担当している利用者の話。
79歳 男性
平成27年から担当しているので、もう8年ほどたつ。
今年に入り体調不良を訴え、診察すると咽頭がん発見。ステージは書いていないが、放射線治療中に意識消失するなど状況は悪い。
先月より痛み止め増量し、認知症上及びADLの低下著名。
医師からはターミナルの宣告。
次回の診察では緩和病棟に入るか、在宅診療で行くか、いずれにしてもターミナルケアの方法を決めることとなりそうだ。
これは予想だが、死が近づいている人は何となくそれは感じていると思う。震える心を押さえて様々なことを思うのだろうと思う。
何とか助かる方法はないか。
残してゆく家族は大丈夫か。
自分が死んだ後、どうなってしまうのか。
やり残したこと
思い残したこと
自分の人生を振り返り、後悔と安堵、そして心配。
ここまですれば安心して死ねるという事はおそらく難しい。
仏教では死というものは虎に例えられるそうで、荷物を背負った人が草原を歩いているときに急に虎に襲われる場面で表現される。人は荷物を捨ててにげるが、いつかは虎につかまってしまう、というもの。
荷物を捨てるという事は財産をすべて捨てても命だけは、という思いにも例えられる。
死というのはその場面を迎えることが苦しいというより、死に至るまでの時間が苦しいものと言われる。それを解決するのは「信楽(しんぎょう)」であり、「無碍(むげ)」であるとか説かれる。
人はいつ死ぬか分からない。
結果論だが、最後の会話はこうだったよね、という事ばかり。
この利用者ともお別れが近づいている。
残りの時間、あと僅か。