【 23 】
12月 25日 20:18
出麹は店内に戻ると畑山に丁重に断りを入れ、すぐに沢村の遺体発見現場へと向かった。
目的地に着くまでの間、出麹は益田に運転を任せ、手帳に黙々と文字や図を書き込んでいた。
海岸が近づいた時、自転車に乗った男がふらふらと車道を蛇行していた。
益田がクラクションを鳴らすと、男は慌てて歩道へと飛びのいた。
近辺にはほとんどひとけが無い。
現場は関屋浜から五十嵐浜の方角へと向かう、海岸沿いの岩窟であった。
昼であれば、関屋浜・五十嵐浜からはともに佐渡島が肉眼で見える。
関屋浜は今では交通の便も良く、新潟では最も人出の多い海水浴場である。
現場は人がおおよそ立ち入らない、岩窟の窪地にあった。
奥から灯りが漏れ、現場検証が行われているだいたいの位置が把握できた。
岩に囲まれたその空間は、さほど広くないように思われた。
また海辺からこの空間に続く通路は狭く、見つけにくい。
足場の悪い通路には、突き出した岩が点在している。
出麹と益田は捜査員を掻き分け、奥の窪地へと降りていった。
潮の匂いが夜陰に満ちている。
「雪で足を滑らせるなよ」
数メートル進むと、足場は砂地へと変わった。
突如ぽっかりと口を空けているその窪地に辿り着くと、中には捜査員数名と一組のカップルとおぼしき男女がいた。
窪地から上空を見上げると、3,4メートル程の高さの岩が周囲を取り囲み、楕円に切り取られた漆黒の空が渦巻いている。
その有様は、さながら子供達が好む、秘密の基地といったおもむきであった。
沢村は、その基地の中央に埋められていた。
「死因は恐らくロープ等、紐状の物体で絞殺されたことによる窒息死だと思われます」
現場の捜査員の声が岩窟に重く響く。
時折その小さな空間に迷い込む雪が、非常灯で照り返った。
第一発見者である、沢村雄介はすでにその場にいなかった。
「発見者の息子はどこにいる?」
「第一発見者の少年は、指に凍傷を負っておりました故、先程病院に搬送されました」
「なるほど・・・・・・」
「出麹さん、ちょっと来てもらえますか」
変わり果てた沢村泰介の姿を確認しようとした時、先に入っていた捜査員から呼び止められた。
捜査員は岩窟の入り口で第二発見者、つまり沢村泰介と雄介を発見したカップルに対峙していた。
男女は30代前半の夫婦であった。
男は気分がすぐれないのか、座り込んでいた。
一度、他の捜査員が事情聴取しようと試みていたが、余りに平常心を失っていた為、平静になるのを待っていたようだ。
女は何も話そうとはせず、男の背後に茫然と突っ立っていた。
出麹は自身も膝を折り男の方と目線を合わせた後、肩に手を置くとゆっくりと話しかけた。
男はうつむいたまま顔を上げない。
出麹はマネキンのように血の気を失った男の心を解きほぐすかのように、言葉を掛け続けた。
数分後・・・・・男は死刑囚が飯を口に運ぶかの如き虚ろな表情で、ありのままを話し出した。
・・・・・イヌノナキゴエガ、キコエタンデス・・・・・