【 32 】

 

 

 

1981年(昭和56年) 3月 25日  19:02

 

 

  

   

 

新潟県、親子失踪事件発生から3ヶ月が経過した。 

失踪の翌日に絞殺死体となって発見された父親に対し、娘・美穂の行方は依然として判明しなかった。

 

 

美穂が失踪直前に通っていた絵画教室-沢村家-海岸線を結んだライン、父親が発見された関屋浜~五十嵐浜一帯を中心に、新潟県警は継続して大規模な捜査網を敷いていた。

 

 

この頃には美穂の顔写真を載せたポスターが新潟県の各所に貼り出されていた。

 



 

 

 

『親子失踪・殺害事件、未だ手掛かりなし』



『謎に満ちた失踪経路』



『消えた少女は今・・・・・』

 

 

 

 
 

 


頻度は落ちてきていたものの、マスコミも依然としてこの事件を取り上げていた。



 


しかし・・・・・犯人特定や沢村美穂の発見に繋がる手掛かりは、不思議な程に出てこなかった。

 







 

 

 



「出麹さん」






出麹正也は公安課のフロアへ上がろうとしたところを呼び止められた。

捜査一課の益田であった。


 

「よう、お前さんも日夜大変そうだな」

 

 

「全く不可解な事件ですよ」


 

「・・・・・・煙草1本付き合えよ」


 

出麹はフロア突き当たりの喫茶室へ向かって歩き出した。


 

「少し痩せたんじゃないか」

 

 

「対策本部はみんなやつれていますよ」


 

「だろうな。 しかし益田、恐らくこの事件は・・・・・」


 


・・・・・出麹は言葉を呑み込んだ。



 

---ナガチョウバニナルキガスル---


 


日々事件解決の糸口を探して苦闘している人間への言葉として、ふさわしくないと判断した。

出麹はコーヒーを飲み干し、既に日が落ちた窓の外に目をやった。


 

ガタガタッン

 

 

不意の風が窓を揺らす。

 

 

「出麹さんこそ、本件でよく車で出掛けているようですけど、本職の方はどうなんですか。

 あの畑山って左翼野郎は・・・・・」

 

 

「仕上げの段階だ。・・・・・・益田、あの時は沢村事件との関わりもあってお前に畑山のことを話したが、奴が事件と関係が無いと分かった今、お前はもう奴のことは忘れてくれ」

 
   

  

「・・・・・分かりました」


 


益田は出麹の横顔を一瞥すると、煙草を親指で弾き、灰を散らした。




ダダダダツッツガン




複数の人間の駆け足の振動と、荒々しいドアの開閉音が階下で響いた。

残響が薄れ、フロアに静寂が戻ると共に、未だ空間に残る微かな震えが鼓膜を揺らす。

 

  

「新潟は3月になっても冷えるな・・・・・」

 
 

「ええ・・・・・それに・・・・・今年は特に寒いですよ」

 
 

益田はコートの襟を細長い指でつまみ上げ、首を覆うように引き上げた。

いつまで経っても出麹との会話に慣れない自分がいた。

 

 

大きな塊りが胸につかえたような感覚。

益田は再度、自らに惑いを与える男を一瞥した。

 

 

窓の外を見据え、釘で固定されたかのように動かぬ男の焦点。
  

  

 

 
「しかし、これだけ見つからないと神隠しみたいに思えてしまいますよ」






「・・・・・神隠し・・・・・か・・・・・」


 


 



出麹の吐き捨てた煙の向こうで、夜のとばりが月を浮かび上がらせていた。  

   

  

窓から差し込んでくる淡い光はうっすらと床を照らし、掛け時計の音と相まりまるで時間の長短の感覚さえも伸縮させているようであった。


 

 

 


 





この日沢村の妻であり、娘の母である沢村裕美子は、自宅の玄関で突如倒れ伏し、病院へと搬送された・・・・・・。

 

 

 

  

 

 

 

 
 

  

・・・・・・ミエナイモノト、ミエルモノ・・・・・