八極拳(全3回、その1): 『長春八極拳』(含、霍氏八極拳)

 

 柔道、剣道、空手、忍法などは、従来から自己修養のため各地で取組まれています。また、戦後はキックボクシング、拳法をはじめ、海外の武道も根付いてきているところです。現在の武道の魅力の1つは、実践よりも理論の深さにあるようにも思われます。

 その1つである八極拳。いくつか門派があります。本流は「呉氏八極拳」で、現在は承門人から指導を受けることができます。

 

 呉家の八極拳は、(1)基本功をはじめ、(2)套路(型)として、①小架(1~12路があり、主として小架1~4路を練習する。)、②単打・対打、③四郎寛、(3)理論として「六大開」を骨格として構成されています(その他、行劈拳、六肘頭等)。

 呉家以外は、その内、①小架の2路(通称「小八極」・「八極小架」)、②単打(通称「大八極」・「八極長拳」)・対打が伝えられました。「六大開」は存在(名称)のみが伝えられ、真伝は伝えられなかったため、内容は門派ごとに様々に考案されています。(ただ、小架の原型は「老架子(ろうかし)」という一つの套路があったのみであり、また、漢族に八極拳が伝えられた時期は、八極拳が出来て間もないころとされ、かつ、老架子と漢族系の小架とは非常に類似しています。そのため、一説には、漢族には八極拳のエッセンスである「老架子」と「単打・対打」が伝えられ、それぞれほぼ同時期から独自の発展を遂げたとも考えられています。)

 現在呉家以外の八極拳のほとんどは、八極拳の達人であった李書文が様々な時期に伝えたものとされています。代表的な門派に、[Ⅰ]長春八極拳(同系統:霍家八極拳)、[Ⅱ]武壇八極拳(同系統:大内八極拳、八極蟷螂拳)があります。

 

 

【様々に解釈・意味づけされる六大開・八大招・六肘頭】

 ①六大開・②八大招・③六肘頭については、呉家では、それぞれ、①6つの発力方法、②人体の8大箇所を用いること、③基本套路(拳と肘の基本的な使用法の学習)とされています。八大招や六肘頭については伝承されていない門派もあります。しかし、逆に、特別な解釈が与えられ秘伝とされてきた門派もあります。

 秘伝とされてきた門派の内容を見てみましょう。

(1)六大開

  ①呉氏八極:6種類の発力方法。

  ②長春八極:「六大開は、小架や大八極で培った功夫をどう活かすかを学ぶ段階であり、具体的には実践のための8つの単式・複合技である。」

  ③李氏八極:「六大開には6つの気がある。この6つの気でどのように打つか。開の意味は、開門つまりどのように危険を打ち開くか、閉じた門を如何にして開くか、それらは全て6つの気にかかっている。」

(2)八大招:①八大招を他者との対峙方法・戦闘法と捉え、対戦する可能性の高い門派の研究を広く行うことという意味づけをし、対戦する可能性の高い門派の対処技法とするもの、②あるいは、個人の特性に応じた得意技や補完技を師が授けて構成するものとしているもの。③「六大開」に、「折纏」と「朝陽手」を加えて八大招とするもの。

(3)六肘頭:呉家が、武術を始めたばかりの人が、とりあえず街の暴漢からの護身に必要な最低限度の手段を身につける基礎套路としているのに対して、①六大開の6種類の力を封じる6つの代表防御方法と解釈するもの、②6種類の肘の使用方法とするものがあります。

 

 

 

 今回は、[Ⅰ]の長春八極拳を概観してみます。

 長春八極拳は、李書文の初期から中期にかけて指導したもので、皇帝の護衛官等幅広く指導されました。霍殿閣、霍慶雲。二人は清朝最後の皇帝・溥儀(ラストエンペラー)のボディガードで、「神槍」と呼ばれた李書文の八極拳を受け継ぐ者たちでした。これが長春を「八極拳第二の故郷」と呼ばれる程八極拳の盛んな土地とした始まりになりました。

 内容は、主として、①基本功(金剛八式)、②小八極、③大八極から構成され、他の武術である「劈掛拳」の基本技を加えて補強しています。

 分量が非常に少ないため、全動作を覚えること自体はそれほど難しくありません。それも魅力の1つではないでしょうか。

 現在では、映像資料も広く公開されています。今回はその中から最もよく整理された資料をご覧いただきましょう。

 

 【長春八極拳・全動作(張世忠伝)】

  http://hakkyokuken.sakura.ne.jp/report/file002.html

 

 

 ※張世忠氏は、20歳で天津にあった河北省国術館に入校し、3年間にわたり許家福氏から八極拳を学びました。張氏によれば、「国術館で学んだ内容は、徒手では金剛八式、八極小架、八極長拳(大八極)、劈掛拳、軟架子の5種のみであり、対打や六大開、八大招等は無く、また、散手技法もほとんど無かった。」とのことです。

