

 ①八極蟷螂武藝總舘(東京ほか)

 ②武壇日本分会 http://www.wutan-japan.com/

 ・最近では、

   ③松田隆智氏から習われた山田英司氏のブドーステーション(拳功房)

      山田英司 | BUDO-STATION 

   ④蘇昱彰氏から習われた數崎信重氏の武学MAS

      武学MASとは (bugaku-mas.com)

で練習されています。その他同好会、愛好会等多数あります。

 

 

[5] 技術解説 

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 今回ご紹介する内容は断片的には知られていても、体系的に整理された記述は見かけることはないのではないかと思います。

 今回は、第一人者である蘇昱彰氏による全動作と六大開の解説、劉雲焦氏の八極連環拳をご覧いただきたいと思います。

 中国武術史上最高峰の1つとされています。日本には少しずつ紹介されてきたため、導入期からここまで辿りつくには、実に四半世紀の期間が経過しています。1990年代までに亡くなられた方は、永遠に目にすることがなかった内容です。    

 ※各套路の技法の名称については、当ブログ「八極拳(その2-2)補遺(2018.1.25)」に掲載。

 

 

①(丁字八歩式、)、金剛八式、小八極、大八極

 ≪武壇八極拳(蘇昱彰)≫

 https://www.bilibili.com/video/av73724879/

 

 

②六大開

 ≪神槍李書文秘技 六大開・眞藝≫(秘伝)

 https://www.youtube.com/watch?v=hj3z6DfFDKQ

  ↓六大開六気対応図

[要旨]

・六大開は6つの開門方法。第1開~第6開がある。

・其々の開門方法(第1開~第6開)は、招式を用いて練習する。

・其々の招式には、一般に公開している名称と、非公開であった正式名称とがある。

・招式では6種類の気を練る。

  (A)1つは「心」であり、その中に、「神」「血」「気」がある。

     ⇒ ①「心神」=思想、 ②「心血」=脾(胃)、 ③「心気」=肺

  (B)もう1つは「腎」であり、その中に「精」「体」「気」がある。

     ⇒ ④「腎精」=腎、 ⑤「腎体」=脾(胃)、 ⑥「腎気」=肝

・「五行の気」の習得後の最終練習段階

  

 

第一開 浮摟開

  公開招式:貼山靠

  正式名稱:黑熊三靠壁

  被使用氣:心肺氣

第二開 纏身開

  公開招式:大纏絲二捶

  正式名稱:粧夫挑草紮

  被使用氣:心血

第三開 纏砑開

  公開招式:按掌寸捶

  正式名稱:織女穿梭線

  被使用氣:腎體

第四開 提肘開

  公開招式:猛虎硬爬山

  正式名稱:猛虎硬爬山

  被使用氣:腎氣

第五開 按挑開

  公開招式:挑打頂肘

  正式名稱:挑擔行走路

  被使用氣:心神

第六開 下盤開

  公開招式:虎撲

  正式名稱:虎形熊坐崖

  被使用氣:腎精

 

※「頂・抱・単・堤・胯・纏」の六大開を6つの必殺技としたものは、「六大硬架式」として別扱いにしています。

 六大硬架式では透過勁の練習を行います。

 (勁力解説)

  ・一肘(肘一つ分)の間から打つ ⇒ 爆発勁

  ・寸腕(握りこぶし一つ分)の間から打つ ⇒暗勁

  ◎寸腕の距離から一肘を打つと「透過勁」になる(一肘と寸腕の合一)

 

 

③八極連環拳 

 ≪劉雲樵氏・八極連環拳≫

 https://www.youtube.com/watch?v=6w9rplNXMM0

  

 護手双鈎(1970)

 https://www.youtube.com/watch?v=km8a8RZ3C-U

 

参考)金立言氏による全動作

https://www.youtube.com/watch?v=QEBTxMZcxMI

 

 

      

 

李書文                   劉雲樵

 

 

 

◆内気五行勁(五行の気)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 型は、勁力が伴ってはじめて動作も生きたものとなります。型(形・動作)だけでは真価はありません。

 呉家では「六大開」を発力原理としていますが、李書文は「五行の気」による発力原理を用いていました。(五行、陰陽、八卦は道教の思想で、日本では神秘的に受け取られがちですが、中国では一般的なとらえ方として広く根付いています。)

 劉雲樵氏の時代には、動作五勁のうち「沈墜勁、十字勁、纏絲勁」のみが公開されていました。現在ではその全貌を知ることができます。今回その全体についてご紹介します。

 

 

●動作五勁とその要旨

 ①沈墜勁:身体全体を垂直方向に沈ませる安定させる。地球の引力を発勁に利用。

 ②十字勁:上下、左右、前後に向かって展開させる勁力。一点に力が働く。

 ③纏絲勁:ねじることによって力を集中させる方法。

 ④爆発勁:五行の気を体外に爆発させる方法。面に力が働く(⇔十字勁)。

 ⑤透化勁:勁力を浸透させる方法。

 

 

●内気五行勁(かつては秘伝)

