当時の医師からは、
結婚披露宴までに治るよ、間に合うよ、と言われたものの
結局治ることはなく…
薬の副作用に苦しみながら、闘病し
結婚は二年、延期することになりました。
2006年の日付が刻まれた指輪を
2008年に指にはめ、
親と、ごく親しい人達に見守られて
小さな結婚式をあげました。
うつはまだ寛解したわけではなく、
披露宴はなし。
ウェディングドレスも着ませんでした。
子供は、もたない選択をしました。
新婚の頃は、
もし男の子だったら…女の子だったら…
と、子供の名前を考えたりもして。
だけど、
寛解しかけたうつが再燃したりする中で
私の元にもし産まれたとしても、
その子は幸せじゃないかもしれない。
そう思いました。
闘病しながら育児は、無理かもしれない。
そんなふうに考えて、
結局、コウノトリさんは呼ばずに…
でも、今、
ちょっとしたことがきっかけで、
それらのことが私らしいことではなく、
私に課せられた不幸
もしくは
私たちの不足
選ばなかった幸福
そんなふうに頭がグルグルするのです。
よくあるじゃない、
たとえば年賀状とかで、
モデルみたいにポーズをきめた
新郎新婦や、
幸せそうな家族写真。
雑草とはいうけど、
名前のない草花はない って
小説で読んだ記憶がある。
華やかに咲く花じゃなくても、
小さな道端の花みたいな幸せを
大切にできなきゃ
罰があたるよね…
でも今は、
なんだか悲しくて仕方がないのです。