 

 

 

 

 

 

【長春八極拳に関する日本の練習道場】

・長春八極拳伝習会

  dolf.main.jp

・八極拳研究会

  八極拳研究会 (hakkyokuken.sakura.ne.jp)

・武学練用舎

  中国武術教室 岡山 | 中国武術なら武学練用舎へ (bugakuren.com)

・八極功武会

  八極拳 八極功武会 (fc2.com)

 

 

【教則教材】

(DVD)

・『長春八極拳の全て』(全3巻)(李英)

 現在、日本で市販されている八極拳に関する映像資料としては唯一のものです。内容面は断片的・部分的な不十分なものではなく、神槍李書文伝・長春八極拳の教則用DVDとして、全体について基礎から応用まで順序立てて説明がなされています。他の武道と遜色の無い程度に実践的な水準で、長春八極拳に関する資料としては最も充実したものとなっています。

 

 

(古書)

・『八極拳』(張世忠/福昌堂)

・『八極拳2 秘伝六大開の真諦』(張世忠、李英、森田真/福昌堂)

・『霍氏八極拳』(霍文学・松田隆智/BABジャパン)

・『真法八極拳』(呉伯焔/ベースボールマガジン社)

・『続真法八極拳』(呉伯焔/ベースボールマガジン社)

(古VHS)

・『長春八極拳・練功編』

・『長春八極拳・技撃編』

・『霍家八極拳』

 

 

 

※(参考)・・・・・・・

【長春系列の拳譜】

 拳譜は各流派ごとに作成されていますが、長春系列(含、李氏)の伝書としては、2010年から8年の歳月をかけて、馬令達氏や徐紀氏等を顧問とし主要関係者を集めて呉鐘八極拳研究会により編纂された『八極拳総譜』があります。当該拳譜は、2018年8月、八極拳交流大会が中国徳州市と青雲県で開催され、世界各地から延べ1,500人を超える八極拳や武術の愛好者や研究者が参加されましたが、この式典の中で同書は主要関係者(主に師範級)に受渡されたようです。八極拳の歴史をまとめたもので、理論、技法、継承など多くの内容を盛り込んだ名著で5巻から成り、八極拳の継承と発展に極めて重要な意義を有するとされています。

 八極拳は広く普及しており、全国、アジア、ヨーロッパ、米国等の35か国と地域に弟子がおり、特に中国北部と台湾には数十万人の愛好者がいると報告されています。また、八極拳発祥の地である青雲県では、40以上の八極拳武道場が建設され、50以上の学校で八極拳の講座が開講されており、八極拳文化の普及と、普及を目的とした交流会議が開催されているようです。

 本書の構成を見ておきたいと思います。

 

第1編 八極拳総述

 第1章 八極拳釈義

 第2章 八極拳源流

 第3章 八極拳門規

     師道(師之重、師之責、師之慎、師之道、師之法、師之本)

     敬師(師父的重要性、恭敬師父、敬師畏師、不違師教、弟子須知)

     拝師(拝師貼、回示貼、拝師儀式、入門弟子、吾門弟子守則)

     禮儀

 第4章 八極精神

 第5章 八極武学

第2編 歴史沿革

第3編 八極拳精義

 第1章 八極論

 第2章 八極拳功法(調養功、運使功、手型手法、身型身法)

 第3章 八極拳小架(各式名称、小架歌、勁法歌、各勢練法、打法歌、聲法歌)

 第4章 八極拳(各勢名称、八極拳歌、各勢練法、対接、八勢論、八技論)

 第5章 六大開論(六大開歌、手法、拆解歌)

 第6章 八大招論(口訣、名称、出手之勢、八大招歌)

 第7章 八極拳散手論(技撃術心法、技撃精要、技撃要部位)

 第8章 八極長拳(八極長拳歌、両儀椿歌、十二趟行劈拳歌)

 第9章 八極拳門附属拳法(参劈挂、劈挂論、金剛八勢)

第4編 八極拳門器機

 第1章 八極槍術(沿革、制式、源流、基本功、訓練、秘訣、要旨、六合花槍套路、梅花槍、子龍槍、梨花大槍歌)

 第2章 八極刀術(総論、歌訣、種類)

 第3章 八極棍術(行者棒、八棍頭、五虎群羊棍、瘋魔棍)

 第4章 八極剣術(概論、尊称、功業、技能、初習四法、入門十三法、変化八法、九宮純陽剣序、純陽剣術、昆吾剣、提袍剣歌訣、龍形剣歌訣、青萍)

 第5章 鞭杆

第5編 人物編

 第1章 人物伝記

 第2章 先賢名録

 第3章 優秀伝承人

第6編 功徳編

第7編 吾門老譜典蔵摘録

第8編 八極拳門伝承世系

後記

 

 

 理論・要求・注意点等については、本家の呉家よりも、細かく詳細に構築され、記述されているようです。