 「五行の気」は、別名「五臓の気」と言われ、肺・腎・肝・心・脾(胃)の五臓を流れる気のことであり、これらの気(身体エネルギー)を用いて発勁(発力)する方法。

 この内気五行勁を行うためには、身体に、①「放鬆(ほうしょう)」(力みの無いこと)、②「伸筋抜骨(しんきんばっこつ)」(いわゆる筋の延びた柔らかい体、柔軟性のこと)が必要で、これらが無いと、十分に体外にエネルギーを放出することができない。

 内気五行勁は、「臓器⇒歩法⇒体幹⇒指」という一連の動作の一致により発することができます。

 各勁について具体的に示すと次のとおりとなります。

 

 ①金勁(前に押出す力)

      : 肺→跥歩(だほ)→肩甲骨→薬指

 ②水勁(下に向かって働く力)

      : 腎臓→殿歩(でんぽ)→尾骶骨→小指

 ③木勁(前方へ突刺す力)

      : 肝臓→碾歩(てんほ)→肋骨→人差指

 ④火勁(上に向かって働く力)

      : 心臓→磋歩(さほ)→胸骨→中指

 ⑤土勁(左右横方向からの力)

      : 脾臓→磨盤歩(まばんほ)→横隔膜→親指

 

 

<具体的動作による例示>

①金勁

  丁字八歩式 第5式 劈山掌 を例にとります。

 両手で前に押出す動作から始まります。

 この動作は、「金勁」、すなわち肺の気を用います。

 肩甲骨を十分に前に伸ばし、薬指(掌面、手の平の部分)に気を通すようにします。これにより、肺の気が体外に導かれます。

 

②水勁

   小八極拳 第10式 蹲式穿掌

  この下方に向かう動作を例にとります。

  腎臓の気を用います。

  そのためには、殿歩、すなわち沈墜勁の歩法を用います。尾骶骨を収めるようにし、自分の全体重を下方に落とすようにします。

 

③木勁

  丁字八歩式 第1式 撐捶 を例にとります。

 この動作は、前方への突刺す力であり、「木勁」、すなわち肝臓の気を用います。

 歩法は碾歩、つまり、つま先で地面に着地し身体を転身します。その際、体が(手・肘・肩、および反対側の肩・肘)が一直線上になるようにします。

 また、打つ時に、前方に打ち出す手と、反対側の後方に引く肘が、相互に逆方向に引っ張りあうことで、肋骨の間が開くようにします。

 発力は、人指し指(第2関節部分)からなされます。

 

④火勁

  金剛八式 第8式 托天掌 を例に取ります。

 この動作は火勁、心臓の気を使います。

 歩法は、磋歩で、前足を後足が追いかけブレーキをかけるように(車が急ブレーキをかけた際、自分の体が窓から前方に放り出されるようなイメージ)着地します。

 上方に打つ場合、猫背では体内に気が停滞するため、胸を張ることで胸骨を開き、中指に気を通します。

 

⑤土勁

  金剛八式 第7式 左右横打拳 を例にとります。

 左右横方向からの力です。脾臓の気を使います。

 歩法は、磨盤(腰を左右にひねることから生じる力)歩、すなわち、体を一瞬で180度転身させます。(大八極拳第15式 打開は90度転身。)

 体の転身と併せて、親指をひねることから力が生じます。

 

※「外気五勁」と「内気五行勁」の組合わせにより、5×5=25種類の発勁方法ができます。

 

 

 

【参考になる李氏八極拳に関する文献等】

《国内の主な文献等》

〇松田隆智氏

・『拳遊記』(BABジャパン)

・『続拳遊記』(BABジャパン)

・『拳法極意:発勁と基本拳』(BABジャパン)

・『拳法極意:絶招と実践用法』(BABジャパン)

〇山田英司氏

・『八極拳ノート』(東邦出版)

・『八極拳と秘伝』(東邦出版)

〇蘇昱彰氏

・『八極拳の真実(復刻版DVD)』(壮神社→ブドウショップ)

・『太極拳内景経』(壮神社→たにぐち書店)

 

《古書等・絶版物》

劉雲樵氏

・『八極拳』(新星出版社)

蘇昱彰氏

・『八極戦闘法』(福昌堂)

・『八極発勁開発法』(福昌堂)

・『八極拳開門編』(JES)

・『八極拳金剛編』(JES)

・『六大開拳眞藝』(JES)

・『八極連環拳』(JES)

・『八極拳の真実』(壮神社)

徐紀氏

・『八極拳精髄(上・下)』(福昌堂)

福昌堂編

・『全伝八極拳Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』(福昌堂)

 

 

※なお、日本ではかつては八極拳特に李氏八極拳は特別なイメージがありましたが、時代が変わったこと、伝統文化を保存する必要性があること、情報化社会になったこと等により、海外では多数の文献等が刊行されたり情報発信等もなされているため、現在では広く普及したごくありふれたもの(歴史の共有財産)となっています。

《海外の主要な文献》

・劉雲樵氏『八極拳』

・徐紀氏『八極心法』

・蘇昱彰氏『八極蟷螂拳』

・金立言氏『大内八極拳』

その他多数

 

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