【風邪さんこんにちは】

 

朝晩冷えるようになってきて、

風邪などひいていませんか?

 

ここ数日、風邪菌さんと

懇意にしているので、

 

経過報告をしてみようと思います。

 

~~~

 

<3日前>

 

夕方から鼻水が止まらない。

常にティッシュを鼻にくっつけている。

 

仕方がないので、

ネティポッドで鼻洗浄を繰り返す。

右の鼻がほぼ詰まっていた。

 

鼻の奥の膿を流し出し、

両方通るようになったところで、

鼻の穴に馬油を塗りこむ。

 

エキナセアを飲んで、布団に入る。

 

それでも布団のそばに

ティッシュ箱は欠かせない。

 

夜中に目が覚めたので、

タンパク質分解酵素を摂る。

 

<2日前>

 

ご、がぁ、ご〜

朝から声が出ない。

 

鼻洗浄を繰り返した後、

鼻からぬるめの塩水を吸い込み、

口から出そうとして、むせる。

 

とりあえず、鼻が通るようになる。

 

ビワのはちみつ漬けを食べて、

はちみつを喉に塗る感じでなめる。

 

ティーツリーオイルを希釈して

胸のあたりに塗る。

 

昼前から、少し回復してきた。

声は、トーンが下がっているけど

聞こえるレベルで出せる。

 

寝込むことなく

体も動いている。

 

鶏ガラスープを仕込み、

根菜をたくさん切って

重ね煮のスープを作る。

 

しっかりとからだをあっためよう。

 

エキナセアは、朝昼晩1日3回。

 

<1日前>

 

オンラインセミナーに参加。

たまに鼻声になるけれど、

声はそこそこ回復。

 

幼稚園の帰り、子どもと公園で遊ぶ。

 

エキナセアに

アシュワガンダもプラスして

体力を回復させよう。

 

~~~

 

昔は風邪をひくと

早く治さなきゃ!と焦って

声が出なくなった時に

落ち込むことが多かったのですが、

 

何度か経験するうちに

「軽い状態で緩やかに経過させる」

ことに意識を向けた方が良いということが

わかってきました。

 

そして、複数のアプローチを持つことで

「なんかわからんけど、楽になった」

という経験も増えてきました。

 

無理に治そうとしない。

勝手に治るから。

 

休みたければ、休めばいい。

カラダからの業務命令だ。

 

また風邪をひいた時に

少しでも楽に過ごせるように

書いておきました。

 

 

あなたは風邪をひいた時、

どうやって治そうとしますか?

【必要としている誰かのために、出す】

 

今日は、近くの子どもひろばのバザーに行ってきました。

 

毎年足を運んでいるけれど、

オープン前から並んで入ったのは初めて。

 

たくさんの人が、服やおもちゃを見ていて、

あっという間に物が売れていきます。

 

 

子どもが大きくなると、

服も靴も大きなサイズに買い替え。

 

赤ちゃんから子どもになって

卒業したモノもたくさん。

 

今回、私もバザー品として

子どもの衣類などを寄贈しました。

 

 

もう使わなくなったけれど

思い出深くて捨てられずに

大切にとってあったモノが、

 

誰かの、カゴに入っている!

 

 

なんとも言えず

しあわせな気持ちになりました。

 

 

今までご縁があったモノに

新しい役割を与えられたこと。

 

お世話になった場所にも、

買って行ってくれた人にも、

お役に立てたこと。

 

モノと心が、循環している。

 

とっても嬉しい氣持ちです♪

 

 

正直、ずっと迷っていたんです。

そして、めんどくさがっていたんです。

 

 

「実際、もう使っていないけど…」

「捨てるのはもったいないよねぇ…」

「これって、本当に誰かにあげるの?」

 

 

きれいにまとめて箱に入れてあるけれど、

なかなか外に出せないでいました

 

「…ちょっと今は時間取れないから、次にしよう!」

 

少しずつ増えていくモノを

見ないふりして。

 

 

だけど、このまま同じ状態を続けるのは

誰のためにもならない、と思って、

 

時間をかけて、部屋の整理を始めました。

 

しばらく眠っていたモノを

磨いて、整理して、まとめて。

 

そうやって行動していくことで、

必要としている人のところへ行くのを

リアルに見ることができたので、

 

これを原動力にしていこうと思います☆

 

 

あなたの中で眠っている、

誰かが必要としていそうなモノは何ですか?

