【 27 】
12月 25日 23:26
雄介は新潟中央病院へ運び込まれていた。
病院まで雄介と同行した捜査員から「右手の小指に重い凍傷」との情報が入っていた。
一体少年はあの冷え切った場所で、どれぐらいの間父親の手を握り締めていたのだろうか・・・・・
出麹と益田は、沢村親子が発見された岩窟から病院へと直行した。
2人が第二期増築工事を終えた新潟中央病院へ着いたのは、1980年のクリスマスが終わる10分前であった。
さすがにこの時間では館内は静まり返っている。
302号室。
出麹が病室のドアをノックしようとした時、益田は思わず息を呑んだ。
「父親の無残な姿」を誰よりも早く発見し、見つめ続けた沢村雄介という少年。
今までにも確かにこのようなケースはあった・・・・・母親の惨殺体に出くわした娘、父親の自殺を目の当たりにしてしまった子供達・・・・・どれも酷いものであった。
しかし、今回は何かが違う・・・・・いや・・・・・同じなのであろうか・・・・・
益田はあの海辺の岩窟に踏み込んだ瞬間から、ある種の小さなパニック状態に陥っている自分に戸惑っていた。
-----この重く、奇妙な感覚-----
一方でドアをノックするこの出麹正也という男からはためらいが感じられない。
探していた何かに出会える瞬間・・・・・この男の横顔からはそんな雰囲気すら垣間見える。
幾度かノックをしても室内から反応は無かった。
今度は益田がノックをしようとした時、出麹はその手を制してゆっくりとドアのぶを回した。
廊下の灯りが薄暗い室内に侵入していく。
面積を増していく灯りの先にベッドがあり、その脇には裕美子が座っていた。
細く小さな背中。
二人が室内に足を踏み入れると、裕美子は微小な角度で頭を動かしたが、振り向いて深夜の訪問者達の姿形を確認することはなかった。
益田がゆっくりとドアを閉めると、豆球電灯のみがほの暗く室内を照らした。
「裕美子さん・・・・・」
物音ひとつしない空間に、益田のくぐもった声が響いた。
益田は息をするのも辛くなってきていた。
ベッド上にうっすらと雄介の顔が見えた。 左の頬に絆創膏が貼られている。 眠っているようであった。
開いた唇が尖っている。
再度、裕美子に声を掛けようとしたが、ままならない。
夫と娘が失踪した翌日の聴取の際にさえ、普段の快活さを想像させた婦人の面影はどこにも無かった。
風が強くなってきたのか、窓が小刻みに震え出す。
閉じきっていないカーテンの隙間から月光が漏れ込んでくる。
どれくらいのときが経ったのだろうか、それまで状況を凝視していた出麹が誘われるように母子の方へと歩を進めた。
180センチの男の重みを受け、床が断続的に軋む。
その瞬間、裕美子の上半身が強張った。
息子の左手を握っていた両手に力が込められたのが、益田の位置からも分かった。
出麹は歩みを止めることなく、この薄暗い空間ででただ一人自らの座標を変えていく。
ベッドを挟んで裕美子の反対側に回った彼は、小さく息を吐いて静止した。
・・・・・今日はもう引き上げるべきだ・・・・・益田はそう思っていた。
・・・・・この状況で一体、何をしようとしているのか・・・・・・
危ういガラスの上を歩くかのような鼓動が益田の胸を支配していた。
出麹がベッドの脇に立った時、ようやく裕美子が顔を上げた。
その表情は益田からは見えない。
出麹は壁に立て掛けてあったパイプ椅子を開き、腰を下ろした。
足を組むと同時に、出麹の右手がゆっくりと動いた。
治療が施され、包帯に包まれた雄介の右手にそっと触れた。
カーテンの隙間から見える月明かりの夜陰に、白い斑点を確認できない。
あれだけ降っていた雪が・・・・・・すっかり姿を消していた。
・・・・・ボール、ニギレルノカナコイツ・・・・・