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Don't Worry Be Happy!!

神戸に住み、働く女子の日々のつれづれ

何か、今日ふと思って、ツイッター(@happy_jun)にもつぶやいたんですが、
「心配するのは、手が届かないから」で、
「不安なのは、目に見えるから」なのだと。

手が届くところにあるもの、ある人には、現実的にできることがある訳で、
心配するより先に、手が出ちゃうんだと思うんですけど、
心配している状況っていうのは、手が届かないから、文字通り、「心を配る」ことしか出来ないんですよね。

不安なのは、っていうのは、
不安っていうのは、見えてる状況に対して抱く感情なんだと思うんですよね。
何もみえなければ、不安の入る隙間はない。

いや、だからどうって訳じゃないんだけど、発見したことの覚え書きに。

わたしはいつも心配ばかりしているような気がする。。。

31歳になりました。

あっという間に三十路を越えた自分に驚くやらなんやら。

でも、基本的にはますます元気に、楽しく生きていきたいものです。


そんな31歳の誕生日に、新しいはじめの一歩を踏み出すことを決めました。

生活が180度変わる・・・というほどのものではなく、小さな一歩ではあるけれど、

わたしにとっては意味のあることです。


ずっと、もう何年も何年も気になり続けていたとある講座に通うことにしました。

先ほど、ネットで申し込みも完了。もう後には引けません。


随分遠回りをして、でもずっとやりたかったことのような、本当にそうなのか自分自身疑っているような。

でも、いろんなタイミングが今夜、ピタッとそろった気がしたので、乗っかることにしました。


半年間、この講座に通ってみたら、これが本当にやりたかったことなのか、

わたしにできるのか、いろんなことが少し分かるような気がしています。


31歳のスタートは、きっと世間から見たらちょっと遅いのだと思うけれども、

わたしにとってのタイミングはここしかなかったと思うことにして、

年齢のことはさておき、まずは始めてみることにします。


だって、“今”始めないと、もう始められないし、“今”がいちばん若いんだもの。


申し込みを完了して、何だかとってもスッキリしたいい気分なので、

新しい1年を気分よく過ごせそうです。


とりあえず、いけるところまで頑張ってみます。

そうしないと、その先にも行けないと思うので。



急に夏休みが1日増えたので、突発的に名古屋へ日帰り旅行。

大学時代の友人に会う、というのが第一目的ではあったのだけれど、

何だかここ半年くらい気になる「名古屋」へ上陸。


特に我が家は転勤族でもなかったので、大学時代を除く人生のほとんどを神戸で過ごしてきたけれど、

唯一の例外がここ、名古屋。

幼稚園に入る前の本当に物心付く前の数年間、暮らしていた場所である。


三歳の七五三をしたという、熱田神宮へ、お参り。

何となく、神様に感謝。30歳まで無事に大きくなりました(苦笑)、と報告。


そのあと名古屋名物ひつまぶしを初体験。

コメダコーヒーも初体験。

どっちも美味しかった。名古屋は深い。


もし、あのとき、父親の転勤がなければ、わたしはここで大きくなっていて、

今とは違う人生があったのかもしれない、と思うと、何だか不思議な気分。

何となく、人生のルーツを辿る旅だったのかもしれない。

うん、多分こういうのは大事。


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ここから先は名古屋とは全然関係ないけど、

何かここ最近、“自分の言葉”を語ることがめっきりなくなっていたことに気付いた2010年夏休み。


最近足りないもの:ひとりでものを考える時間。もしくは自分で何かに能動的に取り組む時間。


今より上に(っていうかどこに向かってるんだ、という声はさておき)行こうと思うと、

人はタマにはひとりで孤独に何かをなさなければならないし、自分にまじめに向き合う必要がある、

ということを急に思い出した!

人との対話で生まれるものはもちろんたくさんあるんだけど、ハードがないのにソフト入れまくっても動かないわけですよ、現実的に。


ちょっと生活態度見直します。。。


あとは、


我慢する必要は無いと思います。


ということを肝に銘じたいと思います。

今日は久しぶりに部内の上の人たちと飲みに行く。

口を開けば「厳しい厳しい」という今の社内のなかにあって、仕事ができて、仕事が大好きで、明るくて前向きなうちの部長に、何だか今日はとっても救われた気分。

今日の昼間は何となく落ち込んでいたのだけれど、明るい気持ちが生まれた気がする。


大きな仕事を抱えて、大変なのは人一倍、仕事も人一倍しているだろううちの部長。なのに出てくる言葉は全部前向きで、全然後ろを向かない。驚くぐらいに真っ直ぐで、純粋。この場所でまだできることがあると本気で信じていて、地に足がしっかりついている。そういう人。


ふと転がってきたとっても大きなコンペの仕事も、「やってみたらいいやん」とわたしにサラッと言う。

「やってみな分からへんし、やってみて分かることもある。」と。

プレゼン費もかかるし、そのコンペに参加したからと言って、取れる確率なんて本当に雲を掴むような話だと誰もが思うのに、それでも「やってみたらいい」と言う。


最近、悉くプレゼンに落ち続けていて、申し訳ないのとともに、自分の思うように作れていない企画にイライラして自己嫌悪に陥ったりしているわたしなのに、それでもそう言ううちの部長。そうやって経験を積ませてもらえることにとてもありがたく思うし、後ろからポンと背中を押してくれる姿勢に尊敬もする。

この人を見ていると、本当にサボれない。そして「がんばろう」と思ってしまうのだ。


そう、そうやって、やっぱりわたしは仕事をやめられない。

自信とプライドとやる気とビジョンが欠落してしまっても、それを取り戻すために、続けてしまう。

人生はそうやって続いていくんだな、と思う。


世間では「GW初日」とか言われる今日。

わたしは仕事で、某イベントを運営していた。

もう10年以上も毎年うちの会社で請け負っている仕事で、

わたしは昨年から担当させてもらっている。


今年は諸々の事情から、毎年恒例の会場ではなく、別会場での実施となり、

何もかもの条件が違う中での実施である。

今日が来るまで、たくさんの人と打ち合わせをして、

調整をして、段取りを考えて、イライラしたり、胃が痛くなったりしながらやってきた。

そうして今日を迎え、事業は無事終了し、クライアントにもある程度の満足をいただけた。


たくさんの人に、多くの協力をいただいて、やっと終わって、

それぞれの皆さんに「ありがとうございました、お疲れ様でした」という瞬間、

何か鳥肌が立った。脱力、とか達成感、とかそういうもので。


でもそういう瞬間があるから、

だからわたしは仕事を辞められないんだな、と思った。

ほかのことでは得られないこの瞬間のために仕事をしているような。


仕事なので、嫌なことも、つらいことも、しんどいことなんて山のようにある。

だけど、その先にあるほんの一瞬があるから、

その一瞬の快感を知ってしまっているから、もっと先が見たいと思ってしまうのだ。


だから、結局仕事をやめられなくて、わたしは明日も働くんだ。