【すべては「今」の私の責任】

 

「それって、過去の自分のせいにしてるってことですよね」

 

今日のセッションで

おっしゃっていただいた一言。

 

 

確かに、何かにつけて自分を責めながら

 

あの時、こうしていれば…

なぜ、それをやっていないんだろう…

どうして、こっちを選んじゃったの…

 

私が今、うまくできないことは

過去にちゃんとしていなかったせいだ。

 

と後悔するのは、

 

「過去」の自分に原因があると思っているから。

 

 

過去の事実は、変えられない。

 

つまり、変えられないことを

コントロールしようとして、

 

責任逃れをしているんですね♪

 

 

だから、

 

今の状況、条件でこれからどう動くのか、

今の私の望んでいることは何か、を

 

しっかり考えて行動を変えていくことでしか

問題は解決しない、ということなんです。

 

 

同じことで悩んでぐるぐるしてるなら、

やり方を変えてみる。

 

しょうがないことは、しょうがない。

 

 

そうやって今の自分を受け入れつつ

工夫して行動していくうちに、

 

思考が変わり、心が変わり、

より望みに近い状況になっていく。

 

 

自分の「責任」という言葉に

重た〜い空気を感じたら、

 

それは、

「過去」の自分を責めているからで、

 

 

本来「責任」というのは

 

行動の主導権は誰にあるのかを

明らかにすることです。

 

私自身が、私の人生を決める。

 

過去でも未来でもなく

「今」を私は生きる。

 

「できない」ループを解消するヒントが

ここにありそうです。

 

Yさん、ありがとうございます。

 

 

今日も素晴らしい1日を

心よりありがとうございます♪

 

 

 

 

【成功にエサをあげる】

 

例えば「理想の状態」や

「なりたい自分」が

 

そこら中の海を泳ぎ回っている

光り輝く魚だったとして、

 

手に入れようと思ったら、どうする?

 

 

…そう、まずエサを用意する。

 

…それから釣れそうな場所に行く。

 

 

目当てのものが釣れるまで、

じっくり時間をかけて、何度でも

狙っていく。

 

 

突拍子もない考えかもしれないけれど

私はこう考えたんだ。

 

 

「なりたい自分」を

釣り上げたい魚だと仮定すると、

 

「失敗は、エサだ」ってね。

 

エサにつられて魚が寄ってきて、

魚が食らいつき

釣り上げることができる。

 

 

一生懸命やってても、

 

しっぱい、すっぱい、しょっぱい

失敗の連続…

 

そんな時もある。

 

 

もし、次に何か

「やっちまったな…」と

反省してしまうようなことがあったら、

 

私は今「エサ」を用意したんだ。

と思ってみるのはどう?

 

 

いっぱいエサがあったら、

たくさん魚が釣れるかもしれない。

 

いろんな種類のエサがあったら、

いろんな種類の魚が釣れるかもしれない。

 

エサの質が変われば

さらに大物を狙えるかもしれない。

 

 

そして改めて考えてみる。

 

「このエサで、どんな魚が釣れそう?」

 

つまり、

 

「成長した私なら、この経験をどう活かす?」

「今、どんな成功に近づいている?」

 

ということを。

 

 

失敗をひとつ経験すると、

ひとつ成長する。

 

新しくうまくいく方法を試せば

またひとつ賢くなる。

 

何かにチャレンジすると、

それがうまくいってもいかなくても

経験は、大きな喜びにつながる。

 

 

だから、いいんだよ。

 

 

いつまでも「エサ」を握りしめていないで、

海に投げてみましょうね。

 

 

今日も素晴らしい1日を

ありがとうございます♪

 

 

 

 

 

 

 

 

【悔しさのその先にある感情】

 

成長した今の私なら、

何だってできる。

 

いつだって、取り戻せる。

何度でもやり直せる。

 

だから、悔しいっていう気持ちを

大切にしまっておいてもいいんだよ。

 

もちろん今すぐ

チャレンジしても良い。

 

走るのが遅くても

漢字が書けなくても

ボールが怖くて逃げてしまっても

 

それを克服したいと願って

今できることだけをやり続ければ

少しずつ、新しい自分が見えてくる。

 

苦手なことがわかった分だけ

できることが増えていく。

 

 

なぜ、運動が苦手なママが

 

いきなり筋トレを始めて

エアロビを始めて

毎週続けているのか

 

楽譜の読めないママが

音を探し当てながらピアノを弾くのか

 

 

それらは、実は

昔々からの「悔しい」を受け入れて

「できるようになりたい」という願いを

叶えてあげるためなのかもしれないね。

 

やりたいと思ったことを始めて

やり続けていたら、

 

