富士山にいってきました(*^^*)
ふと誘われた、人生二回目の富士登山に行ってきました。
装備は、登山に必要で、わたしの体が快適で、普段から山を愛するひとたちへのリスペクトもこめられるものを、めちゃくちゃしっかり用意した。
おかげで、氣持ちはゆったり♪
そんなゆったり氣分のまま登り始めて、たくさんたくさん、たーくさん。
富士山や富士山に集ういのちと遊びながら七合目までハイキングして帰ってきたヽ(=´▽`=)ノ
とても素晴らしい仲間たちと、テクノロジーが結集された装備のおかげで、わたしのまんま、富士山に触れ、いのちといのちで、楽しく遊んでこられた^ ^
本当に素晴らしい満月のような月と満天の星空を堪能して
月の残る、夜明けの富士山を眺めた。
朝焼けの空に雲が踊るような、素晴らしいいちにちのはじまり!!
渦をまく雲海が本当に美しかった(*^^*)
すぐに表情の変わる富士山は、いつでも新しいいのちのアートを世界に表現し続けていて
森の仲間たちは、人間に興味深々(*^^*)
雲海に浮かぶ朝陽と、
朝焼けの空に雲が踊るような、素晴らしいいちにちのはじまり!!
渦をまく雲海が本当に美しかった(*^^*)
すぐに表情の変わる富士山は、いつでも新しいいのちのアートを世界に表現し続けていて
森の仲間たちは、人間に興味深々(*^^*)
6合目ではハエさんたちがたくさんやってきて、わたしのストックを「なにこれなにこれ」と一生懸命検分していました。笑
この、枝の子は道に落ちていて、持ったら色々回復したので6.5合めの同じ種類の樹のそばまでお供してもらいました(*^^*)
登るなら、頂上へ、という氣持ちとか、御来光を見ないともったいないとか。
そういう自分の中にある常識をぶっ壊して、ただただ純粋に、「めっちゃくちゃ楽しかったよ、七合目ハイキングヽ(=´▽`=)ノ」と言える。
このことは、わたしにとってなんて素晴らしいことなんだろうなぁと、帰ってきてから染み入った^ ^
霊山で、日本の大切な象徴でもあって、世界遺産でもある富士山には、毎年本当にたくさんの人が、様々な思いで訪れる。
何かを達成するために来るひともいるし、山が好きで訪れるひとも、とりあえず一度は登っておこうというひともいて。
そのどれもが、とても素敵だな、と感じる。
旅の目的はひとそれぞれで。
そのどれもが、とても素敵だな、とわたしは感じる(*^^*)
そして、わたしはきっと、どこへいっても、何をしていても、いのちといのちで、全身全霊で、愛し合いたいのだろうな、と今回わかった。
理屈抜きに、ただ、全身全霊で愛し合うこと。
それはわたしにとって本当にものすごい喜びなんだな、と、氣がついた。
愛しあい方に決まった型なんてないし、何が出てくるかなんて、その瞬間にしかわからなくて。
なにが生まれるのかだって、ちっともわからないのだけど。
ただただ、触れ合い、自分の全てをかけて愛し合う。そうして、うまれたものが、ただ、溢れていくことを受け入れるの。
生まれでたものが、新しいいのちとして、自由に、無限に、溢れていくことが。
それが、なんかね、本当にすごいしあわせなの(*^^*)
八ヶ岳で静寂に包まれて遊んで、富士山で遊んで。
このところ、自分の中でぐるぐるしていた謎の欲求たちのピースがなにを示していたのかが、ついに解けてしまった。
謎の裸族欲求も。
パートナーほしいなぁという欲求も。
とにかく生み出したくてたまらないような欲求も。
あんまりに馴染みがなくて謎だったので、コレは、人間としての本能なのかなぁ?とか冷静に分析してみていたんだけど。笑
わたしの本当の願いは。
ただ、全身全霊で、愛し合いたかったんだ。
丸裸のいのちで、全身全霊で。
愛しあいたかったんだ。
宇宙が、わたしに授けてくれた人間といういのちが「愛しあう」という奇跡の光を、全身全霊で表現したかったんだ。
