生きているもの全てにおいて、生まれた瞬間から確実に歳を重ねる。
少年期、青年期・・・・どんどん経過していき、やがて老年期が訪れる。
どれだけ嫌がっても、どれだけ反発しても、間違いなく、全てに平等に
訪れる。それが老いるということ。
あたしには二人の祖母に、一人の祖父がいた。
もう一人の祖父は・・・父が幼い頃に他界しているので・・・。
三人の祖父母に囲まれてあたしは育った。
父方の祖母にとっては、初孫で、唯一の孫があたしだったので、
とってもかわいがられた記憶がある。
そんな祖母も、加齢の波に飲み込まれていった。
当時で言えば、痴呆。今で言う、認知症。
ものが無い、財布が無くなった、お金が無くなった・・・あたしの両親と
生活を一緒に始めるまで、こんなに痴呆の症状が進んでいるなんて
分からなかった・・・。時々行くと、それが刺激になっていたのか、従来通りの
祖母でしかなかったのだった。
ある出来事から、私たちと生活を共にする事になり、現状を知っていった。
最終的には、
あたしがどこの誰なのか。
父がどこの人間なのか。
母は誰なのか。
全ての時間において、この状態になっていたわけではなかったにしろ
あたし達を判断できる時間が、徐々に減っていく現実。
父は、祖母の女でひとつで育てられた状況だったから、親が変わっていく
現実をなかなか受け入れられずにいた。
現実って酷だよな・・・って当時、よく思った。
老いて行くって、本人にとっても、ある意味酷なことだと思う。
自由に動いていたはずの身体が、徐々に自由が利かなくなる。
それだけでも大変な事だろうに・・・あろう事か、記憶まで・・・。
そんな月日を約5年。
これといった大病を患うことなく、老衰と言うどうしようもない現状に立ち
向こうの世界に旅立った。
そうして4年後の昨年。母方の祖父母が亡くなる。
こちらの二人は、他の病気が原因で旅立ったのですが・・・
やはり、この二人も認知症と言う症状を抱えていたのは事実。
調子が良かったと思われるときの、二人の笑顔。
今でも忘れる事が出来ない、ひとつのことがある。
曾孫をつれて、従兄弟が祖父母宅を訪れた・・・その当日、入れ替わりで
あたしたち夫婦が遊びにいった日がありました。
人見知りしない子で、祖父母に抱かれても泣くどころか、ニコニコの笑みで
愛想のいい子だよ・・・と嬉しそうな顔で、言葉で教えてくれたあの日。
じゅりの所には、いつ子供に恵まれるんだろうねー!
そう元気に言った祖母。それに微笑む祖父。
とうとうあたしの孫を見せられなかったけど・・・そのときにも、認知症の
症状があったと、後で知らされた。
あたしたちが知ったのは、随分とその症状が進んでからだった。
嫁いだ事を後悔しているわけではないけど、近くに住んでいれば・・・
それまでのように週に1~2回は顔を出すことが出来たのに、とあたしは
内心でそう思った。何も祖父母に対して出来なかった。
今度、周りにいる人が、そうなったときは・・・いち早く察知したいと、そのとき
強く思ったものです。
家の両親はまだ50代。
時々物忘れはしているけど、まだまだ大丈夫だろう。そんな事を思っていた。
でも、旦那の両親は共に70代・・・。
難しい年代。
いくら見た目が元気でも、やっぱり身体は衰えてくる現実は否めない。
そんな事を思っていたこのごろ。
現実は、そんなに簡単じゃなかったらしい・・・。