今日は夜になっても雨と風が強いですね。
私は、ここ数日
誰のために? について、考え続けています。
目標を達成するためには
5W2Hが明確でなければいけない
しかし、誰かと何かを成そうとする時に
その最低限の確認すら出来ない時があります
それでも、
誰のために?が明確であったなら
方法や手段が違っても
あるいは 最終的な目的地が違っていても
それほど 不幸な結果にはならない
そう思いませんか?
自分が信じた道よりも
他の誰かが 導いてくれた道が
より良いものかもしれません
そうして、相手を信じて付いて行くことは
人として 間違いでしょうか
しかし、人の平和とは、儚くも脆いものです
戦争や内紛がおこり
自然災害にのみこまれ
自ら作り出した文明に対する無力を知り
経済が低迷し困窮したり
人間関係がねじれたり
家族が崩壊したり
そんな状態の中で、自分を保ち
誰かのために と思うことは
そんなにも、難しいことなんだろうか
あるいは、
立場が違うと 善悪が一変してしまうから?
それは、組織も国家も戦争もおなじ
政治の転換も 被害者と加害者の関係すらも
一変してしまう。
であれば、何を信じればよいのでしょうか
そんな時、
いったいそれは
誰のために 言っているのか?
誰のために そうするのか?
を視点に観察していると
色々なものが見えてきたりします。
そうして過去をなぞり、考えるほどに
北雨吹(きたしぶき)が
私の胸の中に、打ちつけてくるような感覚です
そして、この曲を思い出しました。
『Fragile』 この曲は STINGが
ある米国人男性の死をきっかけにして、作った曲だそうです。
27歳のアメリカ人エンジニアでベンジャミン・アーネスト・リンダー氏は、ニカラグアの戦闘地帯にある村に電力と水を供給するために、ダムで働いていましたが、米国に支援されていた反サンディニスタ軍コントラに殺されました。
生前、彼はこう書きました
"I see the kids and I feel like taking them all away to a safe place to hide until the war stops and the hunger stops and El Cuá becomes strong enough to give them the care they deserve. The pied piper of El Cuá. But Ican't do that, and even if I could it wouldn't help the neighboring towns. So instead, I try to put in light, and hope for the best."
詳しくはここ⇒The Death of Ben Linder
仮に、人が窮地に陥った時
愛情を持たず
優しさや思いやりを持たず
誰かのために
と動ける原動力があるとすれば
それは、いったいなんなのでしょう。。。
まだ暫く、雨は止みそうにありませんね。
温かくして 素敵な夜をお過ごしください。