感謝してます。横浜の個別塾「まなびっこくらぶ」の宗形です。
先日、大手塾に入会したばかりの小学6年生の生徒さんが、
まなびっこくらぶの体験をし、入会を決めてくれました。
大手塾も続けながらまなびっこもするの?と聞くと、
「いや、きれいさっぱり辞めてきました。」
と言うのです。
ここで気になるのは理由ですよね。
「入会金も教材費も払ったのに、思い切ったことしたね」
と言うと、
「だって、自分に合った宿題ではなくて、
機械的に大量に宿題が出されるから嫌になったんです」
と理由を教えてくれました。
たしかに、大手さんも、有名な習い事のところも、
大量の宿題を出すことは一般的ですよね。
ただ、この生徒さんと同じく、
僕はここに疑問があるんです。
「なんで、好きなことをがまんしてまで、
やらなきゃいけないことをしないといけないんだろうか?」
塾講師としてあるまじき姿勢なのかもしれないのですが、
素朴に思うんです。
みなさんも、常識とかの枠を外して、そう思いませんか?
そして、
「好きなことをがまんして、がまんして、
やらなきゃいけないことをしていると、
効率が良くない→成績があがらない」
と思ってしまうんですね。
さらに、がまんをかさねてしまうと、
本来、いちばんがんばらないといけない高校時代に、
もう、勉強は嫌だ、となってしまう子をたくさん見てきたんです。
自分もなにせ、そういう人間だったもので。
本来、小学生、中学生に合った宿題は、
目的に合った宿題の量である適量というものだと思うんです。
目的とは、もし入試なのであれば、
それは本人も覚悟しているので、
突破するための宿題の量は仕方がないと思います。
しかし、小学校、中学校でより成績を伸ばすためであるならば、
苦手な分野や得意分野を伸ばすための、
個人個人に合わせた宿題の量が適量だと思うんです。
そして、もちろん、本人の同意があることが大切です。
今、この学習がうまくいっていないから、
この量を行ってきてくれたら、
得意になるからやってみる?
小学生の漢字が読めないと、全教科で影響が出るから、
今回は小4までの読みの中で50問覚えてきてくれる?
なぜ、その宿題が適当なのか?
なぜ、その宿題をしてくる必要があるのか?
本人の同意のもとで行うのであれば、それは良いと思うのです。
でも、、、
でもですよ、、、
そうでなくて、一方的に与えられたものを、
「やらなきゃいけないからやりなさい」
と言うのは、
ある種、いじめや
罰以外のなにものでもないんじゃないかなと思います。
子どもの頃、
そんなの誰しも嫌だったのではないか?
と思うんです。
でも大人になると、その気持ちを忘れてしまう場合もあるんですよね。
将来、良い高校に入って、良い大学に入り、良い会社に入る
というのは、もうすでにかなりくずれてきてしまっていますよね。
特に、今は高校から大学に入学する方法が、
総合型試験もかなり多くなってきています。
まなびっこは毎年、総合型で早めに入学を決める生徒さんが出ています。
総合型で入学する生徒さんは、中学校や高校で、必ずしも勉強が好きだった生徒ではありません。
でも、総合型で合格する前、した後、のびのびとしておりました。
好きなことをやり続けていました。
逆に、勉強が好きではないのに、進学校にたまたま合格してしまった生徒さんで
「総合型での受験は基本的には認めない」と言われてしまった生徒さんは、
何度泣いたことか。
何度も気分が落ち込んで、すごかったです。
どちらが幸せな学生生活なのだろう。
そう思います。
多くの生徒さんが、好きな習い事、好きなゲーム
好きなことをがまんして、
塾に通って勉強して、
そして、中学校や高校で、将来の夢を聞かれたときに
「わかりません」となります。
当たり前ですよね。
好きなことをがまんする生活をしたんだから。
もちろん、ただただスマホ、
ただただ時間をつぶすだけのゲームには
僕も賛同しませんが。。。
好きなことが見つかっていないだけなのかなとも思いますが。。。
それって幸せなのか?
将来の幸せのために
今がんばらなくてはいけないと大人は言うけれど、
将来の幸せって何?
今幸せではなくて、なぜ将来が幸せになれるの?
将来は今の延長ですよね?
まなびっこに入会した生徒さんは
「え、歴史ってこんなに面白いんですか?」
「算数のノートの取り方がめちゃくちゃ改善しました!」
「漢字の覚え方をしたら、すごい点数上がっちゃいました」
となってくれる生徒さんが多いです。
勉強はおもしろいんです。
やらされるものではなくて、
もっとやりたいからやるものなんです。
その上で、
中学校の勉強がスムーズにいける量の宿題をこなし、
好きなことも行い、
家族とコミュニケーションを取りながら、どんなことをしたいのか?
何をしたら楽しいのか?をたくさん見つけていく。
それに見合った高校に行く。進路に進む。
どんな人生だって、楽しく生きれることを伝える。
それが大人である私たちの役目なのではないか?と思います。
ふと、機械的な大量の宿題、というキーワードが出たので、
思ったことを書いて見てしまいました。
AIも出てきている今、大量の情報処理などはAIができる。
人の感性や好きなこと、創造力、楽しさ
そういったものを実はもっと磨いていかなきゃという時代なのではないか?
と思います。