「悔しい」はいずれ

「楽しい」に変わる。

 

悔しさは成長へのエネルギー。

 

今日もひとつ、成長したね。

またひとつ、上手になったね。って

自分自身に声をかけてあげるんだ。

 

がんばっているところを見られて

とっても嬉しかったよ。

 

ありがとう。ー

今日は幼稚園PTAの

バレーボール大会に行ってきました。

 

 

まさかの初出場。

 

 

球技なんて、とっても苦手。

絶対足手まといにしかならない。

 

 

そして自由参加だから、

わざわざ出なくても…ということで、

 

お姉ちゃんの時は出たことがなかったのです。

 

 

それが、今回の年少のクラスは

参加者が誰もいなくて、

 

実行委員の人から、

なぜか私にお声がけいただいたので、

OKして出てみることにしました。

 

 

大丈夫大丈夫。

半年加圧トレーニングやってるし、

エアロビも続けてるし

きっとボールくらい打てるはず!

 

(↑球技関係なくない?)

 

根拠のない変な自信を頼りに

ドキドキしていました。

 

今朝は、子どもたちの準備は

ほぼほぼ投げ出し、身支度を整えて

朝イチで子どもを幼稚園に送り

バスで体育館へ出発。

 

 

そして、私たちのチームは…

欠員補充でバレー部さんに

入ってもらっていたにもかかわらず

負けちゃいました。

 

(1試合は勝てたよ♪)

 

やっぱり、うまくボールは打てなかった…

ビビってボールに手出し出来なくって

ごめんなさい。

 

ビーチボールで娘と練習したのにな。

 

 

ただ、それでも

「行ってよかった!」と

心から思いました。

 

 

まず、体育館でそわそわと立っていると

会う人会う人から

「ありがとうございます」と

声をかけてもらえたこと。

 

最近落ち込むことが多かったので、

ものすごい心のサプリになりました。

 

上の子のときに

人間関係あまり作れなかったかも〜、と

思っていたのですが、

 

上の子の時出会ったお母さんと

お話することもできて嬉しかった。

 

子どものおかげで

育まれているものがあるということを

実感しました。

 

 

そして、同じクラスのお母さんが

いっぱい練習に付き合ってくれたこと。

 

試合中にバレー部のお母さんが

いっぱい励ましてくれたこと。

 

試合前の練習があったからこそ、

サーブも打てたし、何球かは

普通に打つこともできたし、

緊張もほぐれてきて、

 

いっぱい汗をかいて動くことができました。

 

試合中の

「ナイスサーブ!」という掛け声と

小さなハイタッチ、

とっても元気が出ました。

 

 

そして最後に、

逃げずにチャレンジすることができたこと。

 

声をかけてくれた

実行委員さんのおかげで

「やってみよう」と思えたんです。

 

家族からは

「えぇ〜っ?」と驚かれたけれど。

 

試合中もみんなでプレーできて、

チームワークも感じられて、

とっても楽しかったです。

 

今、身体がクタクタで

ぜ〜んぜん、動けていないけれど、

まぁいっか、と思っています。

 

さぁ、そろそろ動きだそうかな…

 

今日も素晴らしい1日を

ありがとうございます☆

 

 

 

【否定の否定は、肯定?】

 

ハッキリと言えばいいのだよ。

 

「今後一切、あなたのことはお断りします!」って。

 

理由なんて、要らない。

 

 

会話がかみ合わないのは、なぜか。

それは、隠された想いがあるから。

 

 

「はじめから受け入れなければ良かった」

「あ〜、私の言うことが伝わってないんだな、と思って…」

 

「他の人と比べるわけじゃないけど、

  彼女たちは努力されているから…」

 

「間違った方向に進んでいても、

  結果出ませんよ…」

 

 

教えてくださって、ありがとうございます。

 

 

予感していたことだけど、

別れは悲しい。

 

せめて、水面を波立たせずに

飛び立てば良かったと、後悔。

 

・がんばっている私も

・悩んでいる私も

・傷ついている私も

・失敗した私も

・怒っている私も

・ひそかに涙をかみ殺す私も

・とにかく前に進みたい私も

・やっぱり迷ってたどり着けない私も

・不器用な私も

・だらしない私も

・ダジャレを連発する私も

・ステップでよろける私も

・隠れてチョコレート食べる私も

・3時間ぶっ通しで草刈りする私も

 

すべて私の一部。

 

「こんな自分じゃ嫌だ!」

「なんでできないことばかりなの?!」

 

叫んでいる自分もいる。

 

ありがたいことに、

いろんな人が私の方に手を伸ばし

「直そう」としてくれる。

 

ごめんね。

いま私、どうしたら良いのかわからなくて、

漂っている。

 

自力でたどり着こうとすると

溺れて沈んでしまうことは

なんとなくわかってきた。

 

誰かに否定された分だけ、

自分のことが嫌いになる。

自己否定のループ。

 

でも、ちょっと待って。

 

私は本当に、自分のことを否定しているのか。

 

「自己否定はいけない」

「他の誰かになろうとしないで」

「自分を責めるのをやめなさい」

 

そういうのだって、

立派な自己否定じゃないか。

 

自分のこと、イヤになってもいい。

後悔してもいい。

誰かに憧れて、目指したっていい。

自分を責めていいのは、自分だけ。

 

イージーなんだよ。

自己否定というのは。

 

誰かに何かを言いたくても言えなくて、

飲み込んでしまうことを選ぶのは。

 

相手を刺し殺そうとして

自分に刃を突き立てる人魚姫なら

泡になってしまうだけなんだ。

 

私を責める声は、誰の声?

否定されて怒って悲しんでるのは、誰?

どうしてなんでもできなくちゃダメなの?

どうして頑張ってることをやめなくちゃいけないの?

 

本当は、どうしたい?

 

 

あなたのおっしゃる通りですね。

私は、あなたの言うことを受け入れます。

 

 

今日だけは泣いてもいい。

何もやる気が起きなくてもいい。

 

激辛ポテトチップスを衝動買いしてもいい。

夕食前に隠れてチョコレート食べてもいい。

ひたすらFacebook見ててもいい。

 

 

私はあなたのことが大好きだから。

 

 

あなたがいくら私にがっかりしていても。

 

きっと同じくらい

私も私にがっかりしてる。

ううん、それ以上かもしれない。

 

しょうがないよね。

 

私はあなたのことが大好きだから。

 

そして

私は私のことも大好きだから。

自分の思っている以上に。

 

だから、否定されると

悲しいんだね。

 

いまは無理に自分を肯定しなくてもいい。

心配しなくても

否定され続けていると、

 

「そんなことないわ!」

という気持ちが湧き上がってくる。

 

それが、私が私自身を受け入れ

肯定するスタート。

 

 

 

 

私は、本当に「失敗」したのだろうか?


本当は、
何も失っていないし、
誰にも負けていない。


ちょっと苦労が増えたとか、
余計な時間がかかってしまったとか、
なんだか損しててしまったとか、
その程度ではないのか。


自分勝手な思い込みというのは、
実にパワフルなもの。


「あぁ、また間違った・・・」

「なんで、ちゃんとできないの?」


もう、聞き飽きている。
どうでもいいことで、脳が騒ぎすぎている。

そうやって自分で自分を傷つけて、
いったい誰が喜ぶの?


目の前の子どもの声に耳を傾ける以上に
大切なことって何?

周りが見えなくなって暴れている間に
時間は零れおちてしまうんだよ?


「私はできない」
「またできなかった」
「ちゃんとしなきゃ」

この思い込みを、見えなくなるまで
破壊し尽くすのだ。

辺りに漂っている汚れた空気は
フッと、吹き飛ばせば良い。

自分の成功を
誰かが邪魔をしているのだとすれば、
それは自分自身。



無用な思い込みなど、
ちゅど〜ん!と破壊して、

清々しく前に進む。


そうすると
目の前に広がる美しい景色の
さらにその先に進んだとき


「成功」と名付けるにふさわしい状態に
気づくかもしれない。









言葉が見つからなくたって

語り合うことはできる

 

黙っていてもいいんだよ

何を言っても言わなくても

あなたの心の内に

 

秘められている気持ちは

届けられることを

ずっと待っているから

 

わかりあえないことがあっても

去り行く人がいても

泥が空から落ちてきても

 

それはあなたのせいじゃない

 

どんなに語り尽くしても

たった1ミリ足りないだけで

ほつれてしまうことがある

 

するどいところに当たって

はじけてしまうこともある

 

 

私があなたにできることは

慰めることでも勇気づけることでも

解決策を見出すことでもなく

 

あなたを信じることだけ

 

 

あなたにふさわしい

言葉を探してみたけれど

見つからなくって

 

あなたの話を聴いていても

胸の真ん中の言葉は宙に舞って

 

声に出てきた言葉は

あなたに必要なものとは

違ったかもしれない

 

欲しいものを

あげれれなかったかもしれない

 

だから

考えるのはもうやめにして