【 47 】
8月 14日(木) 17:55
大阪駅。
歩道橋の下。
ビラを配る。
居酒屋のビラ。
流れゆく群集。
向こうはこっちを見ない。
あるいは一瞥のみ。
こっちは向こうを見る。
たくさんの行き交う人々を見続ける。
何百人、何千人、何万人と・・・・・・・・・・
焦燥の眼、疲労の眼、怒りの眼、虚ろな眼、笑い合っている眼、寂しい眼、卑しい眼、壊れた眼・・・・・・・・・
眼・・・・・・・・・眼だけを見続ける。
近く・・・・・遠く・・・・・近く・・・・・遠く・・・・・と。
最後の一枚。
浅黒い肌に派手な爪をこさえた手がふんだくっていた。
ルーズソックスを履いた女子高生2人組。
関東に比べ、やや控えめな肌の黒さ。
夏休みなのに制服。
後ろ姿。
腰まで届きそうな茶色い髪の毛が尻と一緒に生き物のように揺れていた・・・・・
若さの謳歌。
「カラオケもう飽きたわ~」
響き渡る話し声。
携帯の着信音――ディスプレイ表示――ヤマモト――
「・・・・・おい、この前の物件いきなりトラブッてもうてるやないけ!! どないしてくれんねん!?」
チンピラ。
組織の末端。
威嚇と困惑と懇願の声色。
「落ち着いて話せよ」
雄介は首と肩に携帯を挟み込み、空っぽになった段ボールを折り畳んだ。
ビラ撒きは終わりだ。
汗が滴る。
夕方だというのに、まだ気温は30度を超えていた。
受話器の向こうで男が必死にまくし立ている。
時計を確認――18:05――
ビラ配布の終了時間を規定のシートに記入。
駅から溢れ出した群集が一気に横断歩道を渡っていく。
JRから阪急方向へと向かう歩道。
ここは大阪でもかなり人通りが多い場所だ。
電話先でヤマモトがひと通りの話を終えた。
雄介は首と肩で挟んでいた携帯を左手に持ち替えた。
「そいつはテメエのミスだ・・・・・借地借家法ぐらい覚えておけ、ボケが!!」
受話器に怒鳴り声を叩き込み、電話をぶち切った。
前を歩いていた男がこっちをジロジロと見てきた。
1992年の暴対法施行以降、ヤクザも二極化していた。
稼げるヤクザと稼げないヤクザ・・・・・
ヤマモトは後者だった。
携帯――着信――ソプラノ
「雄介君、今大丈夫?」
ソプラノの甲高い声が頭に響いた。
「今日若い子がつかまったから、深夜勤務外れていいわよ。 今日は多分暇だろうしね」
「分かりました、お任せしますよ。 ・・・・・オクヤマはまだフィリピンでしたっけ?」
「ええ、昨日マニラから国際電話があったわ。 いいフィリピーナが見つかったって」
「そうですか」
「そういうことで、今日はゆっくり休んでちょうだい。 雄介君、ほんと少しは寝ないと体壊すわよ、この暑さだしね」
「・・・・・有難うございます。 それじゃまた」
電話を切った後、神戸へと戻る。
夜は『カシミア』での勤務が入っている。
お盆期間ということもあってか、いつもより電車内に人は少ない。
先頭の車両に乗り込んだ。
シートに尻をうずめる。
足と腰に疲労を感じた。
よく考えると、炎天下のもと5時間立ちっぱなしだった。
武庫川を超えた辺り・・・・・
進行方向から西日が差し込んできた。
分厚い雲の向こうから・・・・・
勢いを失いつつあるオレンジの夕陽。
薄っすらと目を閉じた。
光と闇が混ざり合い、オレンジの軌跡が数本・・・・・
まぶたの裏に長く留まっていた。
・・・・・アイツトオナジセタケノヒマワリ・・・・・