愛し合う、というのは、無限の循環。
この宇宙のかたち。
「分かち合う」を超えて、「愛し合う」。
生まれてきたいものが生まれることを、溢れていきたいものが溢れていくことを。
とどめずに、丸裸のいのちで生きているとき。
"わたし"であるのに、垣根がなんにもない、みたいな愛に生きているとき。
わたしはとても、しあわせなんだ(*^^*)
夜の富士山で、カメラが好きな仲間が撮ってくれた面白写真♪
氣にいった溶岩のうえに裸足で立って、星が氣持ちよくて、みんなにもこの素敵な地球の景色を伝えたくて、かなり笑いながら自由にしてたらこんな写真を撮ってくれたんだけど、ものすごく文明の叡智を纏っているのに、ものすごくあやしくて不思議な雰囲氣に見えるから氣にいってる(*^^*)
遠くで動いていた怪しい黒い物体を指差していたら素足の足元は謎の発光をするし、普通に立っていたらなんかの部族の精霊みたいになるし。笑
シャッタースピードの問題らしいんだけど、わたしらしい面白写真を撮っちゃうんだもん、本当に、名カメラマンだね(*^^*)
シャッタースピードの問題らしいんだけど、わたしらしい面白写真を撮っちゃうんだもん、本当に、名カメラマンだね(*^^*)
そして一緒に行った仲間がいれてくれたコーヒー。
ふだんコーヒーはほとんど飲めないわたしだけど(なぜかグァマテラ産のコーヒーだけは進んで飲む。笑)、星空と月の下の温かなコーヒー、美味しかったなぁ
ひとりきりでする経験と、一緒にする経験。
どちらもわたしを限りなく豊かにし続けてくれる。
地球と自然界は、常にそれを見守って、共に在り続けてくれている。
人間の深みを知るたびに、わたしはより深く宇宙に還っていくし、氣がつくと、また生まれてきてココにいる。
自然に還る服のまま全身で自由に地球とハグをして歩くわたしの視点も面白いし、自然には還らない、人間の運動機能に配慮されたテクノロジーな服を着て、絶妙の距離感と心の距離でハグをして山を歩くわたしの視点も面白い。
野生にかえるとき、ひのりかりも雨も泥も草木花も虫も動物も、肌に触れるものは全て内に還り、喜びそのもののみたいに感じて、人間の世界に生きる時、ひのひかりも雨も泥も草木花も虫も動物も、外側にあるように感じるものは、ただただ、感謝でしかないように感じる。
そうしてあらゆる自分のなかの枠をとっぱらってしまったただの「いのち」になってしまうと、起こる全てを奇跡としか感じなくなって。
旅の最後、渋滞にハマって進まなくなっている間に、富士山は全身の美しい姿をあますところなく見せてくれた。
撮れなかったけど、美しすぎる笠雲まで(*^^*)
これは全身じゃないけど好きなやつ。
森と富士山♡
登山道には隠れハートもすごくたくさんあって、蝶が舞ったり、降りてきたら途端に謎のゾロ目フィーバーが起きたり。
わたしは面白いことと美しいことと楽しいことが大好きだから、それがわたしの人生の中にあることが本当に嬉しくて、すぐにたまらなくなってしまうんだけど(*^^*)
こうも思っているんだよ。
特別なことが起こることが特別なんじゃない
自分に都合のいいこととか、"なにか"が特別なんじゃない
"ふとした瞬間、わたしが「いっとう特別」に感じてしまった全てのものが、垣根を越えて、この世界に現れ、息づいている。
"なんとも言いがたいような、絶妙な愛しさに満ち溢れてしまうような、「いっとう特別」なものばかりで、この世界は構成されている。
そんな風に、日々、こころのなかで巻き起こっている、響きわたってしまっている、言葉にできないおもいみたいなものを、わたしは「奇跡」と呼びたいんだよ(*^^*)"
美しい、あなたの世界。
美しい、全てのいのちに。
今日も、たくさんのハグを♡
丸裸で、愛しあうよ。
ありがとう♡ヽ(=´▽`=)ノ