心理カウンセラー、みきです

 

 

 

 

本来、透明度が高い人は、

 

 

「こうすべき」というルールがない。

 

 

 

要するにそれは、




外側の基準ではなく、

自分の内側の純度(心地良さ)に

主導権を握らせて動くということ

 

 

 

しかし、

 

 

 

変な人と思われたくない

 

 

ダメな人と思われたくない

 

 

非常識な人と思われたくない

 

 

ひとりぼっちになりたくない

 

 

 

そんな恐怖から行動してしまうと、

自分の心地良さを無視して、

外側基準に合わせる行動をとる。

 

 

 

そうしているうちに、

「こうすべき」に従い、

生きることが当たり前になり、




自分の心地良さもわからなくなり、

生きづらさを抱える。

 

 

 

 

じゃあ、社会のルール全部無視していいの?

 

 

 

という話になるが、

 

 

 

ルールは、2種類存在する。

 

 

 

みんなが安全に生きるための「愛のルール」

 


 

これは、守ることで社会全体がスムーズに回り、

安心して暮らせるルール

 


守らなきゃ、というより、

お互い気持ちよく生活しようね、 

という調和である。

 

 


 

もう一方は、

 

誰かの顔色を伺う、「恐れのルール」

 

 

 

嫌われたくない、波風を立てたくない、

「恐れ」をベースにしたルールである。

 

 

外側は、平穏に感じるけれど、

これをすると自分の内側がズタズタになる。

 

 

 

ひとりぼっちになりたくない

 

 

非常識な人と思われたくない

 

 

ダメな人と思われたくない

 

 

と、恐怖から行動している人たちの多くは、

恐れのルールを守っている。

 


 

それは、自分を縛るためのルールで、

自分らしさを削ぎ落していく

 

 

 

本来、感度高いからこそ、

外側のルールより、

自分の感覚を感じられるはずの人が、

 

 


その感度を押し殺して、

外側のルールに合わせていくのだから

とても生き苦しい。

 

 

 

しかし、そんな人ほど、

自分の感覚を大切にしようとするとき、

輪を乱しているのではないか、

 

 

自分勝手なのではないかと、

自分の行動を疑いたくなる_

 

 

 

自分勝手とは、

自分のために誰かに犠牲を強いること

 

 


外側のルールではなく、

自分の心地良さを大切にするということは、

 

 


自分のキャパシティを守る

期待に応えない

境界線を引く

 

 

ということ。

 

 

 

誰かの期待に応えないということが、

人を傷つけること、

という思い込みがあると、




自分勝手という言葉で、

自分を責めやすくもなる。

 

 

 

自分を大切にするための「NO」は、

相手を攻撃する自分勝手な

ワガママではないのだ。

 

 

 

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エッセイタイトル

「冷たい目とナイフ、そして祈り」

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内なる静寂を調律するひととき

5/26火曜日 

10:00〜11:30