【 43 】

 

 

 

8月 12日(火)  16:49

 

 

 

  

 

携帯電話―――着信―――キクチ―――

 

 

「・・・・・こんばんは」

 

「おう、雄介ちゃん!どこで何してんだい?」

 

「・・・・・どうしたんですか」

 

「いいから今どこにいるんだい!?」

 

「・・・・・摩耶埠頭ですが・・・・・」

 

「摩耶埠頭!? また何か危ねえ取り引きでもやってんのかい!? それよか頼む!少しだけでいいから来てくれよ!」

  

「またこんな時間から博打ですか・・・・・何度も言うが、俺が行っても菊地さんが勝つとは限らないぜ」

 

「違う、お前は俺にとって運を運んでくれるメシアなんだよ。 頼む、お前に頼るのはこれが最後、一生のお願いだ」

 

「・・・・・もう聞き飽きたよ」 

 

 

 

火曜日のまだ陽も沈まぬ夕方。

北野の賭場は相変わらずの盛況ぶりだった。

 

奥の小部屋へ足を踏み入れると菊池が背中を丸めてバカラ卓を囲んでいた。

いつからここにいたのか、パイナップル柄のアロハシャツがヨロヨロにくたびれている。

 

先日の赤縁メガネの他に2人の男。

いずれもカタギの人間には見えなかった。

 

「お~、マイ ガッドよ、ようやく来てくれたか」

 


先日と同様に、菊池は雄介が加わると見違えるように息を吹き返した。

    

PLAYERサイド/BANKERサイド、二者択一のバカラ賭博。

菊池は雄介の選択するサイドに乗る。 

  

BANKER-TIE-BANKER-BANKER-BANKER-BANKER-BANKER-BANKER

  

1度の引き分けを含んで、7回連続でBANKERへのBETを的中させる。

通称「ツラ」と呼ばれている、PLAYERかBANKERが連続して偏って出現する現象だ。 

  

「信じられん・・・・・どうして雄介が来るとこんなに勝てるんだ」

 

菊池は魅入られたようにチップを重ねていた。

 

 

 

  

19時を過ぎようとする頃、賭場に一人の男が現れた。

肌が浅黒く、がっしりとした体躯がグレースーツをぱんぱんに張らせていた。

 

その小男に従業員の視線が注がれ、場に緊張が走る。

あからさまにするなと命ぜられているのか、皆一様に目のみで男に敬意の念を示していた。

 

 

男はこの賭場の貸元、金子星治であった。

  

 

金子は近年、関西一円にじわじわと勢力を広げてきた『瑛頌会』の幹部であった。

瑛頌会は指定暴力団ではなかったが、建設・不動産・飲食・風俗・金融・運輸など多種の分野でその縄張りを拡大させ、関西圏に数多くの資金提供企業―――いわゆる「フロント企業」を抱えていた。

 

その多くは四十六歳の金子星治の力によって開拓・設立されたもの・・・・・との噂だ。

 

 

 

 

金子は音も無く、雄介と菊池がいる小部屋へと足を踏み入れた。

ディーラーの後ろで賭場を管理していた口ひげの男は、金子を見るや背筋を伸ばした。

 

金子はバカラに熱中している男達の背後に立つと、しばしゲームを観察していた。

 

場がTIE(タイ)―引き分けに終わったところで金子がその湾曲した口を開いた。 


  

「菊池さん、調子はいかがですか?」

 

「お~金子の親分、びっくりさせんなよ。 さっきからそこにいたのかい!? 珍しいね現場に足を運ぶなんて。 調子は最高さ。 おかげ様で今日はいい夢見れそうだよ」

  

「それは何よりです。 今夜はきっとツイているんですよ。 存分に稼いでいって下さい」

 

「かっかっか、親分は懐が深いね~、ほんじゃ遠慮なくそこにあるチップを全部頂くことにするよ」 

   

「お手柔らかに頼みますよ」

 

金子は軽く会釈をすると、空になっていた菊池のタンブラーをさげ、ウエイトレスに新しい酒を持ってこさせた。

  

 

 

「BETを御願い致します」

 

ディーラーの掛け声と共に次のゲームが開始された。

 

雄介がPLAYERサイドにチップを運んだ。

菊池は右手でチップを積み重ね、その日一番の賭け金額を雄介同様のPLAYERエリアへと運んだ。

 

「長年の経験が俺のケツをたたいてらあ、『ここが勝負どころ』だってね・・・・・」

 

立ち上がった菊池の前に2枚のカードが運ばれる。

バカラではPLAYER/BANKERの各々でBET金額の最も多い者が、カードをめくる権利が与えられる。

 

菊池がゆっくりとカードを端から少しずつめくり始める。

『絞り』と呼ばれる行為だ。

 

自らが求め願うその数字を、念を込めて表出させる為の行為だ。

 

菊池が数十秒をかけて捻りめくった2枚のカードには『4』と『5』の数字がプリントされていた。

ナチュラル『9』。最強の数字。

BANKERサイドは『7』であった。

 


 

「よっしゃあ! 今夜はとことんいけそうだぜ!」

 

菊池の歓喜がこだまする。

 

「お見事!」 

 

金子は派手なガッツポーズを決めている菊池に拍手を送りながら、パーテーションの奥の事務室へと姿を消した。

 

 

 

 

 

「菊池さん、俺はそろそろ帰りますよ」

 

20時過ぎ、雄介が立ち上がった。

 

「お、そうか・・・・・今日は本当に有難うな、雄介。 これだけ勝ってんだ、ここからはお前無しでも踏ん張れるよ」

 

菊池が雄介に握手を求める。

 

「適当なところでちゃんと引き揚げて下さいよ・・・・・・それじゃ」

  

雄介は眼前にあったアイスコーヒーを飲み干すと、テーブルを離れた。

 

「有難うございました。またのお越しをお待ち申しております」

 

オールバックのディーラーが深く会釈をした。

 

 

 

 

雄介が賭場を出る頃、場には一層客が増え熱気を帯びていた。

 

出口に差し掛かったところで、背後から雄介を呼び止める男がいた。

 

 

  

 

    

 

「沢村さん、少しだけお時間を頂けませんか」

 

 

  

 

 

 

声の主は金子であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

・・・・・キツネトオオカミヲマゼアワセタヨウナメヲシタオトコ・・・・・