2026年、バセドウ発病してから7年以上が経過した。
手術は首と目で合計4回。落ち着いたところで、自分の記録として書き残しておくことにした。
振り返ってみたら、けっこう笑える話もある。
私の経験は全部ここに置いておこうと思います。
前兆ゼロ家族歴ゼロでバセドウ発病
バセドウ病になる前、特に予兆はなかった。
既往歴も持病もなし、家族に同じ病気の人もいない、健康診断で引っかかったこともなかった。
強いて言えばストレスくらい。
それがある朝、突然歩けなくなった
海外滞在中のことだった。その数日前から腹痛から念の為の入院、食中毒扱いで退院。
退院の束の間、数日後突然歩けなくなった。
再度入院し、ドクター👨⚕️が首の腫れ
を見つけてくれてようやく体調不良の原因がバセドウ病だとわかった。
入院中、ドクター👨⚕️が「バセドウ病ならTOKIOの伊藤病院、日本に帰った方がいい
」と言ってくれた。
その一言で帰国
を決めた
病院難民スタート
帰国後、地元北海道で病院を探した👀。
地元はカントリーなので常設の甲状腺専門のクリニックがない。
何個か病院🏥に問い合わせして、道東の厚生病院の内分泌科を予約した。
当日、治療計画や治療方法など色々な質問をぶつけた。早く治したかったから。
でも返ってくるのは曖昧な答えばかり。
こちらの質問が多すぎて、ドクター🥼の顔には「面倒くさいな、こいつ」と書いてあった気がした。たぶんそれは気のせいじゃない。
次回の予約の流れになって、正直に言った。
「またこちらで受診するか、迷っています
」と
返ってきた言葉は
「次来ないなら紹介状書くけど?」
——やはりこりゃダメだ。
「あ、ちょっと待ってください」
私は廊下に出て、スマホで札幌の甲状腺専門の病院を探し始めた。
そういえば、入院中のドクターが言っていた。「バセドウ病なら伊藤病院」と。系列のクリニックが札幌にもあることを思い出して、電話した。
「紹介状なくても受診できますか?」と聞いたら「大丈夫ですよ
」と言ってくれた。
紹介状はもらわず、そこを後にした。
この後も、私はいろんな病院を渡り歩くことになる。札幌、東京、愛知と
次回は難治性バセドウ病と診断されてからの話を書きます。