アドラー心理学ELM勇気づけトレーナー 本橋 悦子です。 



このことは、もっとあとになってから書こうと思ってたけど、ここですこしだけ触れていこうと思います。


息子がいよいよ退院する日程が決まって、退院後どうするかを主治医、リハビリ担当医、院内学級の先生たちと話し合いました。


選択肢は二つ。

身体障害(2種2級)の息子は、車椅子が必要です。

身体障害があるので、都内では特別支援学校へ行くか、普通級へ行くかの二つしかありませんでした。


どちらに行くのが息子にとっていい環境なんだろう…


悩んでいる時、主治医の先生が


『息子さんの回復を促すには今まで通っていた学校に戻るのがいい』


そう言われました。

どこまで理解できてきいるかわからない息子にも、どっちの学校に行きたいか聞いてみました。

そうすると、


『今まで行っていた学校に行きたい』


と。


息子の通っていた小学校は、改築したばかりで最新の施設です。

校内はすべてバリアフリーで、段差がどこにもありません。

エレベーターも付いています。

誰でもトイレもあって車椅子でも入れます。

児童が通常使用するトイレにも必ず車椅子用の広めのトイレもあります。

車椅子で生活している息子には全く問題のない施設でした。


しかし…


健常者と一緒にいること。

どんなことが起こるのかわかりません。

まだ小学3年生。

いろいろなことが分かりかけているような、でもまだまだ幼稚でもある…


病院の中では、味方がたくさんいて、とても守られた環境でした。

息子にとっても、私たち親にとっても…

でも、一歩外に踏み出すことになったらどうなるんだろう…


悪い人ばかりではないけど、いい人ばかりでもない


息子が傷つかないように…


と思っていろいろと思いを巡らせていたけど、本当は私自身が傷つきたくなかったんだ…


息子が悲しい思いをしてる姿を

息子が仲間はずれにされてる姿を

息子がいじめられてる姿を

息子がつまらなそうにしている姿を


そんな姿を見て、私が傷つきたくなかった。


同級生のママやパパに


「かわいそうに…」


って思われたくなかった。


だから私は頑張った。


普通級に戻る事になって、私と夫は、


『勉強はできなくてもいい。』


と思いました。

学校にいれば、みんなと一緒に授業を受けます。

もちろん宿題も出されます。

先生に相談すれば、宿題に関しても考慮してもらえるので、やらなくてもいい。

でも、そうすると同級生に


「いいなぁ~、宿題しなくていいなんて」


って言われます。

小学校3年生4年生あたりだとそういうことを平気で口に出します。


ある意味息子は特別だけど、特別扱いされるのは息子も嫌がります。

だから、息子は、上手に動かない右手で、一生懸命漢字の練習をします。

10分くらいで終わる算数の宿題を私と二人で2時間かけてやります。

息子の中では、「宿題忘れ」は許されないんです。


毎日毎日、できないのに一生懸命やろうとする息子とそんな息子を心から尊敬しているけど、ずっと付き合わないといけない私の苦痛との葛藤でした。


悔しくて

悲しくて

切なくて


息子の隣で宿題を見ながら何度泣いたことか…


ゆっくりの回復を願いながらも、少しでも早く


『普通に』

『みんなと同じように』


いろんなことができるように願っていました。


たくさんたくさんやらせることで息子は『普通に』『みんなと同じように』できるようになるんだと思っていました。


私の思いばかりが先行して、息子を置き去りにしてしまっていました。


中学行って、高校いって、大学いって、就職して…というような親がして当たり前のことを息子に押し付けることが本当にこの子にとっての幸せなのか…?


元気に生まれてきてくれたことをどんだけ喜んだことか。

事故の時、命さえ助かってくれればとどんだけ祈ったことか…

そして、私が一番「こんなことになってかわいそうな子」って思っていたのかも…


なんて傲慢だったんだろう…

事故以来、息子との距離が近すぎたのかもしれません。


十人十色、それぞれの幸せの形や道がある。

息子の思い描く幸せを一緒に歩いていけばいいんだ。

私たち親ができることなんてほんと些細なこと。

息子はしっかりと意思を持っているひとりの人間として、私は信頼も尊敬もしていなかったのかも…。


息子は、ゆっくりと回復や習得をしていって、立派に生きている。

自分の意思を持ってしっかり生きている。


とてもたくましい中学一年生になりました。


以前、義母に、あれがダメでこれもできなくて…なんて話してたときに、義母が


「元気なら良かった!」


って言ってもらえて、


「はい、元気なら良かったです!」


て答えて、思わず笑ってしまいました。


なんかできないことをあれこれリストアップしてたけど、


元気なら良かった


の一言で、全てが解決されたような気がして、おかしくなって笑いました~



先日、東京都障害者スポーツ大会に出場した息子。

100M走で銅メダルをもらいました!!


銅メダルといっても、1レースごとに1位=金メダル、2位=銀メダル、3位=銅メダルがもらえて、4位以下の人には、小さなメダルがもらえるので、出場選手には何かしらもらえるんですけど…(笑)

でも、息子はすっごく嬉しそうだった~~笑・


銅メダルを取ったことを同時期にリハビリ病院に入院していた、息子と同級生のお子さんを持つママさんに話したとき、


『銅メダルの話泣ける~~

私の知ってる〇〇くんは車椅子から半身落ちそうにしている〇〇くんだもの!』


と言ってもらえて、


そーだったなぁ、あの時は全身グニャグニャでまともに車椅子にも座っていられなかったなぁ

そんな息子が100M走で銅メダルなんてすごいことなんだ~


ってじ~~んじーんときました。



また一つ気づきと勇気をくれた友達と息子に感謝ですきらハート