飛行機に乗る直前、メンバーで会見をしたニュースを目にする。
タイミング的にそれまでのニュースを全く目にすることがなくて
6人での会見のニュースが私の中のこの件の情報の初見。

ニュースを読んだとき、一切の感情が生まれなかった。
たぶん、処理できない感情を発生させない本能かもしれない。

今思えば、
①【知覚】して(見る、聞く、触る、嗅ぐ)
②それを自分のフィルターを通して【解釈】して
③どう解釈するかでより【感情】が生まれて
④何かしらの【行動】をする

ここのプロセスの中の②の【解釈】を止めた、手に負えない【感情】を生みたくなかったから。
防衛本能だったのかも。

次の日の夜、録画した情報番組をひとつずつ見る中で
すばるくんの言葉、メンバーの言葉を聞く中でだんだんと
【解釈】をする勇気がでてきて、【感情】も徐々に生まれてきた。


そこには、「困惑」とかはなくて、
決意をした7人への「敬意」と、ものすごく大きな「寂しさ」だった


でも、この決断を私は受け入れたい。

とも思った。

たぶん、7人でとことん話し合って出した答えだということが
会見を見ていて、すごく感じたから。

これがもし、話し合う余地や、もっとこうすれば、、、
というすれ違い感や、もどかしさが残っていたら
こんな気持にはたぶんなれなかった。

ニュースの記事やファンクラブでの全員のコメントを読んだだけでも
たぶん、すばるくんを残せたんじゃないかという期待と、もどかしさから、どこにもぶつけられない感情に押しつぶされそうになったかもしれない。


きっとそうなるファンの気持ちを考えてくれて、
会見という形で皆ででてきてくれて、自分たちの言葉で伝えてくれた事は
最大のファンへの優しさだと私は感じた。


もちろん、会見をみても受け入れられない、悲しくて潰れてしまいそう
という方もいると思う。
人の感情はそれぞれだから、
でも、こうやって会見で話してくれたことで、
私みたいに大きな寂しさを感じながらも前を向こうと思えた人ももいる。

あの会見は

これからも前を向いて一緒に歩こう

とエイト全員から差し伸べられた手なのかもしれない。


寂しくて、悲しいけれど、差し伸べられた手をとって立ち上がりたいと私は思った。


感情にフタをなくてもいいし、無理やり前を向くこともしなくていいと思う。


人の心は変わる


変わることを許されない心は不自由でしかなくて
行きたまま死んでしまっているみたいなもの。

どんなに強い決意も、強い感情も、強さに関わらず「変わる」もの

結果として「変わらなかった」ものはあるかもしれないけど



「変わる」ことは、それまでを嘘にすることでも、
悲しい想い出に変えてしまうことでもなくて、
あの時があったらから、変わった今があって、、、


だから、大きな決断をしたすばるくんに対しては、

「そこまでの決意がすばるくんらしいです。
 がんばって!すばるくんの歌がこれからも聞きたいよ」

という気持ちだけ。

ただただ、私の感情が
まだまだ自分が見たかった関ジャニ∞の渋谷すばる をもう見れなくなってしまう事が寂しいだけ

これは、誰に向けられたものでもなく、ただ自分が寂しいだけ。

この寂しさは、自分の感情が自然と変わっていったり、
新しい6人の姿を見て変わっていったりするのを、ゆっくり待っていればいいかな。

急いだり、無理をせず、いつか変わる心のままに。