バウムクーヘンっ!! |  しょうの徒然日記♪

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自分のこころの声に耳を澄ませる。
そして、毎日を丁寧に紡いでいく・・・
そのことが本当に幸せでありがたいなぁって思うんですよね☆

毎日をワクワクで満たしたり、こころの声をキャッチしたり、な徒然なるままに、日暮らし!!それ、理想♪♪♪

 

 

今日は、お茶のぶどう園に行ってきました。

 

 

その用事は・・・

 

 

先日、ぼる塾のたなべさんが考案したっていう

 

コラボバウムクーヘンがお母様から届いたって、若奥さんのYさんからご連絡をもらって

 

一緒に試食しない??っていうお誘いでした♪

 

 

ほんとにありがたい。。。

 

 

Yさんからご連絡をいただいたのが土曜日だったんですが、

 

私が来れる火曜日まで、開封式を一緒にって待っててくださってました~音譜

 

 

レギュラーサイズの、バウムクーヘンリングの千円のよりも、箱が小さいっ!!

 

でも、お値段は三倍なのよ。

 

 

劇的なおいしさでした!!!

 

ラムの豊潤な香り~~~

 

 

在職中に、この豊潤で深みのある領域の香りの事を

 

“馥郁たる香り”だと習いました。

 

フクイク、という言葉を、この時初めて知りました。

 

 

太宰治の小説とかでは出てくる単語らしいですね。

 

 

 

二種類のラム酒が、とてもいい。

 

そして、表面が、ホワイトチョコレートコーチングじゃなくて、

 

砂糖衣に山椒を入れたものでコーティングされているーーー

 

 

 

もうさー、完全に、ユーハイム教・教祖としては

(百貨店時代に、私、他メーカーの店長さんたちからこう呼ばれてた(笑))

 

完敗ですわ。っていううまさ!!!

 

 

 

 

この、ぶどう園のYさんは、お母様がユーハイムの製造部・パイ室にご勤務されていて、

 

私がユーハイムに就職したときにも、気にかけてくださって。

 

 

今はなき、さんちか店へ、私のことを訪ねてきてくださって、

 

それからもことあるごとに、本社とかでも声をかけてくださった。

 

 

 

あれから実に28年も経過しますが・・・

 

今でもこうして、気にかけてくださっています。

 

 

 

若奥さんのYさんは、神戸っ子だったんだけど、

 

結婚した相手がぶどう園の跡取り息子さんだったので

 

若い頃に鹿児島へお嫁にいらした。

 

 

若かったから、鹿児島まで来たけど、もう少し色々知った年齢だったら、来たか微妙だったよね。

 

 

そうすると、知り合ってたかもわかんないから、

 

運命って、人との出会いって、ほんとに不思議だよね。

 

 

鹿児島では、昔ほどユーハイムのうんちくが語れない。

 

 

全力で話しても、私の熱量が暑苦しすぎるって自分でわかってるから、

 

セーブしてるし、話す熱量ほど伝わらないのもわかってるから。

 

 

でも、Yさんは、母上がユーハイム勤務だっただけのことはあり、

 

ユーハイムのこと、バウムクーヘンのこと、ケーキ生地の事など、

 

何を話しても わかるーーーって感じで、嬉しい。

 

 

さらに、鹿児島に帰ってきてからは、めったにしない阪神淡路大震災の時の話も、

 

分かり合える唯一の人。

 

 

 

今日も、もうすでに26年が経過しているにもかかわらず、あの時の三宮は、とか

 

あの日、誰がどうしていて、とか、

 

 

そんな震災話ができた。

 

 

風化させてはいけないけど、もう26年もたつと、どこがどうだったかとか

 

倒れかけたビルが、何日かしてやっぱり倒れたこととか、

 

水がでるおうちが、「水出ます。ご自由にどうぞ」って書いてあって使わせてもらえてうれしかったこととか、

 

お風呂が入れるよって聞いて、尼崎まで行ったこととか。

 

 

 

御影から、住吉まであるいて、阪急からJRに乗り換えて大阪まで仕事に行ったこととか。

 

 

 

あの時、あの後、何人かの知り合いが亡くなったことがわかったこととか、

 

 

でも、今生きてこうしているから私たちはあの頃の話ができるというありがたさとか。

 

 

 

色んな、心にじわってくることを、一時間半くらい?

 

あれこれ話をして、今日もとても楽しかった。

 

 

 

あの頃、ユーハイムで働いていたから、

 

仕事がなくても(私のお店は浸水で復旧に三カ月くらいかかった。)お給料は、滞ることなくもらえた。

 

仕事に行ってないのに、お金の振り込みがあって、すごく助かった。

 

 

それもこれも、全国のユーハイムの営業所の方々の寄付。

 

広島や、福岡や、愛知県や、東京や、船橋や・・・

 

 

たくさんの場所に、ユーハイムがあって、

 

それぞれに働く人たちが、関西支社のために、神戸の被災者のみんなあてに、

 

寄付をしてくださったんだそう。

 

 

もちろん、会社からの補助も大きかったけど、

 

あの時、名前も顔も知らない人たちに、寄付をしてくれたみんなのことを

 

今でも1月になると特に思い出します。

 

 

 

でも、1月じゃなくても、こうやって、誰かと震災の時の話をすると、たくさんの善意に支えられて

 

今こうしていられることを、思い出す。

 

 

 

そして、思い出すと、当たり前じゃない日常への、感謝の気持ちを思い出す。

 

 

そうやって、あの経験は、私の中でもけっこうな土台になっているのかもしれません。

 

 

あの時、今は亡き父が、まだ神戸には戻るな。ってとめてくれたこと。

 

今思い出しても、ものすごく愛情を思い出せる。

 

 

色んな出来事で、回想すると、端々に両親の愛情を感じる。

 

 

こうやって、時は流れていくんだよね。

 

 

 

時間が経つのが、年々早く感じるけど、それでも、今をじっくりと感じながらゆっくりと生きていきたい。って思う。

 

 

 

 

また、そのうち、誰かにバウムクーヘンの話がしたいな。

 

 

 

 

しつこいくらい、暑苦しく話せます♪

 

 

星

 

虹

 

クローバー

 

 

自分の命が、今あることに、感謝します。。。

 

 

 

ブーケ2