私は小さい頃から

自分のことを受け入れて欲しくて


ずっと人に合わせる努力をしてきた。

いつのまにかそうすることが

当たり前のようになっていた。

自分がどう反応するかは相手次第

相手に合わせて当たり前。

「自分」というものがなかった。


そんなことに気づいてから、

自分の「好き」「嫌い」

「楽しい」「悲しい」「嬉しい」「寂しい」

って言う感情に意識を向けて

生活してきた、つもり。


でも、それでもまだ、

人に合わせる感覚は根強く残っている。


自分の感覚より、どこかで

合わせようとしている自分に気づく。



そして、人とのやり取りの中で

ギクシャクが起こったとき、

あの時の私の反応がやりすぎだったのか、と

自分の言動を後悔し、


相手の反応をすごく気にしてしまう。



今回も職場でそのようなことが起こった。

私のことに呆れてるんじゃないか、

嫌われてるんじゃないかと

あの人のことが気になって仕方ない。


でも、気になるあの人は、

ただそんな反応をしただけ

たまたまそんな反応をしただけ

相手がどう思っているかはわからない、


勝手に悪いと妄想しているだけ。



そして、私は人に合わせた反応を

多少はとっていたかもしれないが、

自分なりに


そのときはベストの言動をとっていた

「私は私であろうとしていた」だけで、

私の言動は悪いものではない。


そう思うことで、気になるあの人が

小さくなっていった。


きっとこれからも人との関係でいろいろ

気を揉むことはあるだろう。



人とのコミュニケーション

まだまだ